【1】プロローグ編 第1話 ダンジョンを知る者。
楽しんでいただけたなら幸いです!
暗くじめった空気。
濡れた内壁。
天井を巻き込んだアーチ型。
今俺は、地下鉄のトンネル内部を歩いている。
足裏に感じるのは線路…だったもの。
その線路は過剰に、歪に、非現実に絡み合って重なり合っていて…勿論電車などは『もう』走れない。
噂以上の変異具合だ。歩きにくいったらない。だがしょうがない。ここは誰が呼んだか『地下鉄迷宮』。
───そう。
ここはダンジョンなのだ。
一つの強ダンジョンが『線路』を媒介とし世界各地に点在する駅ダンジョンに干渉。自然法則を無視し空間を繋ぎ合わせた。そして連結。侵食。…統合。さらに増殖。
そうして出来上がったのが、この通称『地下鉄迷宮』だ。なんとも…デタラメの極み。
(…まあダンジョンなんてどれもデタラメなんだが。)
【マスターそれは心外です。というかマスター。それってブーメランというやつです】「…むぅ。」
今俺がいる場所は、その最深層。おそらくは前人未踏。つまりは魔境中の秘境。
(このダンジョンに足を踏み入れてどれくらい経ったんだろう…)
【…一ヶ月…では利きませんね…不眠不休で。今まで討伐したダンジョンの規模とは桁が違います】
(はぁ…でももうすぐだ。多分。)
【最後まで気を抜かず頑張りましょう】
駅ダンジョンの集合体なだけあって、かつての駅名を表示した看板、それらがところどころで壁に埋もれつ、顔を出していた。日本語の駅名だけじゃない、世界各地の…だ。
なんだか世界を旅してるような気さえしてくる。つまり集中力を継続するのもそろそろ難しくなってきた。だがここは油断して良い場所じゃない。
ぱっと見、このトンネルはキレイなアーチを描いてはいるが、ダンジョン壁である以上、『吸収』と『統合』の名残りをしっかりと残している。アルミ色の電車や線路や看板や鉄柱や……他にも『命だったモノ達』…混ざりあったそれらの無念が訴えかけてきているように浮かぶ模様達。…こうなるのは嫌だからな。
「お…この看板…。あー…どうやらここらはアメリカだったみたいだな…」
【どうせなら無くなる前に来たかったですね。アメリカ…】
…それは同感だ。劣化して文字が掠れてはいたが、見えた駅看板は英語表記。それに…景色がだんだんと変わってきた。
先程までのダンジョン壁とはかなり特徴が違ってきている。今やその壁の表面にゴチャゴチャと密集して埋め尽くすのは、落書きまで含めたアメリカっぽい近代的な壁画達。
「なあもしかして…これ…わざわざ張り合わせたのか?壁ごと」
【おそらくは…】
それら各々の『壁画』はキャンパスとなった壁の質感がバラバラだった。だが、張り合わせたのにデコボコもなくトンネルのアーチ型は滑らかなままだ。形を崩していない。これは人によるものではない。ダンジョンの業だこれは。つまりどうやらここは、この『地下鉄迷宮』の元凶となった場所…
「…で、間違いなさそうだな。」
【はい。私もそう思います。】
「ここが元凶だと言うなら…』
【ええ、ボス部屋は近いです。】
おそらくは、これら壁画の数々はこの『地下鉄迷宮』に巣食う『ボス』の仕業。だが通常の魔物らしくない行動だ。コレクションのつもりなのだろうか…?とんだマニアックぶりだな。
【わざわざ『ダンジョンエネルギー』を消費してまで…悪趣味ですね…】
「そういう性なんだろうなきっと。……でもこれで大体絞れてきたな…ここのボスの種属は多分…」
【『悪魔属』…ですかね。】
「ああ…多分な。」
【はぁ…厄介です…】
変な話だがアイツら悪魔属の魔物は芸術が好きだ。作品の向こう側に見え隠れする『剥き出しの情念』にたまらない魅力を感じるらしい。
まあボスには悪いが。俺達はこのカオスなアート回廊を鑑賞する事をせず、ただひたすらと進んでいくのみ。
【また、雰囲気が変わりましたね…それも悪魔らしく…】
「…ああ。」
奥に進むに従い、光景はさらなる変化を見せていった。モダンアートな雰囲気はもはやない。そこはいかにもな悪魔趣味。いつの間にかの赤や黒。埋め尽くすのは、おそらく血で書き殴られたであろう文字群。狂信者達の怨念にまみれた罰当たり必至な文言……周囲はそれで埋め尽くされていた。
時おり吹く風…それに揺らされるはムーディに配置された鬼火。天を恨む血の文言達はそれらに照らされ揺れて見え……いや、どうやら灯りの加減で揺れている訳では…ないな。これは。
この文字達は生きている。書いた本人達がどうなったのか…これを見ればお察しというやつだった。
そんな彼らの苦悶を訴えるかのように文字を構成する線が、実際に蠢いている。実に気持ちが悪いギミックだ。それに、
【…マスター、来ます!相当数の敵!】
「ふん…出てきた魔物も『生命力依存』のヤツばっかだな」
急にわんさとやってきやがったコイツらも『悪魔属』。やっぱりだ。ボス部屋は近い。
『悪魔属』の魔物の特徴として最たるものは、肉体を持つくせにそれに依存し切っていない所だ。つまり悪魔属には弱点らしいものがない。というか…肉体的な急所というものがない。
例えば首をはねられようが心の臓を潰されようが『生命力さえ残っていれば』そのまま生きて元気一杯、襲い来る。高位の『不死属』と似ているが違う。アレは弱点さえ突ければ脆い。
『HPの残量で生死が決まるゲームキャラのような存在』…というのが一番分かりやすいだろうか。とにかくそんな巫山戯た仕様なのが『悪魔賊』と呼ばれる魔物達──【あの…マスターそれ。またブーメランです。】
「…ぬはっ…もう!うるせえぞ『メイ』うるせえ!」
…でも確かに。『今の俺』じゃ言えた立場じゃなかったか…とにかくだ。各自が所有する生命力を削り尽くすまでは、コイツら『悪魔属』は死なない。そんなのが束になってかかってくるのだから実に厄介だ。対応するにはただの『力』や『技』や『手数』だけでは全く足りない。
【マスターそろそろ…】
「ああ、分かってる。」
『練りに練られた特殊ダメージ』これを与えなくては一撃では倒れてくれないのが悪魔属。だから…
「『ヴァルキ』もういい。『戻れ』。」
俺は、俺のためここまで健気に露払いをしてくれていた『眷族』に制止の声を掛けた。
「えー…まだイケるべさ。マスターは『ヌシ』を倒す事に集中しだほうが良いべ?だがらここはワダシが…」
見た目とのギャップがあまりにもな暖かい訛り。それが逆に妙な艶っぽさをその美声に与えている。聞いているとついついほだされてしまいそうになるが…
「『送還』。」
ここは問答無用だ。確かに俺の眷族はみんな強い…だがそんな『戦力』としてだけでは…もう、こいつら眷族達の事を量れない俺がいるのだ。万が一があってはならない。
「マス……」
ぐっ。その『神獣の化身』みたいな美貌で、そんな悲しい瞳で、俺を見ないでくれ。揺らぐから。
( 戦るけど。)
「…来い。『闇刈る闇』、『闇討つ闇』」
俺は武具を顕現、換装する。
………………ハアハア。
超ドキドキしてます。ハアハア(*´Д`)