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19. 獣人(鹿)とおしゃべりする

 カーティは建物の角を曲がって町の内側へ向かおうとする。

 なんの屈託もなく付いて行くセキズネシーにつられて(ごう)も足を進めかけたが、ハッとして止まる。


「町の中って危なくないっけ? ボウガン持った人がいるだろ」


 セキズネシーの背中の布を引っ張って呼ぶと、ライオン男は思い出したように「ああ」と声を上げる。


「そうであったな。――カーティ、すまないが山麓側を通って行かせてくれ」


 振り向いた鹿人間が長い首を傾げる。


「いいけど、どうして? 遠回りになっちゃうよ」

「追われているのだ。そなたや城谷(しろや)(ごう)にも危険がおよぶやもしれぬ」

「きみが? いったいなんで?」


 カーティは意外そうな声を上げるが、つぶらな瞳の鹿の顔から驚く表情はいまいち見て取れない。

 少なくともセキズネシーを悪人だと思ったことはないらしい。例の杖を盗んだことを知るやいなや態度が変わりやしないかと剛は心配になるが、当のセキズネシーはやはりあっけらかんとしている。


「ロルを持ち出したことが知れたらしい。仕方のないことだ」

「そうなの。分かった、それなら見つからないように行こう」


 カーティも特に思うところもないらしく素直にうなずき、山際に向かって進行を変えた。

 一応きょろきょろと貫頭衣が近くに見えないことを確認していた剛は、二人の獣人に続いて歩き出す。


「セキズネシーが追いかけられてるのって、カーティには関係ない話なの?」


 剛が素朴な疑問を口にすると、カーティが振り向いて答えた。


「私は彼が来たときに用事を頼むだけ。わざわざ追いかけまわしてまで用を言いつけることはないよ」

「……いや、そうじゃなくて」

「それに私は定住者だからね。ここで見守るべきものがある。セキズネシーのようにあちこち足を延ばすことはないんだ」

「えっと、そうじゃなくて……」


 ちらりとセキズネシーを見上げると、彼はおもしろそうに目を細めて笑った。鹿よりはライオンの方が表情がつかみやすい。


「カーティはロルを“いかずち”と呼びはせん。私を追う理由もないということだ」


 杖の元の持ち主は貫頭衣集団で、カーティはそこに属さないから関係ない、ということなのだろう。

 つまりセキズネシーは一般的に言う“泥棒”だから追われているわけではなく、貫頭衣集団のものを盗んだから追われている。カーティにはそれを糾弾する理由はない。さっきの剛との問答からして、そういう発想すらないようだ。


 カーティはどちらかというとセキズネシーと同じような思考回路を持っているように見える。

 貫頭衣を着た人物たちは人間と同じ姿に見えたところからすると、人間と獣人で文化が異なるのだろうか。


 そうだとすると、剛は貫頭衣側に属するのだろうか。


「――そういや、メスになった方が目立たずに済むんじゃない?」


 思い出したように剛がぽつりと言う。

 セキズネシーも失念していたらしく、納得したように何度かうなずくや――姿を変えた。現場を見るのが初めての剛はぎょっとして思わず顔を伏せる。


 変化の様子は案外自然なものだった。息を吐いたときに胸がしぼむようにして体全体がしぼみ、わさわさと逆立っていたたてがみは水をかぶったようにしなだれて体の線に沿うように垂れ落ちる。

 数秒も経たずして剛が目線を上げたときには、ライオンマンはピューマレディに完全に変わっていた。彼女は何事もなかったかのように歩き続けながら、深みのある女性の声で言う。


「確かに、彼らには雄体しか見せたことがないが――」


 左手に持った金色の杖を軽く振って苦笑する。


「ロルを手にしていれば、いずれも同じであろうな」

「あー……確かに」


 軽々しい物言いをしたことは気にせず、剛は肩をすくめて前を進む鹿人間に声をかける。


「カーティも変身できるの?」

「変身?」


 カーティは剛を振り向いて首を傾げる。


「それはどういうもの?」

「今のセキズネシーみたいに」


 カーティはセキズネシーの方に顔を向けたが、理解できない様子できょとんとしている。


「カーティはあまり視覚でものをとらえない。私の姿が変化したことは判別できていまいよ」


 セキズネシーの説明に、今度は剛がきょとんとしてカーティの顔をながめる。

 言われてみれば、自然なのかも。鹿の眼の構造がどういうものかは知らないものの、動物の視力が人間とは異なることくらいは認識している。


「細かいところまで見えないんだ?」

「見えるっていうのがどういうことか分からないけど、そうなんだろうね。存在は感じるよ。きみたちが今いる位置は分かるし、周りに木が何本立ってるかも分かる」

「ふうん」


 輪郭くらいしか分からないんだろうと剛は飲み込んだ。

 犬などは視覚が劣る分、嗅覚が優れているともいうし、目の機能が制限されていてもそれほど問題は起きないものなのだろう。


 剛はセキズネシーにいちいち質問しないのと同様、カーティに関してもそこまで好奇心を覚えたわけではなかった。聞いたところで理解できる保証もない。


 カーティの方も剛の存在自体に疑問は持っていないようで、その後の道中はほとんど獣人同士のよく分からない会話が繰り広げられたのだった。


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