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6. Wi-Fiスポットを見つける

「まだ発たぬのか?」


 背後から声をかけられてぎょっとする。

 ライオン男がすぐそこに立って(ごう)の様子をうかがっていた。体にまとった白い布の一部を袋状にして腰に下げている。中からは気色の悪い細長いものが飛び出している気がするが、見ないようつとめる。


「ああ……いや、そろそろ行こうかな……」


 尻込みしている剛は歯切れのない口調で呟く。

 ここを離れたらまたオフラインになってしまうし、探しているスマホが動いていたら、今地図をキャプチャしても仕方がない。それにここのWi-Fiもいつまで保つか分からないのだ。


 と、剛がWi-Fiの現在の強度に気付いた。さっきまで消えかかっていたのが、最高の状態になっている。


 さっきと違う状況といえば、ライオン男の存在である。

 ――つまり?


 剛は隣で小首をかしげている獣人を見やった。


「あのさ、ちょっとお願いしてもいい?」

「よかろう」

「一旦ここから離れて、また戻ってきてくれないかな」

「離れるとはいかほどだ?」

「あー……さっき行ったところまで。ここに戻ってくる前に」


 承知した、といやに素直にうなずいてくれた彼は、飛び出すように駆けて行った。手をついて四本足で走っている。


 剛はスマホを確認する。

 彼の姿が遠ざかるほど電波強度は下がり、木々の向こうに姿を消すとスポット自体が見えなくなる。

 しばらくして再び『IKZC』が画面に現れたかと思うと、みるみる強くなる電波強度とともにキャラメル色のたてがみが剛の目の前に降ってきた。


 疑いようがない。

 彼はWi-Fiを発する生き物なのか?

 あるいは――と、剛は彼が右手に持ったままの杖に視線を移す。


「もう一つ頼みたいんだけど」

「いいぞ」

「もう一回さっきのところまで行って、そこに杖置いてから戻ってきてくれない?」


 さすがに彼は怪訝な顔をした。


「私にロルと離れろと言っているのか?」


 ロル、と聞こえる言葉はたぶん杖のことを指しているのだろう。さっきも確かそんなふうに呼んでいた。


「ダメなら、ここに杖置いて、行って戻ってくるんでもいいんだけど」


 さっきから彼が何の疑問も持たずに聞き入れてくれるものだからか、剛はすっかり図々しい口を利いていた。人に軽々しくものを要求する点では、剛も姉のことは言えない。


 彼は右手に握った杖をじっと見つめたかと思うと、結局あっさりとうなずく。


「待っていろ」


 杖を持って彼が再び飛んで行く。電波が消える。

 杖を持たない彼が戻ってくる。電波は戻らない。


「おお……」

「満足したか?」

「悪いんだけど、杖取ってきてくれる?」

「無論、そのつもりだ」


 杖を持たない彼が飛んでいく。電波は消えたまま。

 杖を持って戻ってくる。電波も戻った。


「マジか」

「何が分かった?」


 彼が横からスマホをのぞきこんできた。

 理由も知らされず三往復走らされたというのに、まるで気にしていない。なんていい人なのだと言うべきか、もしくはものすごく抜けていると評すべきか。今までの言動からすると後者な気がする。


 剛は深くうなずき、彼の右手にある金ぴか棒を指さした。


「その杖からWi-Fiが出てる」

「ワイファイ、か?」

「地図が見えるんだ。それがないと見えなくなる」


 なるほど、と彼もうなずいた。


「つまり……そなたが目的地にたどりつくためにはロルが必要ということか」


 うん、と剛はうなずいた。

 肯定はしたものの、仕組みはまるで分かっていない。剛はそんなことに興味がなかった。そもそもWi-Fi自体の仕組みだってまったく知らないし、考えたところで意味もない。

 大事なのはとるべき行動である。とにかく、なんとかなればいい。


 だからさ――と剛がますます図々しい頼みをしようと口を開きかけると、ライオン男の方が先に声を発した。


「心得た。では私が目的地まで送ってやろう」


 またも妙に親切な申し出に、剛も無邪気に頬を緩める。


「マジ? いいの?」

「ああ。放浪の身と言ったろう、今の私には目的がない」


 これもまた不幸中の幸い。

 姉に命じられてスマホを探させられ、獣人やら巨大なムカデの出る奇妙な地域に迷い込んだものの、助けの手が差し伸べられた。

 能天気な剛は、そのすべてをあっさり受け入れていた。

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