0. ランメルのネーヴァ
カーレトリア王国には、ネーヴァという言葉がある。
古い言葉で「死を司るもの」を意味する語だ。
天使とも、死神とも呼ばれるような存在を意味する。
そして、王国ではとうに使われなくなった言葉であった。
古典や古くからの戯曲において、時おり姿を見せる言葉ではあるものの
現代の人々が日常生活でこの語を用いることはまずない。
――ランメルのネーヴァ。
数年前のランメル戦線にて、兵士たちが口にしたこの言葉を除いて。
ランメルのネーヴァとは、ランメル戦線に従事したある人物の呼称である。
その人物について、詳しいことは知られていない。
素晴らしい歌声の持ち主であるということ。
そしておそらくは、魔術師であろうということ以外には。
容姿も、年齢も、性別も。所属していた国でさえ。
戦争が終わった今、生きているのかどうかも。
ランメル戦線に参加した者たちが記憶しているのは、ただ一つ。
戦友の命の灯が消え、己までもが飲み込まれてしまいそうな暗い闇夜のなか、
どこからともなく聞こえてきた鎮魂の祈りだ。
あれほど美しい聖歌を耳にすることは、もう二度とないだろうと彼らは口にする。
戦火に消えた魂を天上へと送るための歌。葬送の鎮魂歌。
天使か死神が、無益な争いで命を落としゆく人間たちを憐れんでいるかのようで。
――ランメルのネーヴァ、と。
いつしか、そう呼ばれるようになった。