10. 変身を目撃する
小鳥の鳴き声に包まれて、剛は目を覚ました。
体を起こし、ふりそそぐ日の光の中で伸びをする。
状況はちゃんと覚えていた。
スマホをなくした姉に強引に頼まれ、自分のスマホのナビアプリを頼りに歩いていたらなぜか森の中に迷い込んで、人外の生き物がWi-Fiを出す盗品の杖を持っていて、そいつと一緒に逃亡したせいで疲れて寝込んでしまった。
訳のわからないシチュエーションだが、今更疑問を呈するつもりもない。
剛は胸ポケットからスマホを取り出してナビを開く。
地図上にはあいかわらずランドマーク名が表示されていない。だが目的地を示す赤い丸と現在地を示す青い三角、そして経路の赤い線はきちんと示されていた。
最後に確認した位置関係よりもかなり近づいている。逃亡のため長距離を超高速で走ったようだから、その分距離を縮められたのだろう。
ナビと電波は問題ないらしい、と胸を撫でおろした剛は、顔を上げて奇妙な連れの姿を探す。
キャラメル色の長い髪でおおわれた背中が、少し離れた地面に横たわっているのが見えた。その寝姿と剛の間には、彼が焚いたのだろう焚火がくすぶっている。
剛が立ち上がり、焚火を迂回して彼に近づこうとしたとき、彼が寝返りを打った。
「うお!?」
ぎょっとして叫ぶ。
というのも彼が――彼女だったからだ。
裸の女性が、キャラメル色の長い髪を体にまとわりつかせて寝息を立てていた。
剛の大声を聞きつけたのだろう、彼女がおもむろに体を起こす。
長い髪が滑り落ちて肌があらわになろうとするのを目にして、剛は慌てて彼女に背を向けた。
これまでにないくらい戸惑う剛に向かって、背後から声がかけられた。
「城谷剛、どうしたのだ」
女性の声だ。劇団員みたいによく通る声だが、女性の声には違いない。
だがその言葉の内容からは剛も察せざるをえなかった。
彼女がセキズネシーだ。
「セキズネシーだよな?」
剛が一応確認してみると、「ああ」と肯定が返ってくる。
「どうした、何が気になるのだ?」
声が近づいてきて、背後に立つ気配。剛が何かを眺めていると思っているらしい。実際は、見ないようにしてるだけなのだが。
剛はごくりと唾をのみこみ、視線をそらしたままおずおずと尋ねてみる。
「あの……見た目変わってるよな?」
「なんの見た目だ?」
「あんたの」
「ああ」
セキズネシーは得心したような声を上げる。
「お前には雄体しか見せていなかったか。この姿が雌体だ」
「幽体? 死体?」
キャラメル色の髪が視界に入ってくるのを避けるように、剛は反対側に顔をそむける。
剛は女性に対して特別不慣れというわけではないが、さすがに知り合いの女性が裸で目の前にいるとなったら戸惑うのも無理はあるまい。特別女好きというわけでもないのだから。
「お前は姿を替えんのだな」
剛の正面に立ったらしいレディ・セキズネシーの声が、申し訳なさそうに言ってくる。
思考を巡らせていた剛は、雄の体で雄体、雌の体で雌体か、と把握した。
ともあれ、彼――彼女が剛にその姿を見られることをなんとも思っていないのは確かなようだった。