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16. 町でも逃走を決め込む

 山から下りた(ごう)とセキズネシーは、建物が多く立ち並ぶ方に向かって、舗装された明るいグレーの道を進んだ。

 昨晩ほど猛スピードの移動ではなかったから剛の三半規管も充分耐えることができ、セキズネシーのふかふかの毛並みから下ろしてもらった後もちゃんと自分で歩いている。


 ここが町なのかなんなのか、剛には判別がつかなかった。

 先ほど山の上から見渡したのと同じく、ビルと呼べるような背の高い建物は見当たらない。白や茶色の明るい色合いを持った建物はどれもこれも同じように四角くのっぺりとした様相で、民家や店というよりただの倉庫街のように思える。


 そして危惧していた通り、獣人が人里に下りてしまったのは問題だったと判明した。

 「獣人が」というより「セキズネシーが」である。


 昨日の夜に矢を放ってきたのと同じ貫頭衣を着た連中に、またも出くわしてしまったのだ。

 路地を曲がったとたん視界の正面に飛び込んできた彼らは、セキズネシーを見るなり仲間内に声を掛け合うと、手にしたボウガンらしい武器を向けて迫ってきた。


「やばくね」

「いかにも」


 うなずいたセキズネシーは剛を抱え上げるとぐっと膝を曲げ、高く跳び上がって真横の建物の屋根の上に静かに着地した。


 二階建ての屋根は平らで、周りの建物もほとんどが同じくらいの高さであることが見てとれる。三階建てだったり屋根が三角だったりする例外もあるものの、やはりどれも同じような外観をしていた。


 路地には貫頭衣姿の追っ手の他にも人通りがある。上下分かれた普通の服装の彼らは、武器をかまえた貫頭衣たちに迷惑そうな視線を向けているようだった。

 セキズネシーはこの世界のすべての人間に追われているわけではないらしい。


 剛を抱えたままのセキズネシーはぐるりと周囲百八十度を見回したかと思うと、ふむ、と考えるようにあごに手をやる。


「屋根伝いに進んでもよいのだが、目立つやもしれぬな。一度山裾へ戻るとしよう。遠回りにはなるが、町の外周を行く方が身を隠しやすい」


 地上から飛んで来る矢を平然と杖で払いのけながら、セキズネシーが提案する。身を縮こまらせた剛は「おっけ。早く逃げよう」と急かした。


 名指しで攻撃されていながら、セキズネシーはずいぶんとのんきな態度だ。巨大な蟲と戦うときはキリリと鋭い顔つきになるくせに、貫頭衣人間に襲われているときはどうも警戒心を抱かないらしい。思えば昨日の夜も同じだった。


 捕まっていろ、と言われた通りに剛はセキズネシーのたてがみにしがみつく。できるだけ体を固定した方が猛スピードに振り回される負担は少ないと学習していた。


 数十秒間のジェットコースターが終わり、剛は地面に降ろされる。

 昨日の夜ほど吐き気は催さず、さすがに慣れてきたのだと一人得意げになっていた。


 見回すと、やって来たときよりも緩やかな山道に面した町はずれのようだった。先ほど海を見下ろした崖から、まともな道を歩いて下りてくればこの辺りにたどりついたのかもしれない。


 剛はスマホを取り出しアプリを開く。

 探しているスマホの位置情報は、先ほど確認したときと同じく海エリアの内部に示されていた。


 今更ながら、姉のなくしたスマホが移動したことは確実だと言えるだろう。最初に位置情報を確認したとき、海などどこにも示されていなかったのだから。


 それはつまり、姉のスマホを拾った何者かがいるということなのか。

 そいつはしめしめとスマホをパクって、船に乗って移動を始めた。外国に行くと日本人のスマホが狙われやすいという話も聞くし、犯人は海外に逃げようとしているのかも。

 この海が日本を囲む海と同じであれば、の話だが。


「――ところで、捕まったらどうなるわけ?」


 スマホを手に持ったまま、剛は周囲を見回しているセキズネシーに尋ねた。


「死刑に処される」

「ん!?」


 剛が思わず上げた疑問の声を単なる聞き返しだとでも思ったのか、セキズネシーは剛の方に向き直ってゆっくりと言い直した。


「死刑に処される」


 剛は呆れたようにうなだれると、額に手を当てる。


「あー……それ、ほんとにやばい状況じゃないの?」

「ふむ。捕まらぬ方が望ましいのは確かだ」

「望ましいってレベルかぁ?」


 考えてみれば、追手が容赦なく武器による攻撃を加えてくるのもそれが理由なのかもしれない。罪人を射殺しても問題ないということなのだ。


 セキズネシーは比較的軽々しく扱っているが、金の杖――ロルには本来それだけの価値があるのだろう。少なくとも貫頭衣の人々にとっては、一獣人の手に渡していいものではない。あるいは、窃盗自体の罪が重く設定されている社会なのかもしれないが。


 心配をあらわにする剛に対して、セキズネシーは朗らかな笑みを作って見せる。


「案ずるな、彼らが刑を加えるのは私だ。そなたを害することはあるまい」

「そういう心配じゃ――ま、それも気になってはいたけど……」


 剛は決まり悪げにうなじをさすった。

 善意で探し物の手伝いをしてくれた相手が重罰を与えられると聞いて、自分だけは助かると喜ぶのも薄情な話だ。セキズネシーが犯した窃盗に剛が一つも絡んでいないのは確かなのだが。


 今さら罪悪感が募ってそわそわし始める剛に対して、セキズネシーは奇妙なまでにさわやかに笑っている。罰される当事者とはとても思えない。


「行くとしよう。目的地に変わりはないか?」

「え? ああ、うん、まだ海ん中」

「よかろう。このまま海岸線へ向かう。少しばかり走るぞ」


 セキズネシーはまた剛を抱え上げると、先ほど屋根から逃げてきたときよりははるかにゆったりしたスピードで駆け始めた。窓を開けて車に乗っているよりも緩やかな速さで、これくらいなら剛でも必死に体勢を整える必要はなさそうだ。


 ひ弱な剛を気遣ってくれているらしい獣人は、盗人とは思えないほどに親切そのものであった。


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