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第三章「お天気雨」……五条祭  1

第三章「お天気雨」……五条祭


    1


 ムカツク

 ムカツク、ムカツク……

 それが最近のボクを包んでいる、気持ちの全て。

 お父さんもお母さんも、あのヤブ医者も……ボクの「それ」を否定した奴らはみんな、みぃんな憎悪の対象にしてやる。ボクが将来、権力者になったら、覚えてろよ……今はせいぜいこのちぃさなメモ帳に名前と罪状を書くにとどめて置いてやる。

 話を戻すけど、「それ」はボクの希望だった。願いだったんだ。たったひとつの宝だったんだ。

 でも誰も「それ」を受け入れてくれなかった。

 だからお星様にも願いは届かなくって……って随分メルヘンだけど「それ」はそれにお願いでもしてみたくなることなんだ。

 でも結局「それ」は本当になってしまった。ボクの望みは綺麗さっぱり無視された。残ったのは事実っていう冷たい言葉だけだった。

 だからって、その事実を受け入れられないほど、ボクは子どもじゃない。「それ」を夢に見るまでもなく、その事実は受け入れなければならないほど、簡単なものだった。

 真夏に触っても真冬に触っても、氷はやっぱり冷たいだろ? それと同じことだ。

 だからボクは、次の望みに向けて、クソ暑い夏休みも返上して、こうして大きなバッグを抱えて街中をうろうろしているんだ。


「ああもう、暑い! 水分補給しなきゃぶっ倒れるっての!」


 ボクはひとりで奇声を上げながら、ポケットの中を物色する。

 すると、こつんこつんと何枚かの硬貨が指先に触れた。


「十円三枚ってオチじゃ笑えないからな……じゃなきゃ、ボクに熱射病にでもなれってか?」


 ぴっちりとしたショートジーンズのポケットは案外、中のものを取り出しにくい。それでもと、懸命に掴んだ硬貨を引き出そうとした時だった。


「ぎゃ!」


 ボクの背中に何か硬いものがぶつかった。そしてふらりとよろけたボクは、その場に尻餅をついてしまった。焼かれた歩道がむちゃくちゃ熱い。手のひらにレンガの焼き目でもつくかと思ったわ!


「ってなぁっ! クソがぁ!」


 後先考えずとりあえず叫ぶのは、子どもの特権だろうとボクは思う。


「あっ、ごめんよ」


 そこに立っていたのは、一見なよっとした、夏なのにどこか生っ白い高校生ぐらいの男だった。ボクがその逆光のシルエットを見上げていると、その後ろからひょっこりと、女が顔を覗けた。金ぴかでつるつるした髪の毛をサイドだけ長く残した変てこな髪型。

 そのくせ、嫌味なほど髪の毛が綺麗なので、面と向かっては、とても変てこだなんていえそうになかった。

 だけど、ボクは怒っている。そんな事は関係ない。

 ボクは暑さにやられるまでもなく、やられちゃってるバカップルに突きこかされたんだから、腹を立てるなというほうが無理だ。


「大丈夫?」


 それなのに、ボクの怒りを無視するように、バカップル(男)がボクに手を差し伸べてくる。


「何のつもりだよ?」


 ボクが睨み返すと、そいつは一瞬きょとんとした後、いやらしく(そう見えた)微笑んで、ボクの両脇に手を差し込んだ。


「えっ?」


 そのまま言い返す間もなく、すっと持ち上げられて、立たされてしまった。生っ白いくせに、意外と腕力があるらしい。学年ではチビで軽いほうだといっても、五年生のボクと大きなバッグをひょいと抱えて見せたのだ。

 それは何だか懐かしい感じがして、ボクは一瞬、怒りを失いそうになる。

 だがちょっと待て、ボク。そんな事で怒りをどこかへやっちゃってもいいのか……とか、そういう物とは別に、ここは言わなくちゃいけない事を学んだ事がなかったか? いや、それはもちろん「感謝の言葉」じゃないぞ。

 わざわざ警察官まで来て、体育館でたらたらと聞かされたじゃないか。今がその時なんだ! 息を吸い込め! お腹に力をためろ!


