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第二章「愛されるべき」……大岡よしの  4


 それから数日たった日のことだった。

 放課後、帰り支度をしていた私の視界に、困り顔の三奈ちゃんが飛び込んできた。


「よしのちゃん、お願いがあるの!」


 何だろうと思った。三奈ちゃんが私を頼る事なんて、滅多にないことだ。


「今日さ、またあの人の家に行かなきゃなんないの。それでさ……」

「わかった。いいよ……」


 私は三奈ちゃんが言い終わるのを待たず、返した。


「ホント! ありがとう」


 三奈ちゃんの笑顔は、厄介ごとから解放されて、きらきらしていた。

 それが本当にきらきらしたものかなんて、疑いたくなかった。でも事実は、笠屋君にひとりで会いに行かなくて済むという安堵そのものだ。

 その分、私には覚悟と勇気がいる行為だった。何せ、また佐久那と出会うことになるだろうから……私は一人で、唇をひき結んで席を立った。



 同じ道を前よりも沈んだ心地で歩きながら、ヒグラシの声を聞いていた。

 今日はこの道がもっと長ければいいと、ばかな事さえ思った。私がいやに緊張している事を悟ったのか、三奈ちゃんはやけに無口だった。

 もしかしたら、この前の自分の行為を恥じているのかもしれない。私は偉そうにも、そうだったらいいなと思っていた。

完璧に自分の事は棚に上げておいて、そんな事を罪深く思っていた。


「……あのさ、よしのちゃん」

「ん?」


 本当に、ふいに三奈ちゃんの足は止まった。もう、笠屋君の家の玄関の前だった。


「この前の事……やっぱ言いすぎだったかな、私?」


 私が答えないでいると、三奈ちゃんはくるりと向きかえり、私の肩を掴んだ。


「ちょっとだけ、ほんとにちょっとだけだよ? でも、考えてみたんだ……ひとりでいることっていうか、そういう事……」

「それは、笠屋君のこと?」


 私が問い返すと、三奈ちゃんはうなずく。


「もちろんよくはわかんなかった。っていうか、きっとゼンゼン。でもね、例えば遠足の日に、ひとりだけ風邪で休んじゃって、薄暗い部屋でゴホゴホやってる事とか考えてみたの。だったら想像以上に悲しいの、それで寂しいの……誰もいない、誰と喋る事もない……ただ部屋の天井を見ている時間って、考えただけなのに、すっごいきつかった……それなのに、みんなは自分が知らない所で、知らない何かを楽しんで笑ってたりするんだよ? それってきっつい