お客様名『山本 勲』その五~「追加オプション」
「後期の方で……」と俺は悩みながらもそう答えた。手っ取り早く活躍して大量にPVを稼いでから、のんびりとした中期や前期の異世界に移るというのが俺の計画だ。
「ファイタル・アメルティアでございますね。かしこまりました」
世望はそう言うと、肌島に目で合図した。頷いた肌島が、胸の谷間をまた世望の顔に近づける。が反応しない世望は、パソコンの画面を凝視している。その態度に拗ねて見せる肌島がまた可愛い。
肌島は自分で胸の谷間に手をいれると、小冊子のオプションシートとバインダーを取り出した。「四次元パイパイ」「四次元パイパイ」とチルとラリがキャッキャと笑う。絶対におかしいぞ。そんなに入らないよな、いくら大きな谷間でもよ。本当に四次元パイパイなのか……。すると、チルが不気味な笑顔を俺に近づけてきた。……怖い。
「オッサン。あのね。僕ね、あの四次元パイパイから生まれたんだよ」
「えっ?」
今度はラリも、赤いリボンの付いた橙色の毛糸をユサユサと揺らしながらやってきた。
「オッサン。あのね。あたちもね。あの四次元パイパイから生まれたんだよ」
「ねー」「ねー」とチルとラリが顔を見合わせおどけてみせる。「そ、そうなの」と言うと、肌島が「そんなワケないじゃないですか。このお胸で挟めるモノにも限界があります」と、世望を見ながら頬を赤らめた。俺はそれを聞いて何故か股間がキュンとした。
肌島からバインダーに挟まれた小冊子を受け取る。うん……温かい。
「そちらが、先程申し上げましたオプションシートになりますわ。ご希望のオプションのチェックボックスにレ点を記入下さい」
「わかりました」
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基礎能力
□身体能力十倍 100万PV □五倍 50万PV □二倍 20万PV
□魔法習得 賢者級 100万PV □大魔道士級 50万PV □一般魔道士級 20万PV
□物理ダメージ補正90%カット 100万PV □50% 50万PV □20% 20万PV
□魔法ダメージ補正90%カット 100万PV □50% 50万PV □20% 20万PV
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プラチナ級 ユニークスキル 各種500万PV
□トラップ解除 □自然治癒 □PV変換 □錬金術 □探知 □鑑定 □千里眼 □飛行
ゴールド級 ユニークスキル 各種300万PV
□マルチリンガル □解析 □魔食 □ワームホールステップ □遠隔操作 □ゴーストハント
シルバー級 ユニークスキル 各種200万PV
□物体浮遊 □仲間モンスター擬人化 □特殊料理 □エナジー転換 □擬態
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「……………………」
どれも買えないじゃん。アホみたいに高いぞコレ。自殺していなけりゃ500万PVはあったから、色々オプションがつけられたのにな。ただでさえ、初月で45万PVも使うのだ。残りはせいぜい5万PVだ。どうせなら、5万PVで買えるものは……。オプションシートをペラペラとる。手が止まった……。
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物語演出補正 各種100万PV ※異世界によってはご希望に添えない場合もございます。
□ハーレム □ざまぁ □追放 □悪役令嬢 □異能力 □婚約破棄 □無双 □俺TUEE
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「物語演出補正? 何だこれ?」
「こちらのオプションを選ぶことで、山本様を取り巻く環境に補正が掛かるのです。ドラマティックな異世界生活を望まれるお客様にとっては、非常に価値のあるオプションでございます」
「ハーレムねぇ……自殺してなけりゃ買えたのに。まぁ、二人のレディが付いているし、ハーレムっちゃハーレムか」
武器を見ても、仲間を見ても、到底5万PVで買える様なオプションは無かった。生身で終末の世界に飛び込んだところで、襲い来るモンスターに勝てるワケないし、下手すりゃ死ぬぞ……ん? 異世界で死んだらどうなるのだろう? またも浮上した疑問を世望に投げかけた。
「そうですねぇ。異世界でお亡くなりになられた場合は、ジ・エンドですね」
「それってまた死ぬってこと?」