「こ、こ、この、ロリコンがぁ! エロい手をどけやがれ! さきっちょに当たってんだろうが!」

「???」


 だが、こいつは言われた事の意味がわかってないみたいだった。


「? 何がロリコンだよ。男同士の癖に……こういうときはありがとうだろう……」


 説教くさくたれてから、男ははっとしたように口をつぐむ。


「……いや、先にこっちがぶつかったんだから、僕がごめんなさいだな……ごめんよ」


 こいつはバカップルかもしれないが、案外いいやつなのかもしれない。小さなボクの明晰な頭脳がきゅきゅんとまわる。

ボクより少し大人のロリコン風(仮)。悪いがボクは、そんなにおバカな子どもじゃないつもりだぞ。

 その辺りの「本当」は見分けがつく。現にボクの見解では確定が(仮)に降格になっただろう? いやいや、だからって気を許したわけじゃないぞ。それが最近のやり方かもしれない。


「けっ、やけに素直だな。ということは自分が犯罪者だって認めたな?」


 とまあ、頭で考えている事がすんなりと出ていくほどに、ボクは大人でもないってわけだ。

 いつもの調子で悪態が口からぽろぽろ、ぽろぽろ。だからといって、こいつは顔色ひとつ変えない。普通ならとっくに怒っているはずだぞ。ボクの担任だったら、すでにブチ切れて意味不明なことを叫び出しているところだ。それなのにこいつはいたって冷静で、日陰みたいな顔をしている。

 これじゃこっちの調子が狂うじゃないかよ。誰でもボクがこういうと、突っかかってくるんだ。そのやりとりから培ってきた間合いだって発揮できないだろう。


「なんとか言えって、変質者(仮)!」


 ボクは何とかいつもの調子を取り返したくって、こいつを煽って煽る。


「う~~ん……」


 それでもバカップル男は動じない。こいつ、うちの担任なんかより、よっぽど精神力があるぞ。へへ、久々に骨のあるヤツに出会っちまったぜ。

 ボクは怒りをニヤリとした笑顔に変換して、今度はこいつの怒るところが見たくなっていた。もう、ボクが怒っていた理由なんてどうでもいい。


「なんて言ったらいいのか……」


 これだけしてやっているのに、乗ってこないなんて、逆に失礼だとは思わないのか?

 ボクのイライラはすぐに上昇していって、限界値間際で止まる。

 さぁ早くボクを満足させる返しをしてくれよ? 今やボクの許しが欲しければそれしか道はないんだぞ。ヘンタイだとかロリコンだとかいう通報をされたくなかったら、それしかないんだ。

 ボクはなぜか期待を膨らませて答えをじっと待つ。ボクがこんなに素直なことだってそうはない。おやつの時とご飯の時だけだ。

 食べているときばっかりだけど、人間っていうのは、そういう風に出来ていると思うぞ。子どもらしい子どものボクが言うのだから間違いない。

 それにしても、ボクがこれだけぐるぐる考えて待っているというのに、こいつは止まったまま動かないぞ。ゼンマイでもきれてるのか?


「どうしたんだ、猛彦。何もないなら先を急ごう。ここはあつくて死にそうだ」


 散々待った挙句、ボクの期待は裏切られ、面白くもなんともない一般的な感想がもれた。しかも今まで男に隠れていたバカップル(女)だと! ボクをバカにするのも大概にしろ。お前の役目は、動かないカレシのゼンマイを巻くことだろうが!


「いや、どう言ったらいいか考えてたら思考が止まっちゃってさ」

「猛彦はバカだな……」


 うあ、登場したと思ったらいきなりカレシをバカ呼ばわりか。こいつ、ツンデレとかいうカテゴリーのヤツだな。目の前で見れるなんてちょっと得したぞ。ボクがいる手前、そんな口調だけど、二人きりになったらベッタベタしてるんだろうな。けっ。


「さっきから二度も謝っただろう。それで十分気持ちは通じたはずだ。それともここにいるのには理由があるのか? まさか、私に冷たくって気持ちいい炭酸飲料でも買ってくれるのか?」

