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炎天怪談  作者: にとろ
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夏日の幽霊

 元井さんが高校生の頃の話だ。当時はどんなに暑かろうが部活動をしているときに水を飲もう物なら『根性が無い』などと無茶な理由で叱責をされていたような時代のことだ。


 その日もヘトヘトになるまで部活をして、日が陰ってきたのでようやく終わりとなった。真夏に日が陰るまでやると言うのだから当時の部活はなかなかハードだったらしい。伏せてはおくが、彼の通っていた高校はそれなりにスポーツの強豪校だった。


 当然喉がカラカラになりながら帰宅をしていたわけだが、その日はたまたま親に小遣いをもらっていた。参考書でも買えと言われた物だが、参考書を買っても千円くらいは小銭になって貯まっている。


 帰り道の途中にはいつもは素通りする自販機があるのだが、猛暑の中で運動をさせられ、体の中の水分を抜かれたような状態だった彼は自販機の前で止まった。手の中の小銭でスポーツドリンクが買えるため、我慢出来ず自販機に五百円を投入した。それからよく冷えたスポーツドリンクをとりだし、プルタブを開けて飲もうとしたところで後ろから声がかかった。


 制服姿で自販機を使ったことを咎めるものかと思いドキリとしたが、振り返ると厳しさとは無縁そうな顔をしたおじいさんが一人立っていた。この人も買うのかと思い、邪魔だなと身体をどけようとしたところでその爺さんが元井さんに手のひらを向けた。


「冷たい物をくれんかのう」


 正直に言えば逃げたかったそうだが、頭がハッキリしているか分からない老人を無碍にして何かあっても困る、彼は渋々ながらお釣りを再び自販機に入れて、一番安いお茶を一本買った。


 それを老人に手渡すと、老人はニカリと笑って『若いもんにしては出来ておる』と言い放った。この爺さんはいきなりなんなんだとは思ったものの、これ以上集られても困るし、やることはやったのだから自分に責任は無いと、さっさと背を向けて『お元気で』と言い、帰ろうとした。ふと違和感を覚えて振り返ると、まだ僅かに残る太陽の光が自分の足元に長い影を作っている。しかしその爺さんには影というものが無かった。


 これはこれ以上関わらない方が良いやつだと即座に判断した彼はさっさと逃げ帰っていった。そうしてしばし駆け足になっていたところで振り返ると誰もいない、それに安心して歩く速度に戻す。どうやら助かったらしいと思い、ホッとしたところで見てしまった。今でこそほぼ見なくなった宮方霊柩車が、帰り道の途中の家に止まっていた。


 縁起でも無いと思いながらも、その脇を歩いて行ったのだが、その時にたまたま遺影を持った人が霊柩車に乗り込むところだった。その遺影を見たことを彼は今でも公開しているらしい。白黒の遺影に写っていたのは先ほど自販機で奢った爺さんの写真に違いなかった。


「と、まあここまでなら幽霊も喉が渇くのかなというくらいの話ですむんですけどね……」


 どうやらまだ続きがあるらしい。それを促すと彼は含み笑いをして言う。


「大学の入試の時なんですけどね、夢の中にあの爺さんが出てきて数学の講義をしてくれたんですよ。何故か夢の内容をハッキリ覚えていて、その内容が見事に入試で出たんですよ。おかげで随分と得点を取れましたよ。それ以来、生きていようが死んでいようが人には優しくするものだという思いがあるんです」


 そう言って彼は笑った。後に彼も調べたそうだが、近所の人によるとそのおじいさんは元教師だったらしいと判明したそうだ。

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