4. とある少年兵の事情
ところで、軍隊におけるルネの立場はかなり特殊である。
魔術師とは、豊富な魔力を持ち、魔術の才能に恵まれた人間のみが名乗ることを許されている職種であり、一般兵に比べて軍における地位も高いのが通例だが――。
階級意識の強いフロンディアス王国の軍隊においては、孤児院出身のルネは他の少年兵同様、下っ端の扱いを受けていた。
なお、貴族出の魔術師は軒並み将校として、各々の魔術の特性に応じた任務を振り分けられている。
魔術師の運用は一般兵のそれとは大きく異なるというのは、どの国においても常識であった。
このように戦力を適切に配置できていないという点で、フロンディアス軍の体制には構造的な欠陥があるのだが、それにはルネ自身の特殊性も関係している。
そもそもフロンディアス王国において、魔術師は貴族階級から輩出されるのが基本であった。
魔力や魔術適正は遺伝によるところが大きい。
庶民出の魔術師もいないことはないが、貴族の落胤であったりと、何らかの形で貴族の血を引いていることがほとんどである。
また、そういった数少ない例外も、魔術教育を受けさせるだけの裕福な実家を持つのが常であり、独学で魔術を(多少なりとも)ものにした元孤児の魔術師などという存在は、フロンディアス軍の想定外であった。
かくして貴族でもなくミドルクラスの出でもない、貧民同然の孤児であったルネは、使い潰しの戦力として戦場に放り込まれ、似たような境遇の少年兵たちと共に戦火の中を駆け回ることになったのである。
脱走が発覚すれば、容赦なく殺されるだろう。
だが、死んで元々の少年兵が一人いなくなったところで誰も気に留めないということも、今となっては気が軽かった。
(軍における自分たち少年兵の扱いを、何度恨めしく思ったことだろう……。)
囮に使われるのはまだましだった。
仲間であるはずの兵士たちから、理不尽な暴力を振るわれることに比べれば。
小柄なルネをかばってくれた友人が、大人たちの気まぐれで甚振られているのを黙って見ていることしかできなかった無力さに比べれば。
しかし一方で、少年兵に対する扱いの粗雑さが、ルネを救った部分も確かにあった。
(下手に関心を持たれていたら、女だとバレていただろうから。)
ルネとしても最初は性別詐称をするつもりはなく、どこに仕舞われているともしれない入隊手続き時の記録には、自身の性別も女性として記載されているはずだった。
だが戦場という荒んだ男性社会において、少女であることを知られるのは明白なリスクを伴う。
そのことに気が付かないほど世間知らずのルネではなく、部隊の顔合わせ時にはすでに孤児院育ちの悪童として振舞っていた。
演技半分、地が半分である。
幸運にも、使い潰しの少年兵の個人情報に興味を持つ人間はここにはいなかったし、そもそも15歳の少女が軍人として入隊しているなどと、誰にとっても想像の範囲外だった。
一般兵に女性軍人の規定はなく、未成年の貴族令嬢が魔術師として従軍することもなかったのだから。
それでも、端正な顔立ちのルネをよこしまな欲望の対象として見ていた輩が、いなかったわけではない。
しかし同年代の友人たちの助けや、魔術師としてのルネ自身の実力によって、最悪の事態をどうにか回避し続けて今に至っている。
(こちとら孤児院育ちの魔術師だ。なめてもらっては困る。)
教師も、指南書すらも無く。
身に宿る魔力を、魔力制御装置を使わずにコントロールしてみせた恐るべき魔術の才。
血統主義の魔術師社会が渋々ながらもその存在を認めざるを得なかった異端の少女は、しかし、その出自の低さを理由として軍隊の最下層へと送り込まれた。
順当に成長すれば間違いなく優れた魔術師となるであろう彼女に与えられるべき栄誉は、貴族が賤民に与えるわずかな慈悲の範囲をとうに超えており、彼らの矜持に対する深刻な脅威とまでに思われたがゆえに。
独学ゆえに色々と歪な箇所もあったルネの魔術を矯正することもなく。
魔術師が通常受ける教育を改めて施して成長を促すでもなく。
わずかな訓練期間を与え、それが終わるや否やルネを戦地へと送った人々の意図は、この上なく明らかだった。
――そして何の因果か。
ルネが正規の魔術師教育を受けなかったことが、この戦場からルネが無事に逃げ延びるための、決定的な鍵となるのである。