13. また怪物が出る
「下がっていろ」
このセリフも聞き覚えがあった。
剛はおとなしくあとずさり、近くの木の陰に隠れてセキズネシーの動向を見守る。
ズズズ、と何かを引きずるような音がする。遠くで鳴っている気がしたその音は、数秒の間にみるみるうちに近づいてきた。引きずるというより、地面をえぐりながら滑る音。
地鳴りと共にすぐ近くまでやってきたその音の主は、またも巨大な蟲の化け物だった。
脚がなく地面を這う動きは蛇のようだが鱗はなく、ねっとりとした土色の粘膜に横縞模様が刻まれた表皮はミミズを思わせる。こちらに向けられた先端部はくちばしのように尖っており、その上にいくつもの目玉がぎょろぎょろとうごめいている。
この気色の悪い生き物をセキズネシーがどう始末するにせよ、見届けたいとは思わない。
剛はただ木の陰に腰を下ろして、ズズッとかグチャッとかドシャッとかボタボタッとかいう音がやむのをじっと待った。
しばらくして背後に閃光を感じ、ピシャリと雷鳴のような音が短く響く。
終わったのだろうと察して剛は木の陰から顔を出す。案の定、巨大なミミズは黒煙を上げながら地面に倒れている。
が、セキズネシーの姿が見当たらない。
「……おーい?」
剛が呼んでみても返事はない。
「だいじょぶか?」
剛はおそるおそる木の陰から出て、動かなくなったミミズの死骸に歩み寄る。見回してみるがやはり、キャラメル色が視界に入ってこない。
「……セキズネシー?」
まさか置いて行かれてしまったのだろうか、と嫌な考えが浮かんだその瞬間。
剛の目の前にあるミミズの頭がぼこりと盛り上がったかと思うと、中から金色の尖ったモノが突き出してきた。
杖の先端がうがった穴をこじ開けてミミズの体内から現れたのは、見覚えのあるライオン男の姿だった。ミミズの傷口からは緑の混じった灰色の体液がどろどろと噴き出し、当然ながらセキズネシーの毛並みも同じ色に塗れている。
「……大丈夫?」
いかにも近づきたくないという表情を抑えきれないまま、剛は言葉だけを投げかける。
セキズネシーは腰布をひっぱって顔をぬぐい、「ああ」と軽い口調で返してきた。少なくとも傷を負った様子はない。
そうしてミミズの体内から抜け出し地面に降り立ちながら、洗濯物を干すときのようにパンと布を振ると、布にべったりとこびりついていたはずのミミズの体液がするりと流れ落ちる。布はあっというまに元の白い色を取り戻した。やっぱり普通の布ではないらしい。
キレイになった布で自分の体を拭いていくセキズネシーに、剛はおそるおそる歩み寄る。
「食われたのかよ」
「ああ。これの外皮は伸縮性が高い上に電撃を絶つ。早々に仕留めるには内側から攻めるのがよいのだ」
だからと言って、あの気色悪い生き物の体内に飲み込まれる気になどなるものか。
どうもこの獣人はあらゆる物事に頓着しないようだった。
剛はドン引きしていたが、セキズネシーの方はけろりと話を変える。
「――さて、待たせたな。地図の様子はどうだ?」
聞かれた剛は、ああ、と胸ポケットからスマホを取り出した。
目的地の丸印は、今いる場所からちょうど西の方向に示されていた。幸いなことに動いてはいないが、距離感が目視で分からない状況は変わっていない。
「あっち」
指を差すと、セキズネシーはうなずいて歩きだす。
「あれ、回収しなくていいの?」
剛も後に続きながら一応尋ねてみる。
最初に会ったときに倒した蟲は死骸の一部を切り取って袋に入れて持ち歩いているわけだが、今回はそうしていない。
セキズネシーは首を横に振る。
「あれは捨て置いてよい。いずれ再生する」
「死んでないってこと?」
「さよう」
「じゃ、わざわざ倒さなくても良かったんじゃないの」
「やつはこちらを獲物と見て襲ってきたのだ。みすみす食われるわけにいくまい」
そういうものらしい。セキズネシーの行動はいちいち確固としている。判断基準はいまいち理解できないものだが、彼にとっては考えるまでもない当然のことなんだろう。
剛がなくしたスマホを探していることだって、似たようなものなんだろうが。