何事も練習しないと気が済まない幼馴染みが俺で告白の練習をするみたいです。因みに、告白の相手も俺です……。
「まりっぺ! カラオケ行こうよ♪」
クラスの陽キャギャル代表である吉塚氏が、俺の幼馴染みである浜田麻里を誘った。
「えっ!? いきなり!?」
「そ、皆でさ」
麻里は突然の誘いに目を丸くして、パチパチと何回も瞬きをした。
「ゴメン、練習しておくから、今日は皆で行ってきてよ」
「そう? じゃあ……麻生は?」
極めて渋い顔をした吉塚氏は、お情けで俺を誘った。
「国歌しか歌えないけど、いい?」
「お断り」
吉塚氏はシッシッと手を払うと、皆と共に教室を後にした。残された俺と麻里。なんとも物寂しい想いが胸を締め付ける。
「良かったのか? 行かなくて」
「だって……カラオケ練習してないから……」
麻里は本番に弱い体質という訳ではなかったが、とにかく練習しておかないと気が済まないタイプの人だった。
小学生の時には遠足の練習で同じ場所へ行ったり、中学生では二泊三日のスキー合宿で一人だけ練習も併せて四泊六日していたり、高校では練習試合の予行練習をしようとして顧問を困らせたりと、何かにつけて練習をしようとするのだ。
「じゃあ……帰るか」
「あの……麻生君」
麻里が恥ずかしそうに俺を見た。モジモジと手を下の方でこすり合わせ、気恥ずかしいのか落ち着きがない。
ははぁん、トイレだな。
「待ってるから行ってきなよ」
「違うってば……!」
麻里はムキになって、手ををグーにしてグリグリと脇腹をねじってきた。
これは図星かな?
「あの……こんなことお願い出来るの……麻生君しかいなくて……」
「まさか、トイレに行く練習がしたいとか言わないよな?」
「違ってば……!!」
グーパンチでドドスコと脇腹をどつかれる。ちょうど良い力加減が女の子らしくて、グッときた。
「こ、こここ……!!」
まるでニワトリみたいにうなり始める麻里を見て、これは長くなりそうだと、机に腰掛けた。
「ダメ! 練習させて!」
「どこから?」
「お願いする練習をさせて!」
「そっからかーい!」
まあ、こんな事が日常茶飯事だから、別に慣れっこなんだが、麻里相手だからなんともない訳で……むしろこれが無いと麻里じゃないまである。
「何を練習すれば良いんだ? 俺はどうすればいい?」
「えっと、えっと……」
あたふたと手汗をスカートで拭い、ピシッと姿勢を正す麻里。そしてハイビスカスの髪留めに右手をあて、目を閉じてジッと考え始めた。中学の時に練習しないとパニクる麻里を見かねて、俺がデパートで買ってあげたやつだ。
慌てた時はこれに手をあてて落ち着け、と。そう言って誕生日に渡して以来、麻里は毎日欠かさずに着けている。
「……告白、告白の練習をします」
「ほうほう」
「麻生君には告白の練習相手になってもらいたいです」
「ほいでほいで?」
「そのお願いを麻生君にするところです」
「よっしゃ。ばっちこい」
もう言っちゃってるよ、と言いたいが、そこは言わないでおく。これもいつもの事だ。大事なのは練習をすること。それ以外はスルー安定が吉。
「麻生君、麻生君に告白する練習をしたいんだけど、練習相手になってもらえませんか? ……で、どうかな?」
「……うん。良いんじゃないかな?」
麻里が俺の事を好きなのは既に知ってはいたが、ついにこの時が来たかと、ちょっとドキドキしている。
俺が麻里の事を好きなのも、麻里は知ってはいる筈だけれども、まさか麻里の方から来るとは……奥手かと思いきや意外と押すタイプだったとは……。
「じゃあ……行くよ?」
「お、おう……」
二人、深呼吸をして息を合わせる。
「麻生君」
「なに?」
「麻生君に告白する練習がしたいんだけど……練習相手になってもらえない……かな?」
「はい、ヨロコンデー!!」
俺の心中は既に穏やかではなかった。
出陣太鼓が鳴り響き、ブブゼラ、サンバのカーニバル、そしてフラメンコと闘牛が同じ会場に一堂に会し、大パニック状態だ!
