優秀なアンドロイドが身の回りのことを何から何までやってくれるので、暇つぶしに私は、今日も文学少女と洒落込みます。
私には、ずっと側にいてくれる、女性型アンドロイドがいます。
親しみをこめて、私は彼女をアンと呼んでいます。
私の身の回りの世話を、アンは何から何まですべてやってくれるので、日がな一日、私は優雅に紅茶を楽しむことができます。
アンがいれば、ひとりぼっちでも全然平気です。
とてもとても優秀なアンは、ヤンチャで泣き虫だった、同じ年のあの子の代わりも、優しかった母様の代わりだって、見事にこなしてくれるからです。
ただ、困ったことに、厳しかった父様の代わりまでこなして、たまに、くどくどとお説教までしてくれます。
古き良き昔の動画ばかり見ていては、想像力の乏しい馬鹿な子になると、私に本を勧めました。
アンは言います。『本を読めば、人生を擬似体験できる。人の一生は一度きりだけど、百冊の本を読めば、それは百回の人生を歩んだに等しい』と。
アンのインストールした何百万冊の本の中から、私の好みと成長に合わせて、最適な本を厳選して、勧めてくれます。おかけで私は、私に合わず読み進めるのが退屈な本や、私にはまだ難解で苦痛な本といった、私を選んでくれない本と出会わなくて済むのです。
本を読むのは楽しいです。アンの言った通り、私はたくさんの人生を楽しみます。あるときは、海賊になり、大海原を目指して船を進め、またあるときは、医師になり、奇病難病に真っ向から立ち向かいます。
それでも、ふと思うのです。
「ねえ、アン。私はいったい何冊の本を読んだかしら」
「今の本が1,524冊目です」
「ねえ、アン。それでは私は、いったい何人の主人公の人生を歩んだのかしら」
「メインの主人公は一冊につき一人ないし二人までとし、シリーズものは重複して数えないものとすると、328人の主人公の物語をお読みになっています」
「ねえ、アン。そのうち、私は何度恋をしたかしら」
「328人の主人公のうち、一部でも恋愛の描写があったのは、317人です。人類は恋愛がお好きですね」
「ねえ、アン。私の本当の人生は、私がこのシェルターを出て、本物の空を眺めるのはいつのことかしら」
「放射能汚染が除去され、人体に影響がないレベルまで地上が浄化されるのに、残念ながらあと42年と2ヶ月です」
ここは箱庭、アンと私だけの、地下の楽園。
『百冊の本を読めば、それは百回の人生を歩んだに等しい』だなんて、アンはなんて嘘つきで、なんて優しいロボットでしょうか。
私はそんなアンが大好きです。