ヌル
ギシギシと耳障りな金属音で、目を覚ました。
手を伸ばすと、まだ柔らかな自分の肌が伝わる。
周囲を見渡すと、焼け焦げた大理石が容赦ない陽光を跳ね返している。
風は、耳を裂くほど鋭い音を立てて吹き抜ける。
見たことのない光景が、言葉を奪った。唇が、自然と震えている。
体を起こそうとすると、自分の体の重さに驚いた。まるで何年も放置された古い機械のようだった。
どくん──胸の奥で心臓が鳴った。
ゆっくり立ち上がると、埃が舞い散った。
視線は無意識に腹部へ。指先にかさつきが伝わる。
黒く横たわるケースの縁に手をかけ、そっと体を引き出す。
棺──いや、それ以上の禍々しさを帯びていた。
その表面には微かに残された紋章がある。交差した五つの環のような紋章だ。
記憶は霧の中。ここがどこかも分からない。
ただ、一瞬だけ──
頭をかすめた、いくつもの名前。
アクア、ライト、クエイク、ウィンド。
そして──“ネクサス”。
それが何なのかは分からない。
けれど一つだけ、確かな声が胸に響いた。
「…ヌル」
その名が、体の中に残っていた。
ヌル。
終わりの始まりか、
あるいは、新たなる希望か。
ヌルは歩き始めた。
覚束ない足取りで、その異様な空間から這い出る。
「キキーッ」
コウモリの様な何かが、空虚から飛び出してきた。
まるで侵入者を威嚇する様に、こちらに向かってくる。
反射的に腕を前に突き出した。
その時──
指先から金色の光の閃光が放たれた。明るく、手のひらから爆ぜるような光。その閃光は部屋の隅へと消えた。
「……え…?」
驚きの余り、全ての力が奪われ、よろめいた。思考が追いつかず、膝が崩れそうになる。
目の奥がチカチカして、頭の中まで光に焼かれたようだ。
(これって……?)
痛む頭を押さえ、ヌルは振り返らずそのまま前へ進むことだけを考えた。
装飾されたアーチをくぐり抜ける。
その先を見ると、灰色の壁が続き、天井の照明は半分だけがぼんやりと灯っている。
そのときだ。
奥の影が、揺れた。
「……誰かいるのか?」
応える声はない。ただ、かすかに──乾いた足音だけが、こちらへ近づいていた。
ヌルは、ごくりと喉を鳴らす。
次の瞬間、壁の向こうから聞こえたのは、誰かの“笑い声”だった。
──静かに、狂気を滲ませたような。