「復活スキルや、蘇生する何かしらが無ければその場で山本様の人生が終了。残ったPVも消えてしまいます」
「マジですか……」
「マジです」
「その場合、俺の魂はどうなるんですか? またあの行列の最後尾に戻るとか?」
「二度目の死は『完全なる虚無』となりますね」
「完全なる虚無って?」
「それは私にも分かりかねます。ただ、モンスターになってしまった場合は、その限りでは無いですね。その世界でモンスターとして死のループを味わうことになるかもしれません」
世望は同情も躊躇いもなく、涼しい顔でそう言った。つまり異世界で死んだ場合、もう二度とあの世には行けず『完全なる虚無』行きとなり、この不動産屋にも戻って来られなくなるのだろう。
そして、世賃が払えず退去を拒みモンスターになってしまえば、殺されて蘇るループが待ち受けているかも知れない。
つまり、良いことだけじゃなくリスクもあるのだ。
そう考えると、やはり異世界には行かず、このまま店を出た方が良い気もしてきた。とはいえ、恨めしくただ立ち尽くす亡者になるのも嫌だ……。
伏し目がちに思いつめていた俺に、世望は清涼感のある声で尋ねてきた。
「どうかされました? 何か気になることでも?」
「いやぁ……完全なる虚無とか、レベル1のモンスターになるとか。そっちのリスクも気になってしまって。やっぱり怖いというか。想像がつかないんですよね」
「心配なさらずとも、生前の山本様はレベル1のモンスターみたいな生き方でしたし、生活環境は虚無そのものかと」
この世望という男は、接客態度や爽やかイケメンスマイルとは似合わず、恐ろしく無神経に毒を吐くのだなと改めて思った。ワザとなのか? その表情からは真意が一切見えない。
「レベル1は言い過ぎでしょ」
胸を張って否定するには心当たりが無くもないが、思わず声が先に飛び出た。
「それは失礼致しました。では……レベル5くらいでしょうか」
「それもそんなに変わらんでしょうよ」
だからその笑顔は何だ‼ と俺は心の中で一喝した。
「どうですか? 何か気になったオプションはございますか?」と濁りのない丸い目で俺の顔を覗き込む肌島が、世望のせいで穢れた心を瞬く間に浄化する。
「……あ、あぁ。気になるって、そりゃ気になるモノばかりだけど、高くて買えませんよ」
「だって、自殺しちゃいましたものね」
「ご……5万PVで買えるようなの。何か無いですか?」
「5万PVで、ですか……」
そう呟くと、肌島は小冊子のページを細く白い指で捲りだした。「これなんて如何でしょうか?」と、ある項目を指差す。
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□嘘つき 5万PV
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「嘘つき?」
「はい。嘘をつくのが上手くなります」
「…………まぁ、何も無いよりはマシか。じゃあコレを付けよう」
世望が肌島に「契約書を」と伝えると、頷いた肌島がまたも胸の谷間を両腕で寄せた。だが、世望は「自分で取りなさい」とすぐさま制止する。頬を膨らませた肌島が自ら用紙を取り出す。…………何度見ても可愛い。
「最後にもう一度確認致しますが……。本当にこのプランでよろしいのですか? 今ならまだ最初の異世界や、1DKもございますが」と世望が念を押す。
本当にこれで決めてしまって良いのだろうか? 失敗すれば……もう後戻りはできない。実際、後期の異世界に、強力なスキルや武器も持たず、嘘つきスキルだけで行くことに意味はあるのだろうか? やはりランクを下げるべきだろうか……。もうちょっと異世界の情報が欲しい……。
そこで俺は、あることに気付いた。そして、それが可能かを尋ねてみることにした。
「あの、その前に……内覧とかできたりしますか? ほら不動産屋みたいに……」
俺の問いかけに、顔を見合わせる世望と肌島。やはり無理なのだろうか? 「はい。ご要望とあらば」と肌島が笑顔で答えた。「あるの⁉」と俺は先に言えよと思った。
肌島がカウンターから出てきた。足も長い。しなやかではあるが、程良い肉感がとてつもなくセクシーだ。もう少しタイトなスカートが上なら……おパンティーが見えそうだが……いかんいかん。
「では私達に付いて来て下さい」
リアルエステートの面々と俺は、入店してきた自動ドアの前で、横一列に並んだ。
肌島は胸の谷間から一本のアンティークキーを取り出した。そして、自動ドアの横の鍵穴に挿し右に捻る。「こちらへ」と促され俺が自動ドアに近づくと、開いた先の景色は全くの別世界だったのだ。