お客様名『山本 勲』その参~「PVとは?」
「ご、ゴミクズ……って」
「仕方ないですね。調べたところ山本様は自殺しているようですし。自殺は大幅な減点となります」
「大幅ってどれくらいなんですか?」
「自殺の場合は、所持PVから九割減点ですね。元は500万PV程でしょうか。それでも随分少ないですね」
「パーソナル・バリューなんて意識して生きてないしさ。知ってたら……」
「もっと価値の高い生き方を選んでいた。とでも?」
徹底された営業スマイルの世望だが、眼鏡の奥から鈍く光る眼は、俺の心の奥底までも見透かしているような……そんな気がした。どこか背筋に寒気が走る。
自分でも理由は分からなかったが、その眼に抗うかのように虚勢を張った。
「あ、あんたに俺の何が分かるっていうんだ。これでも人並みには苦労して生きてきたつもりなんだよ」
少しの間のあと「そうですか」と冷淡に答えた世望は、再びパソコンの画面に目を向けた。
世望はマウスのホイールボタンをぐりぐりとしながら、「そうですねぇ。コレと言って退屈な人生ですね。社会貢献もしてなければ、自堕落な生活……。良いところがあるとすれば山本様は正直者ですね。悪く言えば嘘が下手……。それを加味しても、こんなモノでしょう」と説明した。パソコン上に俺の生前の情報が載っていること自体が驚きだが、爽やかな甘いマスクで毒舌混じりにそれらを批判されると、なぜか無性に腹が立つ。
「アンタ、俺をお客様って呼んでいた割には、随分と酷いことを言うんだな」
「申し訳ございません。いずれ明るみになることですので、『ゴミはゴミ』だとここはあえて、しっかりお伝えするべきかと」
刺のある言葉とは裏腹に、悪びれることも無く真摯な口調で世望は俺に深く頭を下げる。
「天より授かった命。ご両親から授かった肉体を粗末にするということは、そう呼ばれても仕方がないワケです。どんな理由があろうと」
「にしても……ゴミゴミってさ……ッ」
普段の俺なら、入った店に世望のような態度をとる従業員がいたなら、激昂して出て行くことだろう。更にはネットにありのままの評判を書き込む。
だが、今ここで怒りを露にし、店を出たところで現状よりも良くなるとは到底思えない。
そして、この異世界リアルエステートがどんな場所なのかが気になって仕方がないのだ。
だから俺は、あえて心を落ち着かせる為に深呼吸をした。
「いや、別に良いよ。で、そのPVを調べてどうするんですか?」
「山本様のPV状況から、ご提案できる異世界を選ぶ基準を知らなくてはいけないのです」
「好きに選べるワケじゃないんだ」
すると横から肌島が近寄り前屈みになった。愛くるしい顔も然ることながら、その豊満な谷間に視線が吸い寄せられる。
網膜から侵入した光景は直ぐさま脳内を高揚感で満たし、さっきまでのイライラを一瞬にして上書きした。
店に留まった理由の一つは、間違いなく肌島がいるからだ。
「一応ビジネスですので、契約が成立した場合の仲介手数料と、山本様が毎月の世賃料を、資産であるPVで支払えることも考慮しなければなりませんの」
「マジで不動産屋みたいですね」
「その通りです」と世望が言った。
そこでふと疑問が浮かんだ。もし仮に俺が異世界に行ったとして、毎月の賃料……つまり世賃料を支払うと言うが、そのPVはどうすれば稼げるのか? 世賃が幾らかは知らないが、PVを稼がなければいずれは滞納だ。俺はその疑問を世望にぶつけた。
「ご心配なく。先ほども申し上げました通り、PVとは、パーソナル・バリュー。つまり貴方の価値です。異世界にて貴方の価値を高めれば、それに応じてPVも加算されます。まぁ、その逆も然りですが」
「価値を高めるって、どうすれば?」
「それは神のみぞ知る、です」と、世望は指をズバリと上に突き出し答えた。
代わって肌島が口を開く。俺は胸を見る。
「PVの増え方は、その世界によって様々なんです。ある程度の傾向は私共の方でも分かりますが、厳密にはニーズは移ろいますし」
「ニーズ?」
「例えば、山本様が勇ましくカッコいい生き方をすればPVが上がることもあれば、スローライフで上がることもあります。エッチなことや、グロテスクなことなど」
「それって、ラノベとかいう小説のニーズみたいだな」
「ラノベー」「リャノベー」とチルとラリが俺の後ろで走り回っている。パチパチと世望がキーボードを叩きながら口を開いた。
「そうですね。良いところに気が付きましたね。人生とはある種、小説と同じです。主人公の生き様ですから。山本様もご自身の生き様を神様達に見て貰うことを意識していれば、おのずとPVが稼げるようになるでしょう」
「生き様って、俺、もう死んでるんだけど……」
「死ぬまでが生き様だとでも? 私からすれば、生前の出来事はあくまで序破急の内の序章。死んでからが本編だと思いますけどね。つまり山本様という魂が終わりを迎えるその時までが、生き様だということです」
「はぁ……?」
淡々と話が進んでいくが、中々に理解が追いつかない。俺は一旦腕を組んで、情報を整理した。
つまり、この不動産屋で言う『異世界』とは現世での『賃貸物件』と同じで、自分が住みたい異世界を選ぶと、仲介手数料と家賃……つまり世賃が毎月必要になる。そして、その世賃は俺のパーソナル・バリューであるPVで支払われ、そのPVを稼ぐ為には俺の生き様を神様達? に気に入られるように見せていく必要があるということだ。
その神様達とは一体何なのだろうか?
んー。ややこしくて頭が痛い。……死んでいるのに。
どうする? 今ならまだ店を出ることができる。だが、出てどうする? 俺も行列に戻れず、恨めしい表情を浮かべる彼らと同じく、オブジェのようにずっと立っているのか? その先に何がある? 可能性が無いのなら、この店に人生を賭ける方がまだマシだ。……いや、死んでいるから人生とは言わないな。ややこしい。
俺の険しい表情を察したのか、世望はニコリと微笑みながら肌島に目線を送った。すると、なんと肌島が豊満なバストを両腕で挟み、それを世望の顔に近づけた。
「世望さまぁ、取って下さるぅ?」と胸を差し出し、愛らしい表情を送るが、世望は表情一つ変えずに「自分で取って下さい」と突っぱねる。「いつもソレばかりね」と言いながら肌島は口を尖らせると、おもむろに胸の谷間に手を突っ込んだ。
何をするのか? エロい……エロ過ぎる。そして手を出すと、数枚のA4サイズの用紙が出てきた。
「四次元パイパイ」「四次元パイパイ」とチルとラリが、キャッキャと笑う。
「こら、その呼び方しちゃダメよ」と肌島が注意する。
肌島から紙を受け取った世望は「良い異世界がありましたよ」とニコリと笑った。世望の指先に誘われ、俺は紙に視線を下ろした。