お客様名『山本 勲』その八~「いざ異世界へ」
俺は山本 勲。三十九歳。未婚だ。異世界に来て三日……俺は……俺は……。
ハーレムだあぁぁぁぁぁああああッ‼
2LDKにして良かったとつくづく思う。二人のレディ。めちゃくちゃ可愛いのだ。オプションでハーレムを買わずとも、毎日が甘い生活をこの集落で送れている。
朝起きると、両腕には可愛い女の子。挨拶代わりのスカート捲り。実はこの世界に来て、そういうエッチーことをすると、PVの伸びが良いことに気付いた。
逆に集落から出て、弱いモンスターを討伐するとPVがガクッと落ちたのだ。つまり、いま、この時点でのニーズは『スケベ系』ということになる。手首を確認した。
――『40万PV……支払日まで二十七日』
取り敢えず、このままでも二カ月は猶予があるのだ。よかった。これなら楽しくやっていけそうだ。まだ安心はできないが。
モンスター討伐……。弱いモンスターといっても、命からがらだった。頭がライオンの蛇だぞ。見た瞬間腰を抜かしそうになったが、同行していた冒険者の協力もあって、なんとか討伐に成功した。
それで、どうやって金もないのに生活しているかって? 嘘スキルだよ。まぁ、よくもベラベラと嘘が付けるモノだ。それに騙されて金を貸してくれる人や、食事を提供してくれる人。この家ですら、嘘をついて貸して貰った。
俺は今、凄く幸せだ。ずっとこのままでいい。ずっと……。
それから二回の支払日を余裕で乗り切った。
――『280万2540PV……支払日まで十三日』
神様達のニーズも何となく理解ができ、PVも安心できるくらいまで増やすことができた。でも最近、PVの伸び悩みをヒシヒシと感じ、俺は一抹の不安を抱き始めていた。もう飽きられたのかもしれない。
ピークは530万PVを記録したこともあるが、何もしないと減っていくのだ。そろそろ潮時かな……。これだけのPVがあれば次の異世界でも悠々自適な暮らしができるし、今度こそ、有能なスキルで血沸き肉躍る熱い戦いができる。
この二人のレディにもそろそろ飽きたし、他の可愛い女の子とまたディープな日々を暮らすのも悪くない。
だが、数分後……俺は、運命とは皮肉なモノだと痛感した。
集落の様子がおかしい……。人々がざわついているのだ。慌てて外に出ると、俺は全てを悟った。
空の色が紫に染まり、雷が集落の民家に落ち、燃え上がる。残り少なかった木々も枯れ、川の水が黒く濁った。
「この世の終わりだぁ」
と人々が叫び頭を抱えた。すっかり忘れていたが、俺がやって来たのは、「後期」の世界だ。つまり終末が迫っている世界のことである。そして、その終末が今まさに目の前に来ていた。
いやいやいやいやいや、逃げるぞ俺は……。この状況を嘘付きスキルだけで生き残れるわけがない。下手すりゃ普通に全滅だ。腕を確認した。
――『120万2540PV……支払日まで十三日』
嘘だろ⁉ 数分で160万PVも減っているぞ。神様達も、もうこの世界を見限ったのかもしれない。だったら、尚更ニーズに合った世界へ転移しなければ。
街中の冒険者達が集合し、一人の若者が声を挙げた。
「もう、この世界にオアシスはない。今こそ、力を合わせて魔王の城に乗り込もうッ‼」
「今戦わずして、いつ戦う⁉」
士気を高める一同の中に、俺が初めてモンスターと戦った際に協力してくれた冒険者もいた。立派な戦士になっていた。
それに比べ俺は……あれから一歩も集落の外には出ず、レディ達と自堕落な生活しかしていない。だらしなく膨れた腹で魔王を倒せるはずがないのだ。
そんなことを考えていると、集落の周辺を黒い塊が囲んでいた。モンスターの群れだ。オークやリザード、インプ。キメラにドラゴン。「おい、囲まれてるぞッ⁉」とガタイの大きな冒険者が叫ぶ。
無理だ、集落の冒険者が束になったところで勝ち目はない。コイツ等、みんな誇りを抱いて勇ましく死ぬつもりだ。
俺は、ポケットから黄金色のアンティークキーを取り出し握りしめた。今なら、まだ間に合う。冒険者達が四方八方に散らばり、モンスターの群れに斬りかかった。剣戟が木霊し、冒険者達の悲鳴が響き渡る。市場の一般市民が泣き叫び、怯え、死を覚悟している。
これが終わりなのか。勇者が存在しない異世界の終わりとはこういう結末を迎えるのか。
――『50万2540PV……支払日まで十三日』
駄目だッ‼ PVが無くなる。俺は複雑な思いを胸に、急いで民家の扉の鍵穴にアンティークキーを挿し込んだ。