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3. 獣人とおしゃべりする

「感謝する」


 (ごう)の前に立ったライオン男は、握手を求めるように左手を差し出してきた。

 その手の甲は髪と同じ濃い色の金髪で覆われ、指には石器のような分厚く鋭い爪が生えている。おまけに、さっきのムカデの体液だろう、得体のしれないねばねばしたものがたっぷりこびりついていた。


 剛がいかにも触りたくなさそうな表情をしたからか、彼は手を自分の体に巻いた布でぬぐい、再び差し出してくる。

 布は白地に隙間がないほど細かく金色の刺繍が縫いこまれており、いかにも手の込んだ造りをしていた。


「……俺、何もしてないけど」


 おそるおそるその人差し指を――彼の手は剛の二倍は大きさがあった――握りながら、返事をする。


 剛は普通に会話をしていた。

 もともとものを深く考えないたちなのだ。その場その場で事がうまく運べばそれでいい。多少、合点のいかないことが起きても、こだわりなく順応できるのが剛のなけなしの特技だった。

 とりあえず対応さえできれば、すべてを理解する必要なんてない。


「眠っていたのだ。そなたが音を立てたおかげで、やつに気づくことができた」


 彼はこともなげにそう言って、剛の隣に腰を下ろした。ベンチがよく耐えられると思うほどの重量感だ。

 間近で見れば、着ぐるみではこうはいかないだろうことがよくわかる。彼の体は明らかに筋肉の詰まった生身である。


「あー……ここに住んでるの?」


 獣人と会話などしたことのない剛は、とりあえず素性を明らかにしたい感覚でそう尋ねた。もし「江東区から来た」などと返されれば、少なくとも常識の通じる相手なんだと判断もできる。


 だが彼は静かに首を横に振った。


「いや、家はない。放浪の身だ」

「あ、そう……。じゃあ出身は?」

「出身か?」

「どこで生まれたのかなって」

「それは私には分からぬ」


 まるで剛が冗談で質問したかのように、彼は愉快そうに笑いながら答えた。


「そなたは己の"出身"を知っているとでも言うのか?」

「いや、知ってるよ。当庫(とうこ)市ってとこ」

「生まれ落ちた瞬間の記憶を持っているのか」

「んなわけないだろ」

「では、なぜそこがお前の"出身"だと分かるのだ?」


 剛は隣に座った大きなライオン男を見上げる。

 緑色の目はきょとんとして剛を見下ろし、今の質問を皮肉で言っているわけではないと主張していた。


「俺は覚えてないけど、俺が生まれるのを見てた大人たちが覚えてるから」


 マジレスしてみた剛に対し、彼は得心したように何度も深くうなずく。


「合点がいった。私の場合は出生を見ていた者がいなかったのだろう。だから私は出生地を知らぬ」

「親いないの?」

「親か?」

「親」

「親とは?」


 剛は口を閉じて、問答をあきらめる。

 この生き物に剛の常識は通用しないらしい。当たり前といえば当たり前だ。見るからに体のつくりが違えば、服装やしゃべり方からしても剛とは文化が違う。今までの会話で何の情報も得られなかったことが逆にすがすがしい。


 剛は手の中のスマホに目を落とす。Wi-Fiの強度は最高で、マップに目的のスマホの印も現在地の印もちゃんと映っている。

 ただ、建物のランドマークが何もないのは変わっていなかった。ズームアウトやズームインも効かない。バグアプリめ、と剛は不満げに眉をひそめた。そもそもこんな獣人のいる世界でまともな挙動を要求する方が無茶なのかもしれないが。


 とはいえ、ネットがつながっていればメールができるし、いざとなれば助けを求めることはできる。

 剛はそれほど危機感を覚えてはいなかった。

「当庫市」という自治体は架空です。

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