「いや、そうじゃないけど……買って欲しいの?」

「そ、そう見えるのか? 私はそんなに物欲しそうにかつ、喉が渇いている風に見えるのか?」

「うん、ありていに言えばそうかな」

「そ、そうか……ならば欲しい……かな。じ、自分で買いたいのだが、あいにく今日は持ち合わせがないのだ」

「はは、佐久那はお小遣いもらってもすぐにマンガ買っちゃうからな」

「な、何を言う! 芸術に投資している私の崇高な趣味がわからないのか!」

「わかったよ。僕も佐久那の買った漫画読んでるし、ジュースくらい買ってあげるよ」

「おお、そうか。ならあれだ、いっぱいシュワシュワなやつだぞ」

「はいはい……」


 と、ボクを置き去りにしてバカップルは会話を続けているわけだが、そろそろツッコんでもいいのだろうか。それとも礼儀としてもう少し待つべきか……いやいや。こっちだってフリに乗らなかったという無礼なことをされているわけだから、もういいだろう。

 意を決してボクは息を吸い込む。


「おいおい、いつまでボクを無視してるつもりだ。この事件はボクがお前にこかされたことに起因しているんだぞ。そのボクを置いて、ラブラブ全開ってのはどういうつもりだよ?」


 ああ、何かこれじゃ柄の悪いその辺の不良と同じじゃないか。ボクは何事もスマートにこなすのが身上だぞ。それをこのバカップルはさっきからペースをかき乱してくれる。


「ああ、ごめん。君も何か飲むか?」

「おお、そうしろ。きっと水分が不足しているからイライラしているのだ。今なら猛彦が買ってくれるぞ? 私と同じいっぱいシュワシュワするやつにするか?」


 う、確かに喉は渇いているし、元々ジュースを買おうと思ってここに立ち止まったわけだし、このキンパツの言うシュワシュワは魅力的だ。どうするボク……ジュースをきゅ~~ってやってからだって、こいつらにクレームつけるのは遅くないんじゃないのか?

 またしてもボクの小さいけど明晰な頭脳はきゅんきゅん回る。


「し、仕方ないな……そこまで言うなら買ってもらってやるよ」


 そういいながらもボクは、ズボンのポケットからお金を取り出す。ほらみろ、ボクは明晰なのだ。ポケットの中身は十円三枚だっただろう。ここで折れないと、水分にありつけないところだった。わざわざ腰のチョークバッグから携帯か財布を取り出すのは面倒だしな。少ないお小遣いは節約しないといけない。


「ほら猛彦、私と同じやつだぞ。いやいや、お前に任せては不安だからな。ボタンは私が押す。お前はお金を入れる係りだ」


 このキンパツは何をそんなことに躍起になっているのだ? 自販機のボタンが押したいなんて、三歳児レベルじゃないのか……だけど、なぜだ。このキンパツ女が言うと、ちっとも媚びて聞こえない。ほら、よくあるだろう? あまあまでデレデレなバカップル女が男に言う感じ。それをボクは想像していたわけだけど、これは全く違う。


「ほら、シュワシュワだぞ。心して飲め」


 ボクはキンパツがパスしてくれたジュースを開けて、口に含む。


「むむむ……」


なるほど、かなりのしゅわしゅわじゃないか。渇いた喉にガツンと効くぞ。そのクセ果汁が甘すぎず、すっきりしてて……なんだこの美味しさは! と言ってみるけれど、それはタダの美味しさなのだ。自分で買っていないという、この上ない甘味料のおかげだ。


「ふ、ふんっ。こんなジュース一本でお前らの罪は消えないんだからな」


言いながらボクはまた一口含む。く、またしゅわしゅわしやがって。アワアワな感覚と一緒に怒りまで喉の奥に落ちていきそうじゃないか。


「それにしては嬉しそうにゴクゴク飲んでるじゃないか。美味しいなら素直にそういえばいいのだ」

「くく、よく言うよ佐久那。自分だって素直じゃないくせに」

「なっ、私は素直だぞ! 美味しいものは美味しいと言うし、面白いものも面白いと言うじゃないか」


 素直なやつはきっと自分の事を自分で素直だなんて言わないだろうな。そんなことボクにだってわかるぞ。このキンパツ……いや、佐久那とかいう名前か……は相当ひねくれ者らしいな。男の方……こいつは猛彦とか言うんだったな……に同情する。というより、こいつらは放っておいたら、またボクを無視してラブって寸劇をはじめる。それは端からみれば面白いのかもしれないが、ボクにしたら当事者なだけ純粋に楽しめない。それは悔しいし、はっきりいって迷惑だ。

