EGOIST
街中が、国中が、人間全員が歓喜に溢れている。
魔王が倒れたその日から、連日お祭りの様な騒ぎが続いている。
魔王という統制を失えば、魔族達は二分された世界の"向こう側"へと帰ってゆく。
長らく続いた恐怖から解放された人々は、とても嬉しそうに、久々の笑顔を絶やさずにいた。
まるで、失った大切な人への悲しみを塗り潰すように。
ーーー予定よりかなり遅れて、お父様が帰って来た。
私が生まれるより前に、神託を受けて旅に出たお父様。
人々を救った、本物の勇者。
そして、私の本当の家族。
館の門が開けられ、白い馬に跨った人影がこちらへ向かってくる。
館のみんなは、おかえりなさいませ、と口々に労い、笑顔と涙を浮かべている。
嗚呼、この人がそうなのか。
まるで、本当にお話から飛び出して来たような、凛々しさと暖かさを感じる雰囲気の男性。
そして、私と同じ金髪と青い目。
「……お、おかえりなさいませ!お父様!」
……しまった。今日のためにいっぱい練習して来たのに、噛んでしまった。
かちかちになりながら、なんとか精一杯のカーテシーを披露した。
先程噛んでしまったのも有り、恥ずかしくて顔を上げられないでいると、突然体が宙に浮いた。
「"サラ"!もしかして君は、サラかい!?いやあ、とても大きくなった!元気そうで何よりだ!」
私は、お父様に抱き上げられていた。
私の名前を連呼し、抱きしめられ、頭を撫でられた時
本当にこの人が私の父親なのだと、本当の家族なのだと
心から暖かくなり、嬉しさで泣いてしまっていた。
「……先程は、取り乱してしまい失礼しました……」
所変わって、談話室。
勇者の娘として、立派にお父様をお迎えする筈が、まるでそこらの子供のように泣きじゃくってしまった。
顔から火が出るほど恥ずかしい。
そんな私を見てお父様は笑い、優しく応えてくれた。
「あはは、そんなこと気にしなくていい。君は僕の娘なんだから、存分に甘えたらいいんだよ。それよりも、本当に長く家を空けてしまって、すまなかった」
「あ、謝らないで下さい!お父様は人々の為にご立派に戦い、見事魔王を打ち滅ぼしました…心から誇りに思います」
「有り難う。館のみんなも、僕の帰る場所をよく守ってくれた。この子の成長を見るとしっかりとそれが伝わるよ。そして、実は1人みんなに紹介したい子がいてね」
テーブルを囲み、団欒をしていると、お父様から突然の報告が上がった。
「"リンネ"、入って来なさい」
かちゃり、と談話室のドアが開けられ、1人の少女が入って来た。
見た所、年齢は私と同じぐらいだろうか。
フードを深く被っている為、顔はよく見えないが、美しい白髪が覗いている。
「紹介しよう、リンネは、魔族の被害に合った街の孤児でね…帰還の途中に出会い、養子として迎え入れる事にしたんだ。突然の報告になって驚かせてしまうかもしれないが、よろしく頼む。そしてサラ、血は繋がっていないが、君の妹になる子だ。仲良くしてあげて欲しい」
お父様は、そう私達に伝えながら、その子のフードを取る。
ーーー息を飲んだ。
まるで真冬の雪のような、長く美しい髪と、血の如く燃えるような紅の瞳。
同じ人間の筈が、まるでこの世のものとは思えない美しさだった。
少なくとも、私がこれまで見てきたどんなものよりも。
「……宜しく、お願いします」
彼女は、虚げな声で挨拶をする。
私は、それに返す事も出来ず、彼女の発する雰囲気に只圧倒されていた。
瞬間、彼女と目が合う。
その真紅の瞳が、一瞬だけ、禍々しく輝いたのは、きっと気のせいだろう。
ーーー私は誰だ。
勇者と名乗るこの人が言うには、魔族に滅ぼされた街の生き残りらしい。
何も思い出せないが、それはショックによる一時的なものだと、医者が判断していたからそうなのだろう。
