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17. 処されることについて談義する

「――あのさあ」


 風を切る音に負けないくらいの大きさで(ごう)が声をかける。


「さすがに死刑は困ると思うし、もしやばくなったら逃げるの優先でいいからね」


 自分の罪悪感を慰めるための念押しである。

 いくら能天気な剛であっても、自分の軽々しい頼みごとのせいで気のいい獣人が殺されたとなれば、そうそう知らんぷりもしていられない。


 当のセキズネシーは、なぜかおもしろそうに声を上げて笑った。


「私の意思を代弁する必要はないぞ。今の私の目的は、そなたの探し物を見つけることだ」

「いや……ありがたいけどさ、本当に」


 不思議なほどに親切な獣人だ。偶然に出会っただけの剛に協力して得など一つもないだろうに、当然のように手を貸してくれる。ひ弱な剛など連れていればむしろ自由な行動が制限されるはずだが、特に気にしていないらしい。


 と、彼が初めに会ったときに「自分には目的がない」と言っていたのを思い出す。だから剛に手を貸そう、と。

 彼がもし貫頭衣集団から追われていることを剛に会う前に自覚していたら、逃亡を目的にして剛の頼みは引き受けなかったのかもしれない。きっと彼にとっての目的はその程度のものなのだ。


「ってか、バレたら死刑にされるのに、なんで杖持ち出しちゃったんだよ?」


 剛の質問に、セキズネシーは小首をかしげる。


「ロルを手にしたときには死刑に処される理由がなかった。だが、死刑に処されると知っていたとしても行動は変わらなかったろう。罪を犯したとは思っておらぬ」

「でも死刑なんだろ?」

「彼らの道理ではな。私は住む世界が異なるゆえ、彼らの道理に従う理由もない」


 つまり、余所者のセキズネシーにとって杖を持ち出したことは悪いことでもなんでもないということだ。

 だからけろりとした顔をしていられる――としても、納得ができるものではないが。なにしろ殺されそうになっているのは事実なのだから、普通は能天気な顔などしていられまい。


「死刑にされても死なないってこと?」


 剛も負けじと能天気な質問をぶつけると、セキズネシーは呆れることなく答えてくれる。


「さて、それもまた私の領分を外れた話だ」

「え、セキズネシーって死なないの?」

「おもしろいことを聞く。そなたはどうだ、死んだことはあるか?」

「ないけど」

「そうか。私もない。ゆえに死なないかどうかを尋ねられても答えを知らぬ」

「まあ……でも死なないにしたって、悪いことしてないのに犯罪者扱いされちゃたまんないだろ」

「たまんない、か?」


 おうむ返しだ。つまり、セキズネシーにとってはたまんなくなどないということなのか。


 確かに、追いかけられて矢で狙われていながら、相手のことを怯えてもいなければ恨んでもいない様子ではある。

 悪いことをしたからと認めているのなら話は通る。しかし悪いことをしたと思っていないのなら、理不尽に攻撃されていることに不満を抱く方が自然だろうに。


「だから……勝手に決められた法律に従う理由はないって話じゃないの?」

「ああ、従う理由はない。だからロルを持ち出した」

「だから追いかけられる理由もないってことだろ」

「追いかけられる理由はないな。だが彼らには私を追いかける理由がある。それは否定できぬ」

「……んー?」


 剛が素直にはてなを返すと、セキズネシーは同じような説明を繰り返した。


「彼らの道理に従えば私は罪人であり、捕らえる理由がある。私はその道理に従わぬゆえ、捕らえられる理由はない」

「だから、向こうの言い分で死刑にされちゃ納得できないだろ?」

「しかし彼らの道理だ。道理に従わぬ私が意義を唱える筋はない。私もまた進んで彼らに捕らえられようとはしておらぬ。否定せずとも彼らの道理と私は共に在ることができるということだ」


 剛は合点がいかないままだが、問答を続ける気もなくして口をつぐむ。


 要は、こっちも勝手にするからそっちも勝手にしろ、という理屈なのだ。

 口で言うのは簡単だが、当事者として考えてみれば納得のいくものではない。命を狙われるとなればなおさらだ。


 剛がアプリのナビに従っていることを指しても、セキズネシーは“道理”という言葉を使っていた。彼は人の行動理由を道理に沿ったものだとみなせば、何もかも納得できるというのだろうか。彼自身は理解の届かない理由だとしても、疑問を呈することも否定することもしない、と。


 剛にとっては不思議な考え方だった。


「ところで、ロルを持ち出したのはなんで?」


 剛が尋ねると、セキズネシーは剛を抱えたのと反対の手に持った金色の杖を前に掲げた。


「……ロルは長らく同じ場所に鎮座していた。私と話し、共に放浪すること経験したいとロルが選んだのだ」

「杖が?」

「さよう」

「ああ……そう」


 剛は話を切り上げた。

 実際のところ、剛もセキズネシーと同じタイプなのかもしれない。人の“道理”がいくら意味不明でも、いちいちツッコミを入れはしない。

 どうせ通じないから労力をかけても無駄、と思うのは、無茶苦茶な姉と生活してきた影響なんだろう。


「そなたはなぜジョージを持ち出した?」


 一度眉をねじまげた剛は、「ジョージ」が自分の持っているスマホに姉が付けた名前だと思い出して何度か頷く。


「いや、俺は持ち出してないよ。姉貴にもらったの」

「追われる理由はないということだな」

「うん」

「元の持ち主がそなたを追う理由もないと」

「まあ、元の持ち主がいいって言うからもらったんだけど」


 しかしこのまま姉のなくしたスマホが見つからなければ、“元の持ち主”に返せと要求されることだろう。といっても、姉が四代目を手に入れるまでの話かもしれないが。


 セキズネシーは剛をちらりと見下ろして笑い、それから足を止めた。


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