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雪とあなた ~Again again~

あらすじ

大学時代の仲間と再会するため、冬の街に立つ香織。

その胸には、言葉にできなかった想いと、今も続く迷いがあった。

待ち合わせの途中、彼女は不思議な花屋と出会う。

降りしきる雪の中で手渡された一輪の花が、香織の心に少しずつ変化をもたらしていく。

これは、忘れかけていた“素直な自分”を取り戻す、静かで温かな再出発の物語。


お題 「雪」「花屋さん」「リセット」を元にした三題噺から生まれた物語です。


※単独でもお楽しみいただけますが、「桜とあなた ~Once again~」を先に読むと、より物語を楽しむことができるかと思います。

 いつからだろう、自分の気持ちを素直に言えなくなってしまったのは。

 ……いつからだろう、あの時のことをこんなにも後悔しているのは。


 今日は大学時代のサークル、紅茶研究会の同窓会。

 久々に気の知れた友達と再会できるのは嬉しい。

 だけど、素直に喜べない私がいる。


「ハッ……ハクション!」


 気分が乗らない私を、さらに不機嫌にさせているやつらがいる。

 傘を差している私の上におもしろそうに乗っかってきて、知らない間にその重さで体力を奪ったり、友達の『寒さくん』を連れてきては、どんどん辺りの温度を奪っていく。

 せっかく厚着してきたのに、これじゃ意味がないじゃない。


 見上げた空にはやつら……そう、雪が楽しそうに地上に降りてきていた。

 風に揺られて左へ右へ降りていく雪。

 その姿は、何も考えずに自由にはしゃぐ子供のようでとても羨ましかった。


 そんな私に気付いたのか、そのうちの一人が傘の壁を上手にすり抜けて私の鼻に止まる。

 このイタズラっ子が刺激を与えるものだから——


「八ッ……ハクション!」


 あまりの冷たさに再びくしゃみが出てしまった。


「もう! 紀子の馬鹿! いったいいつまで待たせるつもりよ」


 吐くたびに白さを増す息、上がっていく私の怒りパラメーター。

 気分が乗らない、寒い、おまけにお腹もすいてきたことも重なって限界が近い。

 待ち合わせの時間からもう三十分も過ぎているのに、悪友は何をやっているのだ。


 そう思っているところに、陽気なメロディが響き渡る。

 私お気に入りのCMソングの着メロ。今ばかりは空気を読んで……。


 メールを開いた瞬間、何かが切れた音がした。ええ、そりゃもう気持ちいいくらいに。

 私の堪忍袋の緒に止めを刺したのは、その悪友からのメールだった。


『あ、香織? ごめーん(><)

 香織と待ち合わせしてるの忘れててお店に向かっちゃった(笑)

