12. 布の下を確認する
森の中をてくてくと歩きながら、剛は斜め前にある獣人の後ろ姿をチラチラと気にしていた。
昨日ずっと見ていたライオン男の姿にはもう慣れていたが、今のピューマレディの姿がどうにも落ち着かない。
はっきり言って、セクシーなせいだ。長い髪と、肩や腕、脚に部分的に生えた毛は濃いキャラメル色だが、それ以外は薄いクリーム色をしているせいで、布の下が裸であるように錯覚してしまう。
「どっちが本当の姿とかあんの?」
気まずく感じる沈黙を破って剛が尋ねると、セキズネシーはきょとんとした顔でこちらを振り向く。
「どっちが、か?」
「だから、雄の体と雌の体」
「ああ、雄の体と雌の体があるぞ」
「だから、どっちが本当の自分とか」
「本当の自分か?」
この会話の噛み合わなさも、相手が女だと思うと微笑ましく感じてくるから妙なものだ。
「つまり、自分が男とか女とかの自覚はないってこと?」
「男の体を使っているときはそう自覚する。逆もまた然りだ。いずれかが本当であり、いずれかが偽りであるということはない」
剛の質問の意図が伝わっているか微妙なところだが、少なくともセキズネシーには自分の性別という概念がないということだろう。カタツムリのようなものだろうか。
「状況に合わせて柔軟に対応できる。一つの姿しかなければそうはいかん」
「ふーん……少子化問題は起きなさそう」
「少子化問題、か?」
「相手が男でも女でも対応できる――」
今のはセクハラ発言に当たるのではないか。こういったことを姉にからかわれてばかりいる剛は、様子をうかがうように口をつぐんだ。
が、当のピューマレディはまったく理解できないという顔をしている。
「相手の姿と、私自身がどのような姿を取るのかとはどう関わる?」
どうやら本当に噛み合っていない。
剛は思わずセキズネシーを指差した。
「だってほら、体が違うだろ? 相手に合わせるんじゃないの」
「体か?」
「だから、その布の下に――」
今のはいくらなんでも純然なるセクハラ発言だ。
剛は恥ずかしさに額を押さえた。いくら相手がすっとぼけた獣人だからって、女と見たらやましい方向に考えをそらしてしまうとは我ながら気持ち悪い。二度と言うものか。
一人後悔をあらわにする剛をよそに、レディ・セキズネシーは自分の体にまとった白い布に手をやった。
「布の下か?」
「脱がなくていいから!」
「それを気にしていたのか? 警戒せずとも武器など隠しておらん」
「いいから見せるなって」
「なぜだ」
「俺は男で、今のあんたは女だから!」
「だが確認したいのではないのか? 先ほどからそなたが上の空なのはそのせいだろう」
鈍いようにふるまう獣人だが、剛が上の空であることはちゃんと察していたらしい。
確認したくないと言えばもちろん嘘になる。が、いけしゃあしゃあと「確認させて」などと口にすることはさすがに恥ずかしかった。
剛がセキズネシーの姿を目に入れないように深々とうつむいていると、トンと頭のてっぺんをつつかれた。
反射的に顔を上げると――ライオン男の姿が視界に映る。
「こちらの姿でいた方がよさそうだな」
呆れたように苦笑したジェントルマン・セキズネシーが、剛の背中を励ますように叩いた。
「姿を替える者を見慣れておらぬなら、戸惑うのも無理はない」
ほっとしたような残念なような複雑な色を顔に浮かべながら、剛は遅くなっていた歩調を元に戻した。
「まあ……そういう問題じゃないけどな」
「それより、布の下を確認するか?」
けろりとそう言ったセキズネシーが、体に巻いた白い布をあっさりほどく。
現金な剛はあらわになった股間をガン見したが、本人の言ったとおり、そこには何の武器もなかった。ただ雌体のときよりも少し濃いクリーム色の毛がふさふさと流れているだけ。しっぽらしいものも見当たらなかった。
といっても、剛もライオンの生殖器がどういう付き方をしてるか知っているわけではない。そもそもこのライオン顔の獣人がライオンと同じ体の仕組みなのかも分からないわけだが。
「気が済んだか?」
「ありがとう」
「ではそなたの布の下を確認しよう」
剛はぱちくりと瞬きを繰り返しながら、隣を歩くセキズネシーを見上げる。
元通り布を巻きなおしたライオン男は、笑うように目を細めて剛を見返した。
「冗談だ。体毛のない生き物が衣服をまとう必要性は理解している」
「ああそう」
からかわれてしまった。どうせなら、ピューマレディにからかわれた方がよかったかもしれない。
「あんたは体毛があるのに、なんで布巻いてるんだよ?」
皮肉を言ってやったつもりの剛に、セキズネシーは大まじめに返事をよこす。
「携行するために体に巻き付けているだけだ。布は袋や縄としても使える」
「でもそれ、いい布じゃん。刺繍付きだし」
剛なら気色悪いムカデの体液で汚すのは忍びないと思うだろう。
だが、よく見てみればセキズネシーがムカデの死骸の一部を入れている袋状にした部分の布には、染みらしきものは見当たらなかった。
そういえばさっきも地面に寝ていたはずだが、土の汚れもない。つまり、普通の布ではないということなんだろうか。
「あつらえた者が装飾を施してくれたのだ。私も気に入っている」
そう言ったセキズネシーが、ぴたりと足を止めた。
剛もつられて足を止め、彼の顔を見上げる。ライオン男は最初に出会ったときのような警戒した目つきで前方をじっと見据えていた。
つまり、最初に出会ったときと同じ状況であるということだ。