ここから始まる物語
私こと工藤隆也は現在よく知りもしない土地の公園で人を待っていた。
短期の大学に入学したは良いが友達と遊びながらダラダラと過ごす日々を送り、親や先生からは将来についてぐちぐち言われる日々。
そんな毎日が嫌で良く友達の家に泊まりに行っていた。同じ時間を過ごした仲間が一番落ち着くんだ。
このまま就職もできずにニートになるんだろうなって友達と笑いながら話してた。
しかし、そんな日常が変わる出来事にあった。
それはいつも通り友達の家に泊まりに行った冬の日の事だ。
手が冷たくなって白い息を吐きながら意気揚々といつもの家に向かったのだが、その途中橋を渡っている時にふと何が緑色の物体があることに気づいた。
近づいてみると、うめき声が聞こえてきて人がうずくまって倒れている事がわかった。
「おい、大丈夫か?こんな寒い日に道で転がってたら死んじまうぞ?」
声をかけてみるとこちらに気づいた様で青ざめた顔をこちらに向けた。
「あ、いや、すいません。少し飲みすぎたようで…うっ」
男は慌てて口を手で塞ぎ吐かないようにしていた。
困ったもんだ、ただの飲みすぎみたいだけど声をかけた以上無視するのも嫌だしなぁ
「とりあえずちょっと歩いた所に公園あるし、川に吐くもん吐いて向こうで座って休もうな」
そう言いながら背中を擦ってやると男は見事に川へ吐き散らかした。
肩を貸して公園まで着くと男を座らせて自分が友達の家で飲もうと思っていた水を渡してやった。
男は少しずつ飲みながらこちらを見ていた。
「なんだよ、水以外が良かったか?」
「いやいや、すまないね。ついはじめましての人と一緒の時はジロジロ見てしまうんだ。気を悪くしないでくれ。」
「まあ、別にいいけどさ。」
男は体調が良くなったようで顔色も悪くない。
もう大丈夫だろうと目的地へ行こうとしたのだが、男に呼び止められた。
「ちょっとちょっと、待ってくれよ。」
「なんだよ、俺行くところあるし寒いからもう行きたいんだけど、それともあれか?家まで送ってくださいとか?」
「そうじゃないんだ。ほら、お礼をしないとね、いけないじゃないの、こういう場合」
「いいっていいって、たまたま持ってた物あげただけだし。」
「そう言わずに、ね?」
これは下手に断り続けるとかえって時間がかかりそうだな。お礼なんていいから行かせてくれよ。てかそれが今の状況のお礼だよ。
「ほら!立場的に私がしてもらってばっかりじゃバランス悪いじゃないの?ね?」
「もうわかった、わかったから、お礼って何よ?」
俺がそう言うと男はよほど嬉しかったのか、ニコニコしながら自分の胸ポケットに手を入れて1枚の紙を渡してきた。
「これ、あげる」
そう言われて近づいて見てみると
お困り事、ありませんか?私どもにご相談ください。
ミヤノグループ Tell xxx-aaa-xxxx
と手書きで書かれていた。
なんだこれ?
「いやぁ、不格好ですまないね。名刺もあるんだけどこっちの方が良いからさ。」
「めっちゃ手書きじゃん。これおっさんが書いたの?」
「ああ、僕の手書き。何か困ったことがあったらここに電話してくれ。力になるよ。」
「ふーん」
力になる、と言われても着ている服はシワだらけだし、凄い安物だし、てかズボンに値札シール貼ってあるし、とても何かできるって雰囲気の人じゃないけど
なんにせよ頼ることなんて無いだろう。
「まあ、ありがとうございます。なんかあったら電話するよ。」
「ああ、いつでもかけてくれたまえ。それじゃ私は少し歩くよ。今日は本当にありがとうね。」
「あ、はい、気をつけて。」
男はまだ酔いが残っているのか少しふらふらしつつも夜の中へ消えていった。
変な人に会ったなぁ。とりあえず俺も飲みに行くか。
貰った紙を財布に折って入れ、友達の家へと急いだ。
それから数ヵ月が経ち卒業まで数日となった。
友達やクラスメイトは皆、自分の将来をしっかり考えて行動していた。その事を突きつけられている様な気分だ。
働かない事が美学とか、働きたくないとかそういう考えは別に無いのだが、とりあえず就職という選択もできずこの有り様である。
流石に何かするべきことを見つけて卒業したいと考えた時に、あの冬の日の「お礼」を思い出した。
なんとかグループって名前だし、何か就職の手掛かりくらいにはなるんじゃないか?と電話をかけてみた。
「はい、こちらミヤノグループです。ご用件をどうぞ。」
電話からは若い女性の声が聞こえた。
「あ、すいません、私は工藤隆也と言うものなのですが、実は少し前に困ったことがあればここに電話をすれば力になると言われて電話をしたのですが。」
「工藤様ですね。お話は伺っております。只今社長へお繋ぎしますので少々お待ちくださいませ。」
そう言うと電話からはメロディーが流れ始めた。
は?今社長って言ってなかったか?
