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49. 飛行船が揺れる

 (ごう)は後ろによろめきながら振り向いた。

 セキズネシーが立ち上がっていて、片手を剛の肩に置いて引き寄せていた。開かれた緑色の目は鋭く前方を見据えている。


 なんだっけ、と剛は思う。いつもと違う視線の色に既視感がある。セキズネシーがこんな目つきをするときは、確か――


「下がっていろ」


 低い声で言いつけられ、剛は大人しく船室の方に向かった。

 と、船室に続く扉から白い貫頭衣を着た人々が駆け出してくるのに出くわす。とっさに道を開けた剛は、彼らが手に大きなボウガンを持っているのに気が付いた。


 セキズネシーも背後の気配を感じたのだろう、わずかに振り向くと大声で呼びかける。


「私が片を付ける」


 その声に先頭に立った大柄な男が足を止め、手を挙げるのを見て他の貫頭衣たちも進行を止める。

 剛は扉を開けていつでも飛び込める格好のまま、貫頭衣たちの後ろからセキズネシーの様子を見守った。


 セキズネシーは甲板の柵の上に足を掛け、体を持ち上げたかと思うやいなや、船の外に広がる暗い空に身を投じた。


 それと入れ替わるようにして、下から大きな影が浮かび上がってきた。

 飛行船の気嚢のように丸くふくらんだそれが勢いよく上昇してくると、ぶわりと空気が揺れて貫頭衣たちがその場に踏ん張る動きを見せる。船室の壁に貼りついていた剛にも強い向かい風が襲い、思わず顔を横に向けた。


「――撃て!」


 合図の声に続き、ボウガンの矢が放たれる音がした。

 剛が顔を正面に戻すと、甲板の上に浮かんだ巨大なクラゲのようなもの――風船のように見えたのは、丸い笠状の頭だったらしい――の頭に矢が刺さる様が見える。

 突き刺されたクラゲの頭は、水らしき透明の液体を噴き出しながらしおしおとしぼみ、ゆっくりと甲板の上に落下する。


 やったのかと剛が身を乗り出したそのとき、船の外からまたもクラゲが勢いよく上昇してきた。

 今度は二体続けて姿を現し、頭の笠が水中を泳ぐように空を掻くたび、強い風が巻き起こった。どうやらクラゲたちは船の下に何匹もいるようだ。


 少なくとも、このクラゲたちをなんとかしないと船が進めないのは確かだろう。

 宙を漂って突風を起こしているだけに思えるが、これが何十体も一斉に風を起こしたら、さすがに危険だ。帆船じゃないとは言え、この飛行船は空の上を浮いている――はずなのだから。いや、もしかしたら丼船と同じように船を支える運び手がいるのかもしれないが。


 剛は再びボウガンを構える貫頭衣たちの後姿を見やり、やっぱり船室に隠れていた方がいいかと考える。


 だがセキズネシーがどこに行ってしまったのかが気がかりだった。

 剛が心配したところで何がどうなるわけでもないが、まさか空中を跳び回って大量のクラゲたちをぽんぽんつぶしているとでもいうのだろうか。


 と、突如船が大きく揺れた。

 剛はとっさに扉の取っ手にしがみつく。貫頭衣たちもよろめき床に膝をついていた。


 何事かと混乱する剛の視界に、突き刺すような閃光が走る。ほとんど同時に耳をつんざく雷鳴がとどろいた。

 剛が顔を歪めた瞬間、船がまた大きく揺れ、剛はたまらず足をもつれさせ横に倒れ込んだ。


「あ――」


 はずみで剛の手から扉の取っ手がすり抜ける。

 支えを失った剛は甲板の床に尻もちをついたかと思うと、そのまま背中の方へ勢いよく床を滑っていく。いつのまにか船が横向きに大きく傾いていることに気付かされた。

 呆然と開かれた剛の目には貫頭衣たちの姿も映っていたが、彼らの様子を気にする余裕はなかった。


 このまま空中に投げ出されるに違いない――と半ば投げやりに自覚した瞬間、背中に衝撃がぶつかった。

 思わず振り向くと、甲板を囲む格子状の柵に追突したのだと気づく。我に返ってみれば、船は確かに傾いているが、立っていられないほどの角度ではない。


 剛は知らず安堵の息をつくと同時に、やはり船室に入っているべきだったと後悔する。


 柵を握って体を起こそうとしたそのとき、またも船がぐらりと揺れた。


 咄嗟に柵に覆いかぶさるようにしがみついた剛は――胸ポケットからスマホがこぼれかけていることに気付いた。揺れたはずみで飛び出したのだろう、端の三分の一ほどをポケットにひっかけた状態で不安定に揺れている。


 まずい、と焦ったのが最後、最悪のタイミングで再度船が揺れる。


 スマホがポケットから滑り出し、柵の隙間から落下した。


「お――おいおいおいおい!」


 慌てた剛は柵から身を乗り出し、むやみに空中へ手を伸ばす。

 足が床から離れ、気付いたときにはもはや手遅れ。


 剛自身も宙に投げ出されていた。


 頭を下に、空を切って落ちていく。


 セキズネシーに抱えられて猛スピードで走ったときとも、丼船で水中に沈んだときとも違う感覚。

 あまりにも現実離れした状況には逆に混乱もせず、剛はきわめて理性的に思考していた。


 ――俺のスマホ。落ちたらきっと壊れてしまう。

 ――待てよ、尻ポケットに入れて置いた姉貴のスマホは無事か? せっかく苦労して取り戻したのに、ここで見失ってしまったら元も子もない。

 ――いやいや、そもそも俺自身が無事で済むわけないぞ。

 ――頭から落ちたらたぶん、死ぬよな。

 ――ってか、死なない方がきついよな。めちゃくちゃ痛いのに意識だけはあるなんて状態より、一思いに死んだ方がマシだ。

 ――いや、でも、下は海なんだっけ。水に頭から落ちるのは別に死なないかもしれない。

 ――そしたら俺よりやっぱりスマホだ。俺のスマホも姉貴のスマホも、水に浸かったら確実にアウトだ。

 ――ちょっと待て、確か丼に乗ってたときは水に避けられてたよな。だとしたら、俺がこのまま落ちたときにも水が割れて、結局海底に頭をぶつけて死ぬのかも。

 ――八方塞がりかよ。


 諦めを抱き始めた剛の視界に、突如大きな影が割り込んできた。

 同時に突風が全身に吹き付け、反射的に目をつむった剛は、正面から誰かにタックルされて息を詰める。


 一瞬の間の後、タックルされたわけではないと悟った。

 剛の顔に触れているのはふさふさと柔らかな毛並みだ。


 まぶたを開いて、自分がセキズネシーに抱きかかえられていることを確認する。

 顔をねじってセキズネシーを見やると、ライオン男は風にたてがみをなびかせながら笑った。


「ジョージは無事だ」


 差し出されたセキズネシーの手には、剛のスマホが握られている。


「ありがとう」


 剛はそう返し、我ながら間抜けだと肩をすくめた。


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