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24. 目的地に到着したはず

 船は静かに進み続けている。巨大な蟲やボウガンを持った追っ手に狙われることもなく、平和そのものだった。

 (ごう)とセキズネシーは丼の底にあぐらを掻いて、時間つぶしの会話をしていた。


「そういや、ムカデの……シュガキの肉もカーティとかに売るんだ?」


 セキズネシーの腰の袋に目が行ったのだろう、剛が思い出したように尋ねる。袋には昨日退治した巨大ムカデの体片がまだ入っているはずだ。


「いや、カーティは肉を食わない。シュガキを扱う小売商に渡すことが多いな。この近くにはヌマキカレンという者がいる」

「それも獣人だったりして」

「獣人か?」

「なんでもない。ってか、店で普通に虫の肉売ってんのか……」


 少なくともセキズネシーは平気で巨大蟲の肉を食べるらしいが、この町では一般的な食糧なのかもしれない。鹿頭のカーティも食べるのだろうか。


 食べ物のことを話しながらあっけらかんとしている剛は、空腹ではなかった。食べたいときに食べたいものを口にする習慣のせいで、自分の食欲を管理できていないとも言える。

 このまま海で漂流することになったとしても、いざ空腹を自覚してからでなければ危機感を覚えないことだろう。


「――あ、いけね」


 ふとスマホの画面に目を落とした剛が急いで立ち上がる。船べりから顔をのぞかせているラッパの端をつかむと、先ほどと同じように船の運転手に声をかけた。


「すみません、止まってくれますか」

『はい』


 例によって従順な返答とともに船がスピードを緩め出す。

 剛はラッパを水に浸したまま、再びスマホを確認する。首を傾げながら振り向いて、こちらに向かってきょとんとしているセキズネシーに説明をする。


「なんか……この辺みたいなんだけどさ」


 なんの説明にもなっていないが、要はアプリが示している目的地の場所がこの周辺であるということだ。確かに現在地の青い矢印マークと目的地の赤い丸印は、触れるくらいの距離にある。


 剛はぐるりと周りを見回すが、水平線が目につくばかりだ。後方には先ほどカーティと別れた町並みがかろうじて見えるが、それ以外に剛たちを囲むものは穏やかな水の鏡以外に何もなかった。


 船底にあぐらを掻いていたセキズネシーが、杖に体を預けるようにおっかなびっくり立ち上がる。すり足で剛の傍まで寄ってくると手元をのぞき込んできた。


「そなたの探し物がこの近くにあるということか?」

「そういうことなんだけど……」


 剛が頭を掻きながら、丼の縁から身を乗り出して水面に視線を走らせる。

 剛の姉のスマホに防水機能は付いていない。だがもしかしたら、この海はスマホが浮くくらい塩分濃度が高く、運良く水に侵入されないまま漂流し続けているのかも――と考えられないことはないだろう。


 ほとんど波を立たせていない水面にはもっぱら空の青と雲の白が映っている。姉のスマホの赤いカバーが浮かんでいればきっと目立つはずだが、やはりそんなものは見当たらなかった。


「んー……」


 うなる剛の隣で、しゃがみこんだセキズネシーが丼の縁に両手をかけて水面をのぞきこむ。


「水底にあるのやもしれんな」

「いやぁ、それはさすがに電源落ちると思うけど……」

「見て来よう」


 え、と剛が振り向くと、セキズネシーが杖を丼の底にそっと横たえていた。


「ロルを頼むぞ」


 軽い口調でそう言い残すと、丼の縁をひょいと飛び越えて水面に身を投じる。とぷん、と思いのほか静かな着水音がして、キャラメル色のたてがみが水の中に消えて行った。

 素早い展開についていけない剛が無言で立ち尽くしていると、ライオン男はすぐに再び姿を現した。


「――そなたの探し物がどのようなものか聞いていなかった。私が見て判別できるものか?」


 濡れて萎れたたてがみの下で、セキズネシーが無邪気に尋ねてくる。

 剛がほっと肩を下ろした。船酔いのせいで勘違いしていたが、セキズネシーはそもそも泳げるのだ。むしろ自分で泳いだ方が調子がいいのかもしれない。


「俺のこれと同じような感じ。たぶん、赤っぽいカバーが付いてる」


 自分のスマホを振って見せる剛に、セキズネシーは「承知した」とうなずき再び沈んで行った。


 果たして姉のスマホが水没しながらも現在地を知らせ続けている可能性はあるのだろうか。

 この海の水がまともな水であれば、電源が入ったままのスマホの回路を侵しショートさせてしまっているはず。今、剛がアプリで確認しているのは「現在」の位置情報であるから、やはり考えにくい。


 あるいは、最後に通信を行った際の位置情報がなんらかの原因で更新されずに残っているのかもしれない。そうだとしたら、今は電源が落ちていても同じ場所にありつづけている可能性はなくはない。

 だがそんな状態のスマホを剛が持ち帰ったところで、結局姉は喜ばないだろうが。


『もしもし』


 突然声をかけられ、剛はぎょっとして顔を上げる。慌てて振り向くが、周りには誰もいない。セキズネシーの姿も見えなかった。

 目をしばたたいた剛は数秒の間の後に、左手で支えたラッパを見やった。端が水に浸かった状態のまま、手にしたもう一方の端に口を近づける。


「はい……?」

『セキズネシーが姿を消しました』


 やはり声の主は船の運び人であった。

 剛はその言葉の意味を吟味するように瞬きを繰り返し、


「……はい?」


 間抜けに聞き返した。


『セキズネシーが姿を消しました。シュガキに連れ去られたようです。追いかけますか?』


 先ほどよりも詳細な報告が返ってきたのはいいものの、内容はまったくもって穏やかではない。

 むしろ危急そのものである。おそらくセキズネシーは水中でシュガキと出くわし、森で遭遇したミミズにされたように飲み込まれてしまったのだろう。


 しかし、追いかけますか、と確認してくるということは、声の主にはその能力があるということだ。

 剛は気の抜けた声で「お願いします」と返した。


 と、丼が大きく揺れた。バランスを崩した剛は倒れないようとっさにしゃがみこむ。何事かと思考を回すこともままならず――丼は剛を乗せたまま、勢いよく海に沈んで行った。


 体が重力に引っ張られ落ちていく感触に、剛には声を上げる暇もなかった。


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