 だからってわけじゃないが、こいつを助けてやることにしよう。本来ならばそんな必要はないのだが、これも缶ジュースのお礼というやつだ。全く被害者だというのにボクは心が広い。


「もう、その辺にしとけよ。往来で迷惑だぞ」

「ほぉ、ちびっこなのに難しい言葉を知っているんだな」


 くぅ、ボクは今完全にバカにされたぞ。バカップルの佐久那にバカにされるなんて、五年生にもなって横断歩道は手を挙げて渡りましょうって改めて教えられてるくらいに恥かしいぞ。

 いや、だからこそボクはくじけたりしないんだ。ここでひとつ、自分の力で上手にまとめて見せようじゃないか。その決意を込めて息を吸ったんだけど、吐き出す前に別の声に遮られてしまった。


「そうだよな……」


 それだけ言って猛彦は、ボクの頭を優しくなでた。帽子をかぶっているから直ではないのに、なぜだかそれが優しいとわかった。こんな時期に人になでられたって、暑苦しいだけのはずなのに、それがちっともなかった。

……でも、それもすぐに消える。調子にのってなでなでしているうちに、猛彦がボクの帽子をずり下げたからだ。


「せっかくキメてたのに、何すんだよ!」


 わざとでないにしろ、こういうところにはカチンと来るものなのだ。


「ん、ごめん……これでいいか?」


 そういって直す仕草まで優しいから、それ以上何も言えなくなってしまったじゃないか。

 まったく、どれだけボクのお株を奪えば気が済むんだ……


「ま、まぁいいや。さぁ往来で邪魔なんだからどっか行けよ。ボクは忙しいんだからな……」


 そう、本来は自販機前のいざこざなんて、この程度でおしまいのはずなのだ。それ以上はないし、人と人が出会って別れるのは、この程度のことのはずなのだ。


 でも少し違ったのは、ボクが出逢ったのが猛彦と佐久那だったということなのだろうか。

 そこで行き過ぎるだけの存在であるボク。自分の人生では端役だろうボクを、猛彦はなぜか呼び止めたんだ。


「重そうなバッグだな」


 たったそれだけのこと。こんな華奢なボクがこんなものを持っていれば、きっと誰もが聞きたがること。でも、聞きたがるだけで、実際に聞いてくる人なんているはずがない。

 人なんて、そういうものだからだ。

 無関心で、無感動で、誰がどんな風に泣いていたって、どうでもいい。

 それが人のはずだ。

 ボクのお父さんやお母さんがそうだったように。あのヘボ医者がそうだったように。

 全部を諦めて、終ったこととして、それにしがみついているボクを認めない。

 何が悲しいかも聞いてくれない。

 でも、こいつはタダの好奇心かもしれないが、聞いてきたんだ。


「な、なんでもねぇーよ!」


 そこに素直に答えられるほど、ボクが大人でもないのが事実だ。だけど、ここまで反論してしまうと、諦められるのがいつものパターンだ。

 それだったらそれでいい。猛彦もお父さんやお母さんみたいに、ボクを諦めてしまえばいいんだ。そうすれば、ここで出会って別れたというだけの人になるんだから。


「そうか、大事なものなんだな……」

「えっ?」


 ボクは言葉を失った。こいつにはボクが味わってきた当たり前が通用しないのか? なんでここでそんなセリフが出てくるんだ。

 ボクの何を知っていて、このバッグを大事なものだっていうんだ?