しかし、この魂に宿る"何か"が、禍々しく燃えている。
曖昧なまま私は、勇者の館へと連れていかれる。
館の人々は、笑い合っている。
その人々の中、私の瞳は何かを探す。
その中の1人……何故か"見つけた"と思った。
勇者と同じ血を感じる少女。
私は、彼女の事を知っている。
誰だったかは思い出せないが、私にとってとても大切な人なのを心が教えてくれる。
どう大切なのかは、説明出来ないが。
談話室に呼ばれ、私はそこの人達と挨拶を交わす。
そこには、あの少女も居た。
彼女も、何か感じているのだろうか。
固まったまま、私を見つめている。
その大海の様な、美しい瞳と目が合った時、少しだけ、ほんの少しだけ
私が私である意味を、思い出した気がした。
ーーーお父様が帰って来て数年。
私達は、毎日勇者の娘として、鍛錬や勉強に忙しい日々を送っていた。
相変わらずリンネは、口数は少ないし、笑う事もあまり無い。
けど、家族に迎え入れられたばかりの頃より、随分と表情が変わるようになったと思う。
いや、正確にはそれを分かるのはいつも一緒にいる私だけのようなのだが。
使用人達には、少し気味悪がられているようだ。
その誤解を解きたくて、色々と行動しているのだが……中々難しい。
確かに彼女には、不思議な雰囲気がある。
それと、人には普通は有り得ない真っ赤に染まった瞳。
けれど、私はその瞳が美しいと思う。
目が合う度に、その赤に吸い込まそうになって、何故か心が安らぐのだ。
そして、お父様も相変わらず忙しくしているようだ。
何やら研究だとかで、しばらく家を空けたと思えば
今度は書斎に篭り切りになっている。
こんな事は思いたくないが、正直、今のお父様にはかつての、お伽話の主人公のような輝きは無い。
幼い私があの日見た、太陽よりも輝いて見えたかつてのお父様の姿は、もう無い。
しかし、私にとって大切な家族である事は変わりない。
最近はリンネとも、あまり言葉を交わしていないようだが
願わくば……いや、私が何とか頑張って、またあの時のように、皆んなで笑い合って過ごしたい。
家族として───
───あれから、暫くの年月が経ったようだ。
私は、ここに来て色々な教育を受けていた。
あの時出会った少女は、随分と輝きを増した。
これも、勇者としての血筋故なのだろうか?
相変わらず、私の記憶は戻らないままだが、サラが成長すればする程、私はその存在に心惹かれていった。
何も無い空っぽの私の中に、少しずつ何かが満たされてゆくのを感じる。
この気持ちが何なのか。
それを知りたくて、私は彼女の様になりたいと、少しでも長く共に居たいと思うようになった。
私には無い、太陽のような暖かさ。
いつか、少しでも追い付く事が出来れば、私が私である理由を思い出せるだろうか?
ーーーでも、少しも、一つとして同じにはなれなかった。
貴女のように、貴女に認められたくて頑張ってみてるけれど
やはり私と貴女は、何かが決定的に違う。
─── 私は、私の命を闇に灯す。
ガラスは砕け散る。
カケラに映る自分を見る。
そこには、血に濡れた真っ黒な闇。
それが私。
愛した貴女との世界は、二つに分かれる。
嗚呼、それでも貴女は私と共に生きてくれるでしょうか?
貴女の様に、人の世を照らす存在にはなれない、そんな私を、貴女は笑って赦してくれるでしょうか?
ーーー穏やかに、しかし確実に、歯車にはヒビが入ってゆく。
かつての勇者は、輝きを失い
魔王の器を壊す為の力を再び取り戻す為
"無駄な行為"を繰り返す。
それが自身の死期を早めるとも知らず。
その一方でサラは勇者としての輝きを増してゆき、それと反比例して魔王の器は少しずつその命を放ち始める。
その歪な形は、運命という大きな流れに少しずつ削られて。
そして、"その時"は突然、しかし当たり前のように訪れた。