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2. 雨宿りする

 ほどなくして、(ごう)は開けた場所にたどり着いた。

 山登りの休憩スペースといった感じで、丸太を組んで作られた東屋(あずまや)だ。二十人は入れそうな広さがあって、平たい屋根の下には木のテーブルとベンチがしつらえられている。

 ここが電波の源らしい。


 一安心と息を吐くや、頭に何か冷たい感触がする。

 見上げれば曇天模様の空。頭上を覆った黒い雲の間から、ぽたりぽたりと大粒のしずくが落ちてくる。


 剛は慌てて屋根の下に入った。


 ベンチに腰を下ろすや否や、ザーザー降りの雨に囲まれることになった。間一髪、ここにたどりついていなかったらびしょぬれになっていたろう。不幸中の幸いだ。

 

 剛が息をついてベンチに座りなおしたそのとき。


 真ん中のベンチに誰かがいるということに気づいた。今まで見のがしていたのは、こちらに向けられた後ろ姿がベンチの木の色になじむキャラメル色の髪だったからだろう。

 背中まで覆い隠す長い髪。ということは女の人だろうか。それにしてはシルエットが大きい気がするが、遠近感が分からないだけか――


『ピピピピ! ピピピピ!』


 剛は飛び上がった。慌てて手の中のスマホをお手玉しながら画面をのぞく。

 アラームだ。昨日昼寝の目覚ましに設定したのが残っていたらしい。


 焦った手つきでけたたましい音を止めた剛は、ちらりと同席者の方向をうかがった。


 その人はいつのまにか、剛の目の前にいた。

 テーブルを挟んだすぐそこに立っている大きな体躯。


 剛は言葉を失って相手をただ見上げる。


 相手は普通ではなかった。

 獣人、という言葉がとっさに思い浮かぶ。

 その人の顔は鼻先に向かって出っ張っていて、口の位置にある裂け目は頬の半ばまで続いている。唇も眉もなく、眼窩の奥からは白目の見えない鮮やかなグリーンの瞳が光っている。先ほど後ろから見たキャラメル色の髪は、ライオンのたてがみのようにふさふさと顔の周りを飾って頭の後ろに広がっていた。


 まん丸になっていた剛の目が、徐々に平静を取り戻していく。


 クオリティの高いコスプレだ。

 顔から手まで複雑な模様の毛皮に覆われているのは着ぐるみだと思えば違和感もない。普通の人間よりどこもかしこも一回り以上大きいのはそのせいだろう。

 服装だって、ギリシャ神話に出てくるトガのような布を肩と腰に巻いた姿で、右手には長い金色の杖を握っている。ゲームのキャラクターか何かのコスプレに違いない。


「下がっていろ」


 その人は深みのある声でそう言った。口がしっかり動いた気もするが、きっと何か動かすしかけがあるのだ。


 ライオンめいた顔は、何やら剛の背後に注意を向けているようだった。


 その視線の先を追うようにして剛が振り向くと――その人が雨の中に飛び出していった。文字通り「飛び出した」。つまり、跳躍してテーブルとベンチを飛び越えた。


 ライオン男が向かった先を見て、剛はまた言葉を失う。


 巨大な蟲がいた。

 ムカデといおうかなんといおうか、細長い脚がびっしりと生えた胴体が鎌首をもたげ、この東屋の屋根にも届く位置に持ち上げた顔でこちらを見下ろしている。

 いや、どこを見ているのかわからない。無数にある玉虫色の目玉はそれぞれがぎょろぎょろと動き、その下には粘液を垂らす口、そこから飛び出した鉤爪状の二本の牙が虚空を挟む動きを繰り返している。


 ライオン男が巨大ムカデの前に滑り出る。

 ムカデは叩き潰そうとするように彼めがけて頭を振り下ろした。ずん、と地面が割れる振動が剛にまで伝わってきて、思わずベンチにしがみつく。


 彼はつぶされていなかった。

 地面を揺らす一撃をかわすと同時に手にした杖を振り、薙ぎ払うようにムカデの脚を切り裂いた隙間から宙へ飛び出す。

 そのままムカデの頭に着地すると、一斉に頭上を見つめてくる大量の目の中央に、杖の先端を突き立てる。


 殻でもあるのか、杖は一度はじき返された。

 が、手が振り上げられ、今しがた刺し貫き損ねた目をガツガツと何度も殴りつける。

 その間ずっとムカデは長い体をのたうたせて頭上の存在を振り落とそうとしていたが、彼はぴったりと張り付いたまま目を殴り続けた。


 やがてぐしゃりと顔面の殻がつぶれ、気色の悪い緑色の粘液が傷口から噴き出した。彼が再び杖を振り上げ、今度は傷口に深く突き刺さる。

 そして彼の短い雄たけびに続いて、青いプラズマが走るのが見えた。

 雨粒がバチバチとはじける音。雷が落ちるのでは、という危惧が頭をよぎると同時にひときわけたたましいバチンという音が響き渡る。


 とっさに目をつむった剛がおそるおそるまぶたを開くと、黒く焼け焦げたムカデが地面に伏していた。


 剛はあっけにとられながら、蟲から杖を引き抜いたコスプレ男が、すたすたとこちらに戻ってくるのをただ見守る。

 驚きながらも、彼がただのコスプレ男でないという事実を受け入れ始めていた。


 なにしろ現実に体験してしまったのだから。

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