INFERNO
───あの悲劇から、どれだけの月が回ったのだろうか。
私は、全てを奪った魔王の器を探し続け旅をしている。
何もかも失った。
大切な人達、育った街。そして、大切な家族も。
今、人の世がどうなっているのか、人間の王がどうなっているのか
それすらも私には分からない。
只、分かるのは
世界が混乱しているという事だ。
勇者の愚行により、壊されたこの世界。
"勇者"という、人間を統率していた光を信じられなくなった今
人々は、それぞれの「正義」の名の下
己の信じるものを打ち立て、反するものへ断罪をする。
そこには最早、魔王も勇者も無い。
人が人を殺し、積み上げられる屍
醜く歪んだ世界は、紅に染まってゆく。
焼き尽くされてゆくこの世界は、私の全てを捧げても
取り戻す事は出来ない程、混乱を極めていた。
「あんた、勇者だろう?その眼を見りゃわかる」
廃墟と化した、見知らぬ街で身体を休めていると、男が話しかけてきた。
「……勇者などではない。私は、私の為すべき事をやろうとしているだけだ」
「ああ、そうかよ!勇者様がおかしい事をしたから、俺たちの街は無くなっちまったんだよな!」
男は、怒気を孕んだ声で捲し立てる。
───やめてくれ。それ以上、私に殺意を向けないでくれ。
「お前らが余計な事をしなければ、俺は故郷も、友達も、家族も失わなかったんだ。お前らさえいなければ───」
叫びながら、男は私に剣を向けた。
自然と、身体が動いた。
まるで、よく調節されたマリオネットの如く
私は、彼の胸を切り裂く。
ああ、ああ、違う。こんな事をしたい筈じゃないのに。
私の思いとは関係なく、"勇者に相対した"その一つのせいで
その"世界の規律"から外れたせいで
彼に、断罪の剣を突き立てる。
───これでもう、何度目だろう。
どれだけの人を、殺してしまったのだろう。
魔から人を救う為のこの命は、何のために存在しているのだろう。
ヒビ割れた地面の隙間を、血潮が満たしてゆく。
世界から取り残された私は、泣くことも出来ずに
当てもなく、"魔王の器"を探し
途方もなく、歩くことしか出来なくなっていた。
「……ごめんなさい」
───私が斬った彼を、見遣り立ち尽くす。
そんな権利など、私には、私達にはどこにも無い