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7. やっと名前を聞く

 夕立を浴びた森の中にはさわやかな木々の香りが立ち込めている。

 あれだけの勢いで雨に叩かれたというのに灰色の地面はほとんどぬかるんでいない。むしろ水を吸って密度を増したというようにしっかりと踏みしめることができた。


 隣を歩くライオン男は靴を履いていない。脛から下をブーツのように覆うキャラメル色の太い毛は、きっと生えているものだろう。

 足先は猫のように曲がっていて、手にあるような爪は見あたらない。振り向けば灰色の砂利に丸い足跡が残っていくのが見えて、雪の積もった日に動物の足跡を見つけたときのほっこりした気持ちになる。


「あれ?」


 スマホの画面を見やった(ごう)はあることに気が付いた。

 右上の電池マークが充電状態を表示している。おまけに充電量も100%だ。しばらく充電せずに使っていたのだから、これはおかしい。


 剛は隣のライオン男が持つ杖に目をやる。

 わざわざもう一度確かめさせてもらう気にはならないが、おそらくこの杖のおかげなのだろう。


 思い出してみれば、彼が杖を使ってムカデと戦っていたときプラズマが走っていた。てっきり夕立と一緒に雷が来ていたのかと思ったが、違うかもしれない。


「ロルは雷属性なんだ?」

「雷属性、か?」

「つまり……雷を呼んだり、電気を操ったりできる?」

「ああ、その通りだ」

「でも、スマホとかは持ってないだろ? こういうやつ」


 剛がスマホを振って見せると、彼は興味深げにうなずいた。


「さよう。小さく四角く平たく薄い、像を映し出すものは初めて目にする。――これの名はなんと言う?」

「あー……」


 剛が皮肉気な笑みを浮かべてスマホを見つめた。

 持ち物に名前を付ける妙な習慣など剛にはないが、実のところ、このスマホに限っては命名されていた。姉がこれを剛に与えたとき、二代目だからかとかなんとか言って「ジョージ」と勝手に名付けたのだ。

 当然普段は呼びかけることなどしないわけだが、名前を聞かれたらつい思い出してしまう。


「俺のこれは、ジョージ」

「ジョージ、よろしく頼むぞ」


 スマホに向かって当然のように気さくな挨拶をしたライオン男は、ふと顔を上げて剛を見た。

 互いに持ち物の名前は聞いたのに、本人の名前を聞いてない。


「ちなみに俺は城谷(しろや)(ごう)

「城谷剛、よろしく頼むぞ」


 同じ挨拶をしたライオン男が手を差し伸べてくる。


「私はセキズネシーだ」


 何語だよ、とツッコミを漏らす。


「ごめん、何て? セキズネシーって聞こえたけど」

「そう言った。セキズネシーだ」


 合ってるらしい。文字の並びになじみがなさすぎてピンと来ない。

 まあ、“シロヤゴウ”だって“ジョージ”だって、意味のない文字列といえば違いはないわけだが。


「字で書くとどう?」


 剛は奇妙な獣人の人差し指と再び握手を交わしながら、一応確認してみる。


「私は字を知らぬ」

「じゃ……意味とかあるの? セキズネシーって言葉に」

「ああ、私の名だ」

「いや、それ以外で」

「他の意味があるのだとしたら、それが私の名だと分からないではないか」


 きょとんとするセキズネシーとは、やはり文化がかけ離れているらしい。

 剛は辛抱強く会話を続ける。


「名前って、『こういう子になってほしい』みたいな意味をこめて付けるんじゃないの?」

「名とはそのものを表す唯一無二のものだ。名前自体に意味をこめてしまったら、そのもののありようを完全に表せなくなる。つまり、何を呼んでいるかが分からなくなろう」


 この議論は堂々巡りになると悟り、剛は口をつぐんだ。


 一理ないことはない。

 “剛”という名前だけを見たら、いかにも屈強で意思の強い男が連想される。軟弱で能天気な城谷剛という人間のイメージなどは浮かばないだろう。一方、“セキズネシー”なんて意味不明な言葉からは、このライオン男の姿のほかには何も連想できない。


「『城谷剛』には意味があるのか?」

「ないない。気にすんなって」


 剛がスマホに目を落とすと、目的地は動いていないように思われた。

 ただ、近づいているのかもよくわからない。今の縮尺がどの程度なのか判断できないのだ。


「まいったなあ……」

「まだ着きそうもないか」


 セキズネシーもスマホをのぞきこんできた。


「思ったより遠いみたいだ」

「では走るか」


 さらりと言ったセキズネシーは、杖を持っていない方の手で剛の体を抱え上げる。

 子供が抱っこされるような格好だが、彼の首元のキャラメル色のふさふさに埋まる状態はなかなか心地いい。


「方角は?」


 尋ねられ、剛はスマホをもう一度確認して向かうべき方を指さした。

 あの速さに乗せていってくれるならばんばんざいだ。ほくそ笑む剛をよそに、うなずいたセキズネシーが跳躍する。 

 車に乗ったように背後に過ぎ去っていく景色に見とれる余裕があったのは――最初の一秒だけだった。


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