「ど、どうしてそう思うんだよ……」

「どうしてって……」


 猛彦は言うと、またボクの頭を帽子の上からくしゃくしゃなでる。そんな事じゃ理由にはならないぞとボクは思った。

 でも、今まで見ているだけだったもう一人がこう言う。


「猛彦の言うことには明確な理由はないぞ。残念ながら、そいつを求めているなら無駄な努力だ。ただ、何かを決定付けて、そう思わせるだけの説得力があるから不思議なんだ」


 さすがというか、なんと言うか……佐久那は彼女としては合格のラインらしい。ボクごときに何がわかると言うかも知れないが、人が人を理解しているってことがどれほど重要かってぐらいのことは、わかるつもりだ。

 だから、猛彦の言葉が意味するところがわからないとしても、ボクは佐久那の言葉と、頭をなでつけるこの手から、意味を理解する。


「ああ、大事なものだよ……いや、大事だったものだ」


 本当は「もの」だなんて言いたくない。でも、そう呼ぶしかない。


「ほう、それは興味があるな。そこまでちゃんと言い切れるものなんだな?」


 佐久那はキンパツと同じように眼をキラキラさせてボクを覗き込む。


「そんなに見たいなら見せてやるからこっちに来いよ」


 ボクはいつまでも自販機の前にいることがいけないことだと移動の理由にして、二人を連れて目に見える公園に行くことにした。

 もちろん、この公園はボクの目的地のひとつなのだが……。


「ここのベンチでいいだろう」


 ボクは二人を待たずにどかっと腰を下ろすと、クーラーバッグを開けた。

 中は真夏とは思えないくらいに冷えていて、スーパーでもらったドライアイスが外気と触れて白い息を吐いた。

 別にボクはやけになっているわけではない。でも、猛彦はこれを大事なものだと言った。そして佐久那は見たいと言った。

 だからボクはこうしている。


「これは……」


 出てきたのは、密閉された小さめの衣装ケース。ボクがもっと小さい頃に使っていたおもちゃ箱だ。でもこれに収まっているのは懐かしいおもちゃなんかじゃない。もっと、もっと大切なもの。ボクの想い出の欠片みたいなものだ。だからこれは宝箱って言ったほうがいいのかもしれない。


「何か大層なものが出てきたな、猛彦」

「ああ……うん」


 佐久那は相変わらず無邪気だったけど、猛彦は何かに気付いたのかもしれない。表情がちょっと硬くなった気がする。

 もしかしたら、同じようなものをどこかで見ているのか?

 二人の様子をうかがいながら、ボクは宝箱に手をかける。割と頑丈な止め具を外すと、そこからもドライアイスの白い息が漏れ始める。


「ほら、紹介するよ……ボクの友達だ」


 がぱっと蓋を取り去って、覗き込むふたりに見せてやった。

 ボクの大切な友達を。

 世界では既にモノと呼ばれているボクの記憶の欠片を。


「あいさつはもう出来ないけど、ボクの親友のコロロだよ。かわいいだろ?」


 さぁ、こんなコロロを見てどう思うんだ?

 聞いてきたことにはちゃんと答えてやるぞ。コロロは雑種なんだ。聞いた話ではチワワが混じってるから、こんなにちっこいらしいぞ。ボクが一番好きなのは尻尾なんだ。ふかふかしてて気持ちいいんだぞ? 

 準備はできているぞ。何でも聞いて来い。どうしたんだ。どうして黙ってるんだ。

 こんな親友を持ち歩いてるボクを目の前にして、奇異の声もでないのか。ボクは世に言うマトモでなないのだぞ? お父さんもお母さんもヤブ医者も諦めたことを、諦めずにいた子どもな存在だぞ。

 どうした猛彦、佐久那。お前たちもみんなと同じようにボクをなじればいいじゃないか。

 そして想い出を穢せばいいじゃないか。

 そうすれば、ボクとお前たちは本当にここで出会って別れただけの人になれるんだぞ?


