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21. 船に乗る

 カーティはラッパを引き上げて水を切るように軽く振ると、セキズネシーに手渡した。

 セキズネシーも当然のように受け取ってうなずくせいで、蚊帳の外にいる(ごう)は「それなーに?」と間抜けな質問の声を上げることをためらって唇をとがらせていた。


「帰りもここに戻って来てくれればいいから」

「承知した。――では城谷(しろや)(ごう)、行こうぞ」


 セキズネシーが岸から足を延ばして丼に乗り込む。それから剛に場所を開けようと一方の端に身を寄せたが、丼はなおも静かに傾くことなく水面に浮かび続ける。


 続いて剛もおそるおそる丼に足を踏み入れた。

 床面はちゃんと平らになっており、立っても不安定な姿勢になることはない。遊園地のコーヒーカップのような椅子は付いていないが、二人なら足を伸ばして座っても充分な広さだった。

 剛が床の頑丈さを確かめるように足を踏み込んでみても、まったく揺るがない。


「……これって、水に浮いてるわけじゃないの?」


 たまらず剛が疑問を漏らす。

 セキズネシーとカーティはそろって首を傾げた。


「そりゃあね、船だから」


 カーティの不思議そうな声色の返事は、剛の疑問を深まらせるばかりだ。


「俺の知ってる船は浮くものだけど……」


 表情に乏しい青い鹿のつぶらな目が「意味が分からない」とでも言いたげに瞬きするのを見て、剛は言葉尻をすぼめていく。自分の常識の方に自信がなくなってきた。


 セキズネシーの方は認識の相違を察してくれたのか、剛に説明をしてくれる。


「私が思うに、船は水底を歩くものだ。浮いていては風波に煽られ、目的地にたどり着くのが困難になろう」

「歩く?」

「さよう」

「船が歩く?」


 生まれて初めて口にする文章だ。

 剛はおもむろに自分が体重をかけている白い丼を見下ろした。この丼からは足が生えているのだろうか、と想像して気色悪げに顔を歪める。


「ふむ。正しくは、船を担いだ輸送者が水底を歩く、というべきか」

「それって……やっぱ、この下にでっかい人がいるってこと? 海底に足つけて立ってるってこと?」

「およそ違いない」


 下にいる何者かがガッチリと支えているからこの丼は揺れないし傾かない、という理屈である。

 泳ぐ生き物に曳かれてソリのように動くというのならまだ理解が及ぶが、水に浮かない巨大な生き物が海底を歩いているとは、なんとも想像しがたい光景だ。

 その何者かが歩き疲れたら乗組員たちはお陀仏なのだろうか。不安を抱く余地は大いにあるのだが、カーティもセキズネシーもそんな心配はみじんもしていない。この世界ではそれが当たり前なのだろう。


「見たいような、見たくないような……」


 剛は鏡のような水面にちらりと目をやって、水中の様子が見て取れないことにどこか安心した息を吐いた。


「そなたにはなじみのない仕掛けのようだな」


 つい丼の中心に身を寄せる剛に、セキズネシーがおもしろそうな笑顔を浮かべる。


「そう怯えるな。船は船だ、目的地へ移動する以外のことはせん」

「うーん……そうですか」

「目的地はどちらの方角だ?」


 尋ねられ、剛はスマホに目を落とす。ナビアプリ上の赤いマークの位置は、先ほどから変わってはいなかった。


 剛が方角を指し示すと、うなずいたセキズネシーが例のラッパを水中に差し込み、もう一方の端に口を当てた。先ほどのカーティは鼻を突っ込んでいるように見えたが、鼻先のそれほど出っ張っていない雌のセキズネシーは、口を当てていることが見て取れる。何かしゃべっているらしい。


 セキズネシーが顔を離し、ラッパを船べりの金具に固定すると、丼が滑るように動き始めた。


「それって、下の人に指示する道具?」

「さよう。向かうべき方角を伝えておけば、障害物を避けてそちらへ進み続ける」


 座礁の心配はないということだろう。剛の知っている船の操縦よりは簡単なのかもしれない。


「――じゃ、よろしくねぇ!」


 手を振ってよこすカーティに、セキズネシーがのほほんと頷き返す。

 丼船は、自転車を悠々とこぐような緩やかな速度で進んで行く。船と呼ぶにはずいぶん安定したその動きに、剛も能天気な信頼感を覚えつつあるのだった。


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