俺が考えていると電話から声が聞こえてきた。
「あ、もしもし?僕だけど?何かあったの?」
このしゃべり方、あの時の人にそっくりだ。
「あの、ぼ 私、工藤隆也と言うものなのですが、」
「君ってそんな名前だったんだね。あの時お互い自己紹介せずに別れちゃったもんね。」
男は笑いながら言った。
「僕の名前は宮野鬼道だ。よろしくね。」
「はあ、どうも。じゃないですよ!」
「どうしたの急に?」
「いや、何で僕が名乗ってないのに工藤様ですねって話が通るんですか!?おかしいでしょ!」
「ああ、その事なら簡単だよ。ここに電話するの君くらいだから。」
そう言われて少し体が強ばった。
どういう意味だ?もしかしてこのなんとかグループってのはヤバい会社なのか?やっぱりかける前に詐欺かどうか調べてから電話をかけるべきだったか。
俺が黙って考えていると鬼道さんが話しかけてきた。
「もしかして、ヤバい会社に電話してしまった。って思ってる?」
「あ、えっと。」
俺が正直に言うか迷っていると笑われた。
「ははは、ごめんごめん。勘違いする言い方をしてしまったね。ここの電話番号教えてるのは君だけなんだよ。」
なるほどそういうことか。
しかし、やはりそれはとても変じゃないか?
「まあ、そういう話は別にいいじゃないか。何か困ったことが起きたからここにダメ元で電話したんでしょ?」
見事にこちらの考えを読まれている。
相談するために電話をしたのは事実だ。
何かプライベート情報を言う訳でもないし少しくらいならいいかな。
「実は俺、数日後に大学を卒業するんですけど、就職が決まってなくて、かといってとりあえず決めるって事もできなくてどうしようかと思ってまして。」
「なるほど… ちょっと待ってね。」
そう言うと鬼道さんは何かを探しているのか。ガサガサと音を立てている。
2分ほど待っていると再び声が聞こえてきた。
「もしもし工藤くん?」
「はい。」
「今ちょうど一つ空いている仕事があるんだけど、どうかな?」
「どんな仕事なんですか?」
「簡単に言うと部屋の掃除だね。使っていない家があってそこの掃除をしてもらいたい。」
「それだけですか?」
それじゃあ就職というよりバイトとかでは?
「勿論それだけじゃないけど、どうする?他に仕事が空いたらそれを紹介してもいいけど?」
どうしようか?この場で仕事内容を全部言わないってなると、内容を聞いたら逃げだしてしまう様な仕事なのか?いざ行ってみて逃げれなくなったら嫌だし。
「ちょっと考えさせてください。」
「わかった。もし気が向いたらここにまた電話をしてね。」
本当にしたいことが見つからなかったら行こう。
そう考えながら電話を切った。
それから一か月が経った、大学を卒業をした後の俺の生活は、なかなかに酷いモノであった。
適当にバイトでもすればいいものを、こんな職場だったら嫌だな。とか、仕事でミスしたら嫌だな。なんて考えて、結局家でスマホをいじって終わるだけの毎日。
そんな俺を見て、母親は良く思っていなかったようで、ある日、俺と姉と母が三人で朝食を食べていたら唐突に話が始まった。
「ねえ隆也、なにかいい仕事は見つかったの?」
「いや、まだ」
「お母さんね、別に優秀な仕事についてもらいたい訳でもないし、アルバイトも立派な仕事の一つだと思ってるわ。だから仕事の内容だとか、お給料の多さだとか、そういうの気にしないから、気楽に探していいのよ?」
と言いながら姉の方を見た。
姉の名前は工藤彩香、仕事はアイドルをしている。スラっとした長くて綺麗な黒髪、身長も高く180cmは超えている。細い体に凛とした顔、容姿に問題が無ければ、仕事面でも隙がない。テレビを点ければバラエティー番組にはほぼ映っているし、歌も上手い。少し前に、姉の事務所に密着取材なんて番組もあった。人気っぷりは誰でも理解できるだろう。
そして、その姉を見て言ったってことは、母の本心はわかる。
本当は、歳が3つ離れている姉がこんなにも優秀なのに、弟はこんなぐうたら生活、世間から冷たい目線を送られたくないから、せめてバイトでもいいから働いてくれ。てことだ
親、いや、人間ってそういうもんだよな。言いたいことも理解できる。
「わかったよ。ちょうど行こうか迷ってた所があるから、そこに面接にでも行ってくるよ。」
それを聞いて安心したのだろう。母はうんうんと頷くと、皆が食べ終わった食器を洗いに台所に立った。
ふと姉を見ると、姉もこちらを見ていた。
「なに?」
とこちらが聞くと
「なんでも」
と短く答えた。
なんでもないならジロジロ見るなよ。
朝食も食べたし、リビングに用事ももう無いから自分の部屋に戻ろ。
立ち上がり、部屋を出るまで姉はずっと俺を見ていた。
階段を上がって部屋に戻ると、俺はまず椅子に座ってスマホを取り出した。おっと、さぼってるんじゃないぞ?ちゃんとしっかりした理由がある。
俺は一か月前に話をしたあそこに電話をかけた。
そして、現在に至るわけだ。
鬼道さんの所に電話をかけた後、ちょうど明日その家の清掃に行く予定だったから来なよ。と誘われて集合場所を教えてもらった。スマホで住所を調べて、二つ隣の町だったので余裕をもっていくことにしたが、集合時間を過ぎても、それらしい人は現れなかった。
ずっとベンチに座っていたら、小学生くらいの子供に、暇なら遊ぼうと誘われたのでスケボーを一緒にすることにした。
三十分くらい経って見覚えのある人が歩いてきた。
「ごめんごめん、準備に手間取ってね。」
鬼道さんが謝りながら近づいてきた。その横に女の人がいることに気づいた。
眼鏡をかけている端麗な顔で、肩まである黒い髪。
服は詳しくないけど、白いセータと黒いズボンというしっかりコーデをしている印象を受ける。
「あまり女性をまじまじ見るものじゃないよ。」
ははは、笑いながら鬼道さんに指摘された。
「あ、すいません。その、誰なんだろうと思いまして。」
「紹介しよう。この人は僕の会社の社員である藤」
「藤宮愛です。よろしくお願いします。」
鬼道さんの話を遮って藤宮愛さんが自己紹介をした。
「あのね、藤宮くん。今僕が紹介しようとしてたのわかってたよね?」
「はい」
「なんで割って入ってきちゃったの。」
「自己紹介ですから、自ら名乗り出た方が良いと判断したからです」
「タイミングを考えようよ。」
「善処します」
戸惑ってる鬼道さんに対して、藤宮さんはきっぱりと答えた。
「んまぁ、そういうわけだ。よろしく頼むよ。」
「はい、工藤隆也です。よろしくお願いします。」
「さて自己紹介もしたし、現場へ行こうか!場所は」
「工藤さんこちらです。私の後についてきてください。」
「藤宮くん!?」
驚く鬼道さんの無視して進んでいく藤宮さん。鬼道さんて嫌われてるのかな。
公園から20分くらい歩いて藤宮さんが立ち止まった。
「こちらの家が、本日清掃を行う現場です。」
家の方を見ながら、藤宮さんは言った。
家は二階建てで敷地内に少し中に入ると、広い庭があった。庭の隅に物置と池彫りのような物がある。
草が一面に生えていて、手入れをしていないことがよくわかる。
「では、入りましょうか。」
かちゃと鍵を開けて入っていく藤宮さんと鬼道さん。
家の中(個人的に)見たことない作りになっていた。
まず玄関に入るとすぐ段差になっていて、部屋は広い居間になっていた。
左手には階段があって、奥に扉が確認できる。
「工藤くん、こっちだよ」
階段の方から鬼道さんの声が聞こえたので上がっていった。
二階は一階と違い廊下になっていて、突き当りを右に曲がると目の前に階段があって、右手側に廊下が続いていた。
廊下の方を見ると左右に部屋が二つずつあることがわかった。
右奥の方から鬼道さんが顔を出してこっちこっちと手招きしている。
鬼道さんがいる部屋に行くと、ベットや本棚、机などある程度の家具は置いてあった。
二人で寝れるくらい広い部屋だな。
「すいません、何したらいいですかね。」
結局ここで掃除をする以外何も聞かされていない
「とりあえず、雑巾でこの机とか本棚とかふいてもらえるかな?」
「わかりました。」
「僕は物置から掃除用具を探してくるよ。」
鬼道さんはよいしょと立ち上がり去っていった。
雑巾を濡らさなきゃいけないし、洗面所を探そう。
部屋に入ってすぐ右に扉があったしあそこだろ。
そう思い開けてみると予想通り洗面所だった。その奥に扉があったから開けて見たがトイレだった。
とりあえず鬼道さんに言われたとおりにしておくか。
黙々と作業をしていて、俺はふとあることに気がついた。
そういえば家にいるのが嫌で、なんとなくここに来たけど給料ってどうなるんだ?
ていうかそもそも、俺の今の雇用状態ってなんだ?日雇いバイト?
契約書も書いてないし、もしかして俺ただ働きさせられてる?
自分の考えの無さに絶句しながらも、この会社やばいんじゃねと気づけたのは良かった。
今すぐ確認しよう。
そうと決まれば探しに行くか。物置に行くって言ってたよな。
鬼道さんに会うために、作業を中断して一階に降りていく。
一階の広い居間にちょうど鬼道さんと藤宮さんがテーブルに何か紙を置いて話していた。
「あの、ちょっといいですか。」
俺が話しかけると二人はこちらを見た。
「ああ、どうしたの。」
「いえ、仕事の途中にこういう話って良くないと思うんですけど、そういえば俺、仕事内容をざっくり教えてもらっただけで、給料とかそういう話してなかったなって気づきまして。」
「え!?そうだったかい!?」
「はい。」
どうやら鬼道さんは言ったと思っていたらしい。少し考える素振りをした後に、大きく手を叩いて「あ!確かにそうだ!」と言った。
その時、藤宮さんが凄い顔で鬼道さんを睨んでいたことは、俺の胸にしまっておこう。
「社長が大変しつれいしました。なにぶん報連相などが反吐が出るほど苦手なもので。」
「藤宮くん!?流石にひどくないかい!?」
「代わりに私が説明しますね。本日の仕事はこの家全体の掃除です。一日で全ては無理なので何日かに分けてしていただいて構いません。」
「いいんですか?」
「ご自身がお住みになる家でもありますから、勿論サボらずに毎日掃除をしていただきますが。」
「は?ちょちょっと待ってください。」
「なんでしょう?」
「住むって俺がですか?」
「…御存じなかったと。」
「え、はい」
そう答えると、鬼道さんが「あ、そういえば言ってなかった。」と言った。
藤宮さんから閻魔のようなオーラを感じたのは恐らく気のせいではないだろう。
「はあ、まったく…適当にするのもいい加減にしてください!そんなんだから私以外皆辞めていくんでしょうが!?」
冷静だった藤宮さんが怒りを露わにして鬼道さんにキレた。
正直びびった。
ふう、と溜息を吐き落ち着いて話を始めた。
「すいません、私から深くお詫びを申し上げます。」
「あ、いえ、俺も何も考えずに行動しすぎましたし。」
「本当に申し訳ありません。本日の賃金と交通費を今用意します。ご迷惑をおかけしました。」
そう言って藤宮さんは、持っていたかばんから封筒と財布を取り出した。
「あの!」
「なんでしょうか」
「俺、ちゃんと話を聞いて帰るかどうか決めたいです!ダメですかね?」
このまま帰るのも無責任だと思い恐る恐る聞いてみた。
藤宮さんは少し驚いた表情をして「よろしいのですか?」と聞いてきた。
「はい、自分が何も考えずに来たのも問題があったと思いますし、何も知らないままで終わるのも嫌なので。お願いします!」
「あ、頭を上げてください。」
おろおろと困惑しながら藤宮さんは言った。
「わかりました。では工藤さんの寛容な対応、ありがたく頂戴します。ご説明をしますのでこちらにお掛けになってください。」
「はい!」
そうだ、やっと少し自分で進もうと決めたんだ。自分で聞いて自分で考えなきゃ損ってもんだ。