 相川くんたちが迎えに行ってくれるみたいだから、もう少し待ってて♪

 本当メンゴメンゴ!(^人^)』


「なっ何がメンゴだ!! お前は何歳だー!」


 口より先に手が携帯電話を放り投げていた。

 歩く人々が一斉に私の方を振り向く。その振り向きよりも早く、携帯電話は空を飛びはるか前方に消えていった。


「あ、あははは。すいませーん」


 あぶないあぶない。もし人がいたら怪我させていたかも。

 蒸気させた気持ちと顔を冷やしつつ、携帯電話を拾いに歩く。

 通行人の目が気になるから、少しだけ早足になっていたのが自分でもわかった。


 これも全部紀子のせいだ。お店に着いたら酷い目に合わせてやるんだから。


 携帯を拾おうとして、私の手が止まる。

「何よ……これ」


 さっきはさほど意識していなかったせいか、香織のメールに書いてある二文字に視線が釘付けになった。


『相川』


 忘れもしないあいつの名前がそこには表示されていた。


 相川耕介。同じ紅茶研究会の仲間で、大学時代の私の親友だ。

 このサークルに相川と言えば耕介しかいないから、間違いないだろう。

 そして、私が同窓会に来ることを素直に楽しめないのも耕介のことが関係していた。


 大学時代、耕介からの告白に素直に答えられなかった自分。

 自分の気持ちに正直になれなくて、当時彼氏がいたことを理由に断って、結局ズルズルと時間だけが過ぎてしまった……。


 私はどんな顔をして耕介に会えばいいんだろう。いや、会っていまさら何を言えばいいんだろう。

 そんなことを考えると、今日の同窓会に来るのは複雑だったのだ。


「あのー、大丈夫ですか?」


 突然の声に私は振り返る。


 そこには一人の女性が立っていた。


「きゃー、よかった。動かないから心配したんですよ~。思わずお店から出てきちゃいましたよ」


 優しい笑顔とピンク色のエプロンが印象的な人だった。

 雪の白とは対称に黒くて長い髪。その髪は作業しやすいようにだろうか、後ろで一つに束ねられていた。


「あ、ああ、すいません。ちょっとボーっとしちゃいまして」


 恥ずかしい姿を見られて目線が泳いでしまう。うう、見ないでほしい。


「待ち合わせですか?」


「はい、今日大学時代の同窓会なんですよ。待ち合わせしてたんですが、すっかり忘れられていまして……さっきの通りです。まったく困ったもんですよ」


「あらあら、それは大変でしたねぇ」


 ウフフと笑う女性のエプロンに目が止まる。そこには『フラワー 花音』と書かれていた。

 微かに香る爽やかで甘い香り。この人、花屋さんなんだろうか。


「あの、ひょっとして花屋さんだったりします?」


 質問を投げた瞬間、ただでさえ天使のような笑顔がそれ以上の笑顔になる。

 もしこの人が漫画になったら、辺りにキラキラした星が出てるに違いない。


「よくわかりましたね、何を隠そう私は花屋さんなんです! お店の名前はフラワー花音かのん。フラワーキャノンじゃないですからね! そんな物騒なお店じゃないですよ~。あ、ちなみにお店の名前は私の名前から取っています。よろしくお願いしますね」


「は、はぁ……」


 よほど嬉しいのか、女性改め花音さんはエプロンの両端をつまんで軽やかにその場で回転した。

 たぶん私より年上のはずなのに、行動が幼い……けど似合うのが悔しい。


「あ、ちなみにお店はあそこです」


 花音さんが指差す先には移動販売らしい、屋根のついた小さなスペースのお店があった。


「もし、まだお時間あるようでしたら少し見ていきませんか?」


「そうですね、そしたら少しだけ」


 駅前からそんなに離れてないし、耕介たちもすぐに見つけてくれるだろう。


 フラワー花音は小さなお店だけど、移動販売にしては花の種類を多く取り扱っていた。

 この薄暗い雪の日だっていうのに、お日様に当たっているように元気で綺麗に見えるのはすごい。


 花に関してはあまり詳しくないけど、一本一本がすごくみずみずしい。

 これも花音さんが大切に手入れをしているからなんだろうか。


「どうです? うちの子たち。この子たち、全部私が育てたんですよ」


「育てたって……市場で仕入れるんじゃなくて、花音さんが最初から育てたっていうことですか?」


「はい、愛情込めて大切に育てました」


 花たちを撫でる花音さんを見ていると、たしかに母親のようにも見える。


「おお。私、花屋さんって仕入れて売っているってイメージが強かったんで新鮮です。でも、寂しくないですか? 大切に育てた子を売っちゃうんですよね?」


 花を育てるのは大変だって聞く。土作り、水遣り、温度管理、病気対策、害虫対策……などなど。

 毎日その管理と手入れはして行かなければいけない。

 手間と時間をかけて育てたものを手放すなんて、もし自分がこの人の立場だったら考えられない。


 だけど、返ってきた言葉は花音さんらしいものだった。


「たしかに寂しいですよー。でもね、愛情たっぷりに育ったこの子たちだからこそ、たくさんの幸せや元気、気持ちをみんなや送る人に感じてもらえるって思うと嬉しいんですよ」


 なるほど、フラワー花音の花たちが綺麗に見えるのは、花音さんのそんな想いがそのまま表れているのかもしれない。


「花音さん素敵ですね、自分の想いにまっすぐで正直で」


「……どうしたんですか? 何かお悩み事でも?」


「悩み事……なんですよね、やっぱり。私は自分の思っていること、考えていることを人に素直に言えなくて……。

 伝えてしまうことで、全部今までのものが壊れてしまうんじゃないかと思うと怖くて、結局逃げてしまうんです」


 本当はこの想いを伝えたい……伝えたかった。

 私たちの関係はあの頃まで戻せないとしても、やっぱり耕介には私の気持ちを伝えておきたい。


「そうだ、ちょっと見てもらいたい子がいるんです」


 花音さんは優しく微笑むと、沢山の鉢の中から一つを取り出した。

 チューリップのような茎の先から、垂れ下がるように鈴のような白い花が咲いている。


「かわいい花ですね、何て言う花なんですか?」


「この子はスノードロップ。元々ヨーロッパのほうの子なんですけどね。寒さにものすごく強くて、こういった冬に花を咲かせてくれるんですよ」


「本当に雪の贈り物みたいですね」


「ええ、春を知らせてくれる花としても有名なんですよ。花言葉は『希望』です。ほら、花の部分がベルみたいでしょう?

