6. とある帰還兵の回想
ああ、母さんは今出かけているんだ。悪いね。夜になったら戻って来るよ。
え? 俺に用だって……どちらさんだったかな。
……おとつい、ジョゼフの酒場で。
そういえば、そうだったかもしれない。
それで、作家さんが俺に何のご用だね。
今も飲んでるのかって? ああそうさ。
ランメル帰りは似たようなものだろ。
戦地でも、ここでも、酒で気を紛らわせなきゃやってられない。
でもあの戦場にいた子供たちは、どうしていたんだろう……。
あそこでは、15歳になるかどうかという子供たちが兵士として戦っていた。
少年兵ってやつさ。
でも俺だって20歳かそこらで、それがどういうことなのか、何も分かっちゃいなかったんだ。
俺が知っている少年兵の中で最後まで持ちこたえたのは、銀髪の坊主だった。
細身で小柄で。15歳だって聞いていたけど、実際はどうだか。
そんな奴が戦場で一年も生き延びたのは、多分あいつが魔術師だったからなんだろう。
ああ。この話をすると、みんな決まってそんな顔をするんだ。
子供の魔術師なんて、そんなはずはないって。
未成年の貴族が従軍することはないし、ましてや魔術師が、俺たちみたいな一般兵と同じ扱いを受けていたはずがないって。
記憶が混乱しているんだと言われたよ。
でも、違うんだ。
信じてくれるなら、話す。
そうでないなら、このまま帰ってくれ。
あんたも、物好きだね。
いいだろう。
否定されるのがどうしようもなく辛くて、もう話さないと決めたけど。
本当は誰かに知っておいてほしかったんだ……。
あの時、俺たちは敵の襲撃を受けていて劣勢だった。
でかい砲弾を何発も撃ち込まれていて、次に攻撃が来たら本当に終わりだと思った。
神様。どうか。
誰かがそう呟くのが聞こえて。
そいつは何もしてくれねえよって、俺が思った次の瞬間に。
敵が派手に吹っ飛んだ。
攻撃魔術による爆発だった。
それが、次から次へと敵陣に撃ち込まれていくのを、俺は馬鹿みたいにぼんやりと眺めていた。
あとで知ったけど、魔術師だって普通はあんな攻撃の仕方はしないらしい。
魔力が持たないんだとさ。
その魔術を使っていたのは、銀髪の痩せた子供だった。
そいつは相手の攻撃に怯むことなく、それからも敵に向かって真っすぐに攻撃を仕掛けていた。
俺は負傷した仲間を背負って退却したが、残った奴の話によるとその日の戦果は圧倒的だったらしい。
そんなことが次の日も、その次の日も、しばらくの間続いていた。
それまでにも、そいつが戦っているところは時々目にしていた。
銀髪は珍しいから遠目にも目立つんだ。
でも、あんな攻撃をしている姿を見たことはない。
何が、あいつを変えたんだろうな。
一度間近で、そいつの顔を見たことがある。
綺麗な顔をしていた。女の子みたいだと思った。
そして琥珀色の目は……ぞっとするほど暗かった。
そんである日、そいつは戦場からぱったりと姿を消した。
命を代償として、魔術師は限界を大幅に超えて魔術を行使できる。
それを知ったのは終戦後だったが、別に驚かなかったよ。
あいつが消費していた魔力量は、どう考えたって異常だった。
魔術に詳しいわけじゃない。でも、それだけは確かだった。
魔術の使い過ぎで死んだとか、魔術師としての極秘任務の最中に命を落としたとか。
色々噂されたが、すぐに話題は別のことへ移った。
そんなもんだろう? 人の興味って。
だから、戦争が終わって五年しか経っていないのに、世間は俺たちのことをもう忘れている……。