5. Wi-Fiスポットを見失う
思いもかけない妙な邂逅だったが、剛はさっさと気分を切り替えていた。
マップの示す方向に向かって再び歩き始める。
だが、しばらく歩いたらすぐにオフラインになってしまった。電波はかろうじて入っているようだが、チカチカと点滅して不安定この上ない。
剛はため息をつき、きびすを返して先ほどの東屋に戻る。せめて経路のスクリーンショットでも撮っておくべきだろう。
ところが狙い通りにはいかなかった。
元のベンチまで戻ったのに、通信できないのだ。
さっきは確かにこの位置で最高の強度だったのが、今はきわめて儚い。儚いどころか、『IKZC』というWi-Fiスポット自体が現れたり消えたりし始めた。
途方に暮れた剛は、テーブルに両腕とあごを乗せてスマホを見つめる。
弱った状況だ。
ひとまずマップで最後に確認した方向に向かってもいいのだが、森の中で目印を失い立ち往生する未来しか浮かんでこない。
戻ろうにも、元来た道にはムカデの死体が転がっている。死骸にもムカデが湧いて出てきた方向にも極力近づきたくない。
考えるのも面倒になっていく。
屋根も椅子もあるこの場所でWi-Fiが復活する希望に託そうか、とホーム画面を無意味にスライドし始める。
「――おや、まだいたのか」
不意に声がかけられた。
剛が顔を向けると、例のライオン男が外に立っていた。太い脚はネコ科らしい造りをしていて、足音があまりしないらしい。
「そっちもまだいたんだ」
剛はもう驚きはしなかった。会話もしたことだし、この獣人の存在は剛の理性の中で処理済みだった。
「ああ、シュガキの体を回収するのを忘れておった」
彼はそう言って未だ横たわっている死骸に歩み寄っていった。あの気持ち悪い巨大ムカデの何をどう使うのか想像もつかないが、必要とする物好きはいるのだろう。
剛はため息をついて再びスマホを見やり――飛び起きた。
Wi-Fiが戻っている。電波のマークが半分ほど点灯していた。
希望に目を輝かせながらマップを再読み込みしてみると、困ったことに気が付く。
目的地の印の位置が変わっている。
さっき雨が降っているときにこのベンチに座って確認したときは、現在地からちょうど左上――北西の方向に位置していたのだが、今はまっすぐ北になっている。
座った場所がずれているんだろうか、と剛が首をひねりながら屋根の下をうろうろ回っているうちに、さらに気が付いた。
目的地が動いている。
どうやら姉のスマホは誰かに拾われたか乗り物に乗っているかで、移動しているらしい。
剛が無言で見守っているうちに、じわじわと動いていたマップ上の赤い印は動きを止めた。それがどこなのかは分からないが、さっきよりも遠ざかったのは確かに思えた。