「やった♪」
「まて、まだ慌てるな。告白の練習を取り付けただけだぞ」
「そ、そうだね……」
「いや、自分に言い聞かせた」
「えっ?」
「何でもない。次を頼む」
「えっとね……えっとー……」
髪留めに手をあて、目を閉じて悩ましいポーズを取る麻里。その間に俺は本気のガッツポーズを三回くらいした。
「屋上……屋上にします……」
「ほうほう」
「私から告白をします」
「ほいでほいで?」
「そしたら返事を下さい」
「よっしゃ、ばっちこい」
二人、放課後の屋上へと向かう。
夏に向けて青々とする山々が見える屋上は、本来出入り禁止だがドアノブを引っ叩くと開くので、誰でも出入りし放題だ。下から見えない角度か柵の方へ行かなければ問題は無い……はず。
「先に私が来てて、麻生君が後から」
「ほうほう」
「私が『ずっと好きでした、付き合って下さい』って言うね」
「ほいでほいで?」
「そしたらYESかNOで。まずはYESから練習させて」
まずは、って……NOとかありえないんだけど……やらないとダメなんだろうなぁ。
「じゃあ、行くよ」
「うん」
一度扉の前へ戻り、息を整える。本番みたいな緊張が走った。手汗をズボンで拭い気合いを入れた。
──ガチャ
「待った?」
「ううん」
「話って……なに?」
「あの……えっと……ずっと……ずっと麻生君の事が好きでした! こんな私を支えてくれる麻生君の事、好きで好きで仕方なくて……! 私と、私と……付き合ってもらえませんか!?」
「はいヨロコンデェェェェ!!」
「次はNOパターンで」
「あた」
高揚した気持ちが急直下で落ち着かされてしまった。練習しないと気が済まない麻里のこと、NOもやらないと本番に臨めない事は百も承知だが、やるのはなんだか気が引けるなぁ……。
──ガチャ
「待った?」
「ううん」
「話って……なに?」
「あの……えっと……ずっと……ずっと麻生君の事が好きでした! こんな私を支えてくれる麻生君の事、好きで好きで仕方なくて……! 私と、私と……付き合ってもらえませんか!?」
「…………」
「ほら、断って……」
やっぱり言うの?
俺断るつもりさらさら無いんだけどなぁ。
「……ご、ごめん……俺……」
「えっ……」
麻里の目にうっすらと涙のような物が見えた。本当に断られたかのように、悲しい顔をしている。練習とは言え罪悪感が凄まじく、心が痛い。
「やっぱりあの女が好きなの?」
「──え?」
何やら話の方向性が……
「あの女……私の麻生君にちょっかい掛けてきて……麻生君優しいからすぐ騙されて……やっぱりあの時排除しておくべきだったわ……」
「──!?」
なに!?
なんのこと!?
なんなんなんだ!?
一切身に覚えが御座いませんぞ……!?
「麻生君には私だけを見ていてもらわないと……」
「麻里? 落ち着け、これは練習だ……目が怖いから落ち着こう、な?」
「麻生君は私の物……麻生君は私だけの物……!!」
バッと、スカートのポケットに手を入れた麻里を見て、思わず身構えてしまった。くる! このパターンはナイフかスタンガンだ! 昨日のテレビでやってた……!!
「うわぁぁぁぁー!」
「落ち着け麻里!!」
俺に向かって走り出した麻里。ポケットから手を出したが両手と体で隠すように走っているため何を持っているのかはよく見えない。
「麻生君……!!」
「グッ……ま、麻里……ッ!!」
腹を突かれ、たまらず目を見開いて凝視した。
……が、そこには血もナイフもスタンガンも無かった。
「じゃあ、次はもう一回YESで」
「待って! 今の何!? 今の何だったの!?」
「え? 練習だよ? 私が麻生君に告白をして断られた時の……れ、ん、しゅ、う♡」
「お、おぉ……おぅ?」
待て待て。万が一断ったら、俺……The End? おしまいおしまい? 勇者あそうよ死んでしまうとは何事か?
「麻生君、もう一回YESお願い」
ニッコリと笑う麻里の顔が、今までに無いほど可愛く見えたが、どこか悪魔めいた物を感じたのは気のせいにしておこう。
その後、何度かYESの練習をしたところで、俺達は帰ることになった。
「本番はいつなんだ?」
「んーと、ね。卒業式の後」
「後ぉぉぉぉ!?!?!?!?」
まだ半年以上あるぞ!?
それまでお預けなの!?
えっ!? それとも俺から告白しろのサインなの!?
どうしたらいいの!? 誰か教えて!!!!
「あ、麻生君から告白するパターンは……絶対練習しないから」
「ぶふぇっ!!」
思わず飲んでいたお茶を吹いてしまった。
麻里が練習をしない。それはつまり、しないという意味だ。卒業式までお預け確定の瞬間でもある。
「……だから」
「?」
「浮気しないで待っとけや、こら……」
肩を寄せられ、グーパンチで脇腹をグリグリとねじられた。
「ヨ、ヨロコンデー……」
心中穏やかではない闘牛士が、牛に轢かれながら何とか言葉を振り絞った。
「よっ」
翌日、陽キャギャル日本代表吉塚氏が、俺の肩をポンポンと叩いてきた。
「おはよう。昨日のカラオケどうだった?」
「もうサイコー♪」
「それはなにより」
俺も流行りの歌の一つくらい、憶えようかなぁ。
そうだ、麻里と今度カラオケの練習に行くのは良いアイデアだと思いませんかねぇ?
「でも、麻生君が居たらもっと面白かったと思うぜ?」
「えっ?」
「あ、そうだ! 今度一緒にカラオケ行こうぜ? 私が手取り足取り教えてしんぜようぞ? ……二人きりで、な♪」
「ええっ!?」
「なになに?なんの話?」
「おわっ!!」
後ろから麻里が現れ、たまらず変な声が出た。
「おはよう、まりっぺ」
「おはよう。で、二人で何を盛り上がってたの?」
「ん? 昨日のカラオケ、最高だったって話」
「ふーん……」
と、麻里がニコッと笑って俺の傍へ顔を寄せた。
「浮気したら、こう、だからね……?」
グーパンチを横向きに、俺の背中にトン、トン、と二回柔らかく当たった。
「ハハ、い、いやぁ……ハハ」
「ねー?」
心中穏やかではない闘牛士が、なりふり構わずYESルートを指差して避難を訴え始めた。