追加ショートストーリー「異世界リアルエステートの休日」
異世界リアルエステートにも休日はある。慈善事業でもないので当然、従業員にも休暇が与えられるのだ。今日はそんな一日を少しだけ覗いてみよう。
薄暗いマンションの部屋に、カーテンの隙間から太陽の光が差し込む。ここは肌島シシが住む部屋だ。
フローリング張りの広いリビングには、大きな木製のダイニングテーブルと椅子が四つ。そしてL字型の広めのソファー。洒落た洋風の食器棚や、色鮮やかな刺繍が壁に飾られ、観葉植物と可愛い小物がセンスよく並べられている。
寝室のベッドには、ピンクとホワイトの水玉模様がプリントされた布団。その中に包まった肌島の姿があった。もこもこ生地のパーカーパジャマを着て、ナイトキャップ代わりに被ったフードの猫耳が可愛さを引き立てる。
すっぴんだというのに、薄ピンクの唇と長いまつ毛、ほんのりと赤みを帯びる頬が化粧をしているかのようだ。この状態だと更に童顔に見えることから、普段の化粧は大人っぽさをイメージしているに違いない。
眠りながら姿勢を横にし、掛け布団が少しはだけると……。なんと、ファスナーから零れ落ちそうな胸の谷間に、ナイトキャップを被り、すやすやと寝ているチルとラリの顔があった。二人の体は見えない。顔だけが二つ……まるで胸の上に乗っているかの様に見えるが、恐らく体は四次元パイパイの中に入っているのだろう。
その光景を人によっては、さながらカンガルーと揶揄する者もいるはずだ。
先に目を覚ましたのはチルだ。もぞもぞと体を動かし、肌島の胸から抜け出すと目をこする。ライトブルーとホワイトのストライプ柄のパジャマのまま、そっとラリの頭を叩く。
目を覚ましたラリに、チルは「しー」と木製の指を口に当てながら音を出さないように注意した。肌島を起こさない為の配慮だろうか。
ラリもそっと肌島の胸から這い出た。チルと色違いのピンクとホワイトのストライプ柄だ。二人は見つめあうと、不気味な笑顔を浮かべながら静かに肩を震わせた。
「ゴシゴシゴシ」とチルの声。
「ごちごちごち」とラリの声。
洗面所にて寝ぼけ眼で歯を磨く肌島の隣で、チルとラリも歯磨きをしながら声を出す。木製のマリオネットではあるが、真っ白な乳歯が泡に包まれている。内部は人間と同じ組織で出来ているのだろうか?
肌島が鼻歌混じりに化粧をしているのを、いつもの格好に着替えた二人がじっと見つめる。寝室のドレッサーミラー越しに肌島が声を掛けた。
「チル、ラリ。そんなに見つめられると穴が空くわ」
ニヤニヤと笑みを見せるチルが「穴空く。蜂の巣ぅ」と喋る。「あにゃアクぅ。はぴのしゅー」とラリが舌っ足らずに言った。
タンクトップにハーフパンツのスポーツウェアに着替えた肌島。休日は決まって朝食前にランニングへ出かけるのだ。肌島なりの美と健康の秘訣らしい。
「二人共、お利口にしているのよ」と言い残し、玄関のドアを出る。
「はーい」
「ほーい」
チルとラリは肌島を見送ると、不気味な笑顔で肩を震わせた。
木の指がそっと生卵を掴み、スチールボウルの上で真っ二つに割った。白身とぷっくりとした黄身がドュルリとボウルの中で踊る。白いコックの衣装を身に纏うチルとラリは、何やら料理を始めたようだ。トックブランシュという正式名を持つコック帽子を被っている。
そのままではキッチンで料理をするには身長が足らない為、リビングの椅子を移動させその上に立つ。二人は真剣に何かを作っているかに思えたが、時折戯れあい、遊び半分のようにも見える。
「ちがうよチル。先にコレだお」
「そうかラリ。ん? なんだコレ?」
「それは違う。違う」
「まぁイイっか」
「まぁイイっきゃ」
「ジャジャーン」とチルが大きく青い瞳を輝かせながら、嬉しそうにハンドミキサーを掲げる。
電源オン。ボウルの中に勢い良く押し込む。
「イヒヒヒヒヒヒ」と楽しそうにチルが笑う。
飛び散る白い粉と卵や牛乳が、床や壁にへばりつく。
「チル汚い。チル汚い」と注意をするラリの顔にもへばりつく。もちろんチルの顔もベッタベタだ。二人は先に汚れたキッチンの清掃を行った。
今度は、ラリが電動式ではない泡立て器を手にボウルの中をかき混ぜ始める。
「イシシシシシシ」
出来たタネを熱したフライパンに投入。丸く形を整える。そう、二人が作っているのはパンケーキだ。
「シシ喜ぶかな?」とチル。
「シシ褒めてくれるかな?」とラリ。
暫くして肌島が帰宅した。甘く香ばしい匂いにすぐに気付く。
「ん? なんかいい匂いね」と呟きながらリビングに上がると、汚れたコック姿のままソファーで寝ているチルとラリの姿が目に入った。そしてテーブルの上には大きな花柄の皿にパンケーキが乗っている。
いびつな楕円形で少し焦げが目立つ表面に、チョコレートで書かれた文字を見た肌島はニコリと笑った。
『シシ ダイスキ』
「ありがと。チル、ラリ」と小さな声で呟いた肌島はキッチンの片付けを始めたのだった。
翌日。
異世界リアルエステートのシャッターを上げる世望に近づく肌島。
「世望さん。おはようございます」
「肌島さん。チル、ラリ。おはようございます」
「おはよう。ヨッチー」とチル。「おしゃよう。モッチー」とラリが言うと、二人は先に店内へ追いかけっこをしながら入っていく。
「世望さん。昨日は何をされていたのですか?」
肌島が世望の肩に体をすり寄せながら尋ねる。表情一つ変えずに世望は口を開いた。
「私はオーナ様方のところへご挨拶巡りをしておりました」
「あら。たまにはお休みになられても。いつでも私のお家に来て下さってもイイんですよ」
はみ出る胸を強調するも、反応の無い世望に対し頬を膨らませる。
「休みじゃないとオーナー様方の所へ行く時間がないのでね。おかげで新しい異世界の仲介を数件任せてくれるとのことです」
「凄いじゃないですかぁ」
「これも、彷徨えるお客様達の為です」
世望は笑顔でそう答えた。営業を開始して数時間が経った頃。本日一人目のお客様が来店。覇気の無い中年男性だ。
「いらっしゃいませ。本日はどのような異世界をお探しでしょうか?」
「異世界?」
山本 勲。その人であった。
如何でしたでしょうか?
異世界を賃貸物件として契約して住むことができる不動産屋=リアルエステート。
ちょっと不気味で不思議な従業員達とこれからも沢山のお客様が出会うことでしょう。
現在執筆中の異世界リアルエステート2は本作の最後に来店した女子高生の話となります。
現世でインフルエンサーになりたかったけど全く人気が出ず死んでしまう事になるのですが…。
PVが全く足らずに案内できる異世界が無い。
そんな時に世望が勧めたのは、近くにいた男子学生との異世界シェア=ルームシェアだった。
ルームシェアによる新たな制約やルールの中、二人はどんな人生を歩み、何を経験し、成長してゆくのか?
リアルエステートの面々も変わりなく登場しますが、次回以降は異世界での話がメインになってきます。
世望達にフォーカスしたストーリーはもう少し先で見る事出来るかも知れません。
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よろしくお願い致します。




