踏み抜いたのは、空の裏側
「ねぇ、聞いた? ○○小の子が消えたって」
「また? 今度は男の子なんだって」
「傘と靴だけ残ってたって…ありえなくない?」
雨上がりの午後、近所の公園のベンチで、女子高生たちが噂話をしている。
私は、その隣のベンチにひとり座っていた。
ふと、視線が吸い寄せられるように、歩道の先にできた大きな水溜まりへ向かう。
まだ乾いていないその水面には、空が映っていた。
けれど、どこかおかしい。
雲の形が、さっきまで見ていた空とは違うのだ。
(……この場所だったんだ)
私は思い出す。
十年以上も前、小学校の帰り道。
友達と、ふざけて水溜まりを踏みながら帰っていた時のこと。
あの時も、ひとり、消えた。
誰にも信じてもらえなかった。
「迷子になっただけ」
「誘拐かもね」
でも私は見たのだ。
彼が、水溜まりに足を入れた瞬間、まるで底に吸い込まれるように──ズブッと沈んでいくのを。
助けようと手を伸ばしたが、そこにはただ冷たい水が揺れていただけだった。
彼の傘とランドセルが、道路に残っていた。
あの出来事は、自分の記憶違いだと思うようにしてきた。
でも、また起きた。
そして、また同じ痕跡を残して。
……私はゆっくりと水溜まりに近づく。
誰かの声がする。
かすかに、水面の下から。
(……たすけて)
私は立ち止まった。
耳を疑う。
もう一度。
(……まだ、いるの?)
水面が、かすかに揺れた。
次の瞬間、足首に冷たい感触。
視線を落とすと、水溜まりが広がっている。さっきまで無かったはずの位置に。
引きずり込まれるような感覚に襲われ、私はとっさに後ろへ跳んだ。
靴が脱げ、水の中に沈んでいく。
水面には、私の顔が映っている。
けれど、その“私”は──笑っていた。
にやりと、知らない顔で。
逃げるように、その場を離れた。
もう二度と、あの道は通らない。
けれど今も、雨が降ると誰かが消えるという噂は絶えない。
今日もまた、空を映す水溜まりがどこかにできている。
その底に、誰かが落ちていく。
静かに、静かに──音もなく。