「…………えっ」


 陰な気持ちを溜め込んで、言葉を待っていたボクの目の前でドライアイスが、一瞬激しく煙をあげた。

 お天気雨かなと見上げた先、天辺に昇りつつある太陽を背負った猛彦の表情がよく見えない。後ろにいる佐久那は腕を組んだまま、猛彦に寄り添っているようにも見えた。


「……お前、どうして泣いてるんだ……」


 ボクは声を震わして、そう言っていた。

 そんな風に声に出してみないと、猛彦がしていることが理解できなかった。

 どうしてお前はボクをなじらずに、泣いているんだ。


「意味わかんねぇ……い、いきなり泣き出して……いくつだよお前……キモイだろう」


 ボクはきっと心にもないことを言っている。でもそうしないと、自分が保てないと思った。


「そうだな……私もそう思う。だけどこれが猛彦なんだとも思う」


 佐久那は泣く猛彦に触れるでもなく、心にだけ触れたように呟いた。


「……だって、コロロは友達なんだろう……大切な存在を失ったんだろう……」


 猛彦は恥かしいことをあっさりと言ってのける。ボクだってそんな事を口に出すのはためらうぞ。


「僕もさ、大切な人を失った……もちろん、その悲しさが一緒だとは言えないけど、わかるつもりだ……」

「……まったく恥かしいことをさらさら言うんだな……」


 ボクはうな垂れたままの猛彦にちょっと呆れた。こいつは本当に心のままに言ってるんだなとわかったからだ。子どもである自分でも心にはある程度の殻をつけて人と話している自覚がある。でもこいつにはそれがない。

 だから子どもであるボクにも届くのかもしれない。


「もう、わかったから泣き止めよ。みっともねぇ」


 ボクは呆れながらも、人前だからって、涙をためらっている自分を少し呪った。今出逢ったばかりの猛彦が自分の大切な存在のために涙をくれているっていうのに、それをたしなめているだけの自分が、すごく許せなった。


「ボクがクソ暑い中、うろうろしてるのは、コロロをどこに埋めてやったらいいかを探してるんだよ」


 言いながらボクはこぼれ出る白い煙がなくならないうちに宝箱の蓋を閉める。これが全部なくなったら、コロロがいなくなってしまうという幻想があったからだ。別にそんなことはないのだけれど、それが出なくなってしまったら、コロロは本当に「モノ」になってしまう気がしたんだ。


「……そうか、なるほどな。理解したぞ」


 佐久那は偉そうに腕を組んでひとつ頷いた。それからうな垂れたままの猛彦を突付いた。


「……猛彦、どうしたいんだ」


 また不思議なことを言うもんだ。「どうするか」と聞くのではなく、「どうしたいか」と聞く。それじゃ、何かをすることは既に決まっていて、それを元にして次にどう行動するかだけを聞いてるみたいじゃないか。


「うん……そうだな。一緒に探したいな」

「ちょ、お前何言ってんだ!」


 ボクは驚いた。こんな単純なリアクションしかとれないなんて、自分が歯がゆいぞ。


「そうだな。そうするか」


 佐久那、お前もデートの途中でこんなことを言われてるんだぞ、反論しろよ。


「それじゃまず、名前だな」


 ボクを無視して、ふたりは勝手に話を進めていく。しかも名前だと? それこそ今更だろうが!


「僕は笠屋猛彦」

「私は佐久那だ。んで、お前は?」


 うう、ここまでされてしまうと、応えないボクの方が礼儀知らずってことになってしまう。


「……ご、五条祭だよ……」


 ボクは仕方なく名のった。


「祭? えと、祭君でいいのか?」

「ボクは女の子だ!」


 さっきさんざん触ったくせに、猛彦はどこまでボケてみせるんだ。しかも佐久那はツッコミっていうタイプではないだろう。だったらボクがツッコむしかなくなるじゃないか。


『え、女の子だったのか』


 こ、このバカップル、こんな所でハモリやがったぞ……自分でいうのも何だが、この美少女を前にして、まさかナチュラルに男と間違っていたとでも言うのか? 学年でも指折りの美少女って噂なんだぞ?


「さすがに傷つくんですけどねぇ、おふたりさん……」


 ボクはボクを証明するために、キャスケットをとって素顔を晒してやった。


『あ…………』


 くぅ、こんな時までハモリやがって……どこまで似たものカップルなんだよ。


「ご、ごめん……ゼンゼンわからなかったから……」

「はは、まったく猛彦は仕方ないやつだな」


 佐久那は笑うけれど、今お前も驚きにハモってただろうが。絶対ボクを男だと思ってたクチだろう。まったく猛彦が言った通り、佐久那は素直じゃないみたいだ。

 一方猛彦はというと、こっちが困るくらいに困った顔をしてやがる。これは……ちょっとやっかいなやつらにつかまったのかもしれないな。内心そんなことを思っていたけれど、猛彦は相変わらず困り顔で、佐久那は慰めるでもなくニヘラっと笑っていた。

 こんな風にして、望んでもいないのだけど、ボクはヘンテコな二人のお供を手に入れたのだった。




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