Slave of Fate
ーーー少女は、愛していた。
この世界の全てを、理を。
少女は、抗った。
自信の運命と、枷に。
少女達は、憎む。
愛したはずの世界で、愛していた全てをーーー
ーーー二つに分けられた世界。
二つはお互いを憎み、殺し合う。
その歪みは今では当たり前になり、この世界の規律と化す。
分けられた二つは、決して交わることは無く、赤に染められてゆく───
物心付いた時から、私は勇者の娘だった。
何一つ不自由無く、人間の英雄の子として育てられていた。
お父様は、私が生まれる前から魔王討伐の旅に出ていたから、出立する前の父親を私は知らない。
まるで小説の物語のような父の姿を、周りの人たちは語る。
私は、そんなお父様が誇らしく、同時にどこか遠い存在のように感じていたと思う。
ーーー私の歳が10を過ぎたその頃、やけに館の、街の人たちが騒がしくしていた。
聞けば、とうとうお父様が魔王を討伐したのだと。
王様への報告も終わり、この街に帰ってくるらしい。
私には母親は居ない。
私が生まれると同時に、亡くなってしまったらしい。
身の回りの世話をしてくれる人たちや、私に色々な事を教えてくれる先生達のことも愛している。
だけど、私は本当の血の繋がりのある家族を知らない。
嬉しさと、少しの気恥ずかしさを胸に抱き、絵本の中の主人公であるお父様に会える事に、心を躍らせた。
ーーー僕は、生まれた時から勇者だった。
剣を教わると、一月もしないうちに師匠を超えた。
魔法を唱えれば、この国の誰よりも強力な効果を生み出した。
僕の一族は、常にこの世界の勇者として"機能"してきた。
僕のお父様も、そのまたお父様も、例外に漏れず。
しかし、僕の人生には、不可能などない。
魔王を討伐する事すら、自分の人生の一つの過程としか捉えていない。
何故なら、僕はこの世界に愛されているのだから。
全ての神の寵愛をこの身に宿すものこそが、勇者なのだ。
だから、"この娘"を連れて帰った。
"この娘"を手中にする事で、この二つに分かれた世界は一つに出来る筈だ。
僕の仲間達は、僕の行動を諌めた。
だから、彼らを"切り捨てて"やった。
そうされても仕方ない。何故なら僕は"勇者"なのだからーーー
勇者一行が魔を退けたその日、人々は歓喜に沸いた。
生活を脅かされ、大切なものや人を殺され、そんな存在が居なくなったのだから当たり前だ。
しかし、勇者のパーティで戻ってこれたのは勇者と、謎の子供のみだった。
深くフードを被った白髪の少女は、只呆然と勇者の隣に佇んでいる。
王は厳かに、しかし歓喜を滲ませながら勇者へと問いかける。
「勇者よ、此度の魔王討伐よくぞ成し遂げた。人間の王として心からの感謝を表する……そして、勇者と共に戦い、美しくその命を散らした者どもに祈りを捧げよう」
勇者は、王に跪いたまま答える。
「有り難う御座います、陛下。無念にも私のみの帰還となりました事をお赦し下さい。彼らは良く働き、戦い、そして笑い合い私の心からの誇りでした」
勇者は、目に涙を浮かべる。
まるで演劇の一幕の様な、美しい様であった。
「……よい。彼らの葬いは、国を挙げて執り行おう。して、勇者よ。その隣の子供は何者であるか?」
白髪の少女は、変わらず呆然と佇む。
まるで自我や魂すら無いように。
「この娘は、魔族により滅ぼされた街の生き残りです。今は家族を失った悲しみからか言葉を発しませぬが、せめて私が救えなかった贖罪の為、連れ帰り養子に迎え入れたいと存じます」
その言葉を聞き、王や周りの貴族達は心から打ち震えている。
この世に、これ程までに高潔な魂を持った人間が居るのかと。
その人々を見やり、少女の瞳が一瞬だけ、紅く揺れた。
ーーー私が目覚めた時、全ては終わっていた。
目に写るは、赤を流しながら斃れている人間と、私自身。
ああ、そうか。
次は私の番なのだと、魂が理解をする。
死に魅入られた私達は、この世界が終わるまで死ぬ事はない。
人間達のように、生に愛され死ぬ事でその魂を溶かし、再び生を受ける事など無い。
私達の魂は、安息へ辿り着く事もなく、只々世界が枯れ果てるまで、生を喰らい続ける。
そんな私達死の住人を、彼ら人間は"魔族"と呼んだ。
そしてその王である私を、彼らは"魔王"と呼んだ。
終わることのない、次の出番が来るまで眠る為、私は"寝室"へ向かおうとした。
その時、人間の中の1人が私に声をかけた。
「……君が、次の魔王の器だね。しばらくここで待つつもりでいたが、こんなに早く発生するとはね」
太陽を思わせる金の髪に、大海のような青の瞳。
ああそうか、彼は先程まで"私だったもの"を斃した今回の人間の勇者か。
そして、次回私に斃される存在。
「やはり、その様子だと全てを認識しているようだね。僕がいくら本気を出しても、自分が斃されない事をわかっているんだろう?」
今回の勇者は、聞いてもいない事を勝手に喋ってくる。
正直言ってかなり鬱陶しい。
「……何か目的があるようだけれど、私は眠いの。貴方こそ、その言い方だと、この世界と、貴方自身の運命に気づいているのでしょう?それならば、私が次目覚めた時に十分相手してあげるから」
私は、踵を返し"寝室"に向かおうとする。
しかし、その道を塞がれた。
彼は、私に剣を向けその体に魔力を貯めている。
「ああ、君に言う通りだ。僕はこの世界にも、自分達の運命に気付いている。だから、君を連れ帰りその力を封じて、ルールを書き換えさせてもらうよ」
「……貴方、自分が何を言っているのか分かっているの?私達は神が作った"運命の奴隷"。奴隷が主人のルールを書き換えられる訳がないでしょう?そもそも、貴方の人間や仲間達が許す訳がない」
私は、余りにも哀れな今回の勇者に、ため息混じりに答える。
しかし、彼はにやりと笑い
「その通りだ。だから殺した。僕は誰よりもこの世界に愛されているんだ。だから、運命のまま死ぬなんて事は神がお許しになる筈が無い。邪魔をするものは、魔族も人間も関係ない」
呆れた。その様な事が出来る筈無いのに。
そんな事、"過去の私達"がいくらでも試している。
それでも、所詮奴隷の私達が神様達の喧嘩を仲裁なんて出来る訳がない。
「心配しなくていい。僕が全て上手くやる。それにしても、黒髪に紅き目……まるで僕の娘と正反対の見た目をしているね。"その時"が来るまで、娘と仲良くしてくれると嬉しいよ」
よく分からない事を宣いながら、彼は私に認識阻害の魔法を掛けたらしい。
消えゆく意識の中、瞼の裏に写るは、過去の、ただ流れてゆく赤の記憶。
少女の闇は、白く染め上げられてゆく。
その本質を、別のものに塗り替えるが如く。
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刮目せよ。
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