 だから一部では、お祝いしてくれる祝福の花なんても言われてるんですよ」


 希望か……、まだ私もそんなものを持っていいんだろうか。


「ありがとうございます、花音さん。でも、私やっぱり……」


 私やっぱり自信が持てないんです、怖いんです。

 そう言おうとした時、花音さんがスノードロップの鉢を私に持たせた。

 鉢を落としそうになって慌ててしまう。


「わ、わっ! なんですか花音さん、これは?」


「知ってます? スノードロップの花言葉は、人への贈り物にすることで意味が変わるんですよ」


 花音さんがまっすぐな目で私を見ている。

 その一点の曇りもない瞳に見つめられ、鼓動が高鳴る。


「……どんな言葉なんですか?」


「『あなたの死を望みます』」


 強い言葉を言われて、私は頭が真っ白になる。

 花音さんはどんな意味でこの言葉を言っているのだろう。

 意気地なしな私は、いっそ死んだほうがいいということだろうか。

 でも、そうだよ……ね。

 何年も何年も自分の気持ちに嘘をついて、自分ばかりか大切な人たちにも迷惑をかけているし。


「あれ……?」


 気付けば、何か熱いものが頬を伝わっていた。

 涙だ。私……泣いているんだ。


「うっ……うっ……」


 情けなくて、悲しくて涙が止まらない。

 花音さんはそんな私を静かに見守ってくれていた。


「ねえ、香織さん?」


 不意に花音さんが私を呼ぶ。


「バーン!」


 突然店内に響く大きな花音さんの声。花音さんが手を銃の形にして叫んでいた。


「え?」


 私は何が起こっているのかわからずに呆然とするしかなかった。


「はい、これで自分の気持ちが素直に話せなくて、逃げていた昔のあなたは死にました。

 今のあなたは、全部リセットされた状態の……素直な久住香織さんですよ」


 花音さんがゆっくりと私を抱きしめてくれる。

 温かくて、優しいいい香りがする。


「自信を持って下さい、香織さん。あなたは自分の気持ちが正直に話せる人です。何も怖くありません。

 相川さんも、羽崎さんもきっとあなたの気持ちを受け止めてくれますよ」


「ありがとうございます。……え? というか花音さん、どうして私の名前を? 耕介や翔子ちゃんの名前まで……ええっ!?」


 何がなんだかわからない私を見て、花音さんはイタズラっ子のように微笑んでいる。

 そして唇に手を当てて一言だけつぶやいた。


「お花屋さんですから」


 その言葉を発すると同時に、花音さんとフラワー花音に異変が起こる。

 色が……透けてる!?


「あら、もう時間がないみたいですね」


 自分の体が消えようとしているのに花音さんはいたってのん気だ。


「花音さん、あなたは一体!?」


「香織さん、頑張って下さいね」


 私を励ますように花音さんは手を振ると、そのまま消えてしまった。


 フラワー花音があった場所には何もなく、辺りには雪が降り続けている。

 私は幻か何かを見ていたのだろうか。


 だけど、花音さんにもらったスノードロップの鉢だけは、私の手にしっかりと残っていた。


「……逃げていた私はもういない。今の私は素直な私」


 鉢の中で白く咲き誇るスノードロップを見て、私は花音さんが言ってくれた言葉をもう一度口にする。


「この手の中にあるのは希望」


 スノードロップは春を告げる花。そして、花言葉は希望。

 今まで止まっていた時間を今なら動かせるかもしれない。

 私は変わるんだ。


「あ、いたいた。おーい、香織ー」


「わー、香織さんお久しぶりですー!」


 私を呼ぶ懐かしい声たち。

 振り向けば、そこには大切な人たちがいる。


 大丈夫、歩き出せる。


 大丈夫、伝えられる。


 スノードロップは春を告げる花。

 長い冬が終わろうとしていた。



挿絵(By みてみん)

※この画像は本文を元にChatGPTで出力したイメージビジュアルです

あの時言えなかった言葉。

もう遅いかもしれないけど、きっと言葉にすることで変わることがあるかもしれない。

どんなに時間が経ってしまっても、変わらない思いが心のどこかに残っている。

あの頃の気持ちのまま、君に伝えたいことがある。


香織の時間が動き出すのを思いながら書いた短編小説です。

少しでも何かを感じていただけたら幸いです。

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