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9. 逃走を決め込む

 (ごう)はセキズネシーのキャラメル色のもみあげを引っ張って問い詰める。


「追われてたのかよ?」

「いや、心当たりがない」

「いかずちを返せって言ってるけど」

「いかずちが何か私は知らぬ」


 もちろん剛だって知らないが、さすがに想像はつく。

 雷属性で二つとない逸物の杖。いかずち、と呼ばれていてセキズネシーが所持しているものは一つしかあるまい。


「それだろ」


 剛がセキズネシーの右手に握った杖を指差すと、獣人は眉根を寄せてけげんな表情を作る。


「これはロルだ」

「どこで手に入れたんだよ? 買ったの?」

「買ってはおらん。飾られていたものを持ち出した」


 返せ、と言われてるからにはまっとうな入手方法ではなかったはず――という予想を見事に的中させる返事だった。


「持ち主に黙って?」

「持ち主はもとよりいない」


 どう考えても(クロ)である。

 おそらく彼はなんの悪気もなしに他人の物を持ってきて、勝手な名前を付けたのだろう。

 そう考えると、この杖が発しているWi-Fiスポットの名前は『IKaZuChi』という意味だったわけだ。


「持ち主、いたんだよ。だから返せって言われてるんだろ?」


 セキズネシーはますます困った顔になる。


「尤もではあるが――」


 剛の方も困った顔をするはめになった。なにしろ剛にはこの杖が頼りなのだ。これを返してしまったらまた電波難民になる。せっかくもうすぐ、なくしたスマホにたどり着けそうだったのに。

 セキズネシーは剛の頼みを快く聞いてくれたが、ボウガンを持って迫ってきているやつらが話の分かる人間だという保証はない。むしろそんな都合のいい可能性は捨てるべきだろう。


 たてがみの隙間からちらりとのぞいてみると、四角いシルエットはもうすぐそこまで来ていた。今にも声をかけてきそうだ。


「……一旦逃げる?」


 剛はまたも図々しい提案をした。


「俺のスマホ見つけてから返せばいいんじゃない」


 きわめて自分勝手に聞こえる言い分だが、セキズネシーも屈託ない様子でうなずいた。


「私もそれを考えていた。一度引き受けたそなたからの頼みを投げ出すわけにはいかぬ」


 まるでお人よしを利用している悪者のようで、なんとなく気が引ける。

 と言っても剛自身は別に悪いことはしていない。ただ人から頼まれた探し物をしているだけなのだから。


「――セキズネシー、返却要請に応じるか否か?」


 すぐそばから掛けられた声に、セキズネシーは怯えた様子もなく堂々と立ち上がる。剛は再び抱え上げられ、ふさふさした毛にしがみついた。


 こちらに向かってボウガンを向けているのは五人の人間に見えた。トランプの兵隊みたいな四角い布を体の前後に垂らして、そのせいで体全体が四角く見える。

 先頭に立っているのはさっきから声をかけてきた人だろう。てっぺんに房の付いた帽子を被って顔はよく見えないが、女の人のようだ。


「そなたらの言ういかずちとはこれのことか?」


 セキズネシーが杖を持った右手を掲げて見せると、向こうは「そうだ。そのまま渡せ」と迫ってくる。

 肩をすくめたライオン男が剛を見た。


「ではやはり、仕方がないな」


 二度目の絶叫マシン搭乗。剛は覚悟を決めてつばを飲んだ。


***


 二度目だからといって慣れるものではなかった。

 逃げるためだから当然ではあるが、さっきより速いし、動きは激しいし、おまけに距離も長かった。

 ようやく立ち止まって下ろしてもらうや、再び吐き気に襲われている剛はまたも地面に体を投げ出し、ぐええとうめき始める。


「安心しろ、撒いたようだ」


 セキズネシーの口調こそけろりとしていたが、かすかに息が切れているようだった。今回は全速力だったのかもしれない。


「地図はどうだ?」


 聞かれるが、それどころじゃない剛からは生返事しか返らない。

 剛の状況を悟ったらしいセキズネシーも脚を折って地面に座った。


「休むとしよう。そろそろ腹も減った」


 ぐったりと大の字になった剛は「あの袋の中身食べるわけじゃないよな……」と死にそうな声で呟いた。


 まだ森の中だった。風に揺れる木々の間から、晴れた夜空が広がっているのが見える。大小の星がチカチカと瞬く紺色の空を、月明かりが白くにじませているのが幻想的だ。

 不思議なことに、平和を感じる。

 奇妙な話だ。日常からかけ離れた状況だというのに。


 それにしても今は何時なのだろう。夜なのは違いない。せっかちな姉のことだ、きっとやきもきして待っている。これでスマホを見つけられなかったら、剛は理不尽に怒られるに違いない――。


 あれこれ湧き出てくる考えは、疲れ切った剛の脳みそをするりと抜け出ていく。

 全身を襲う倦怠感に身を任せ、剛はいつしか目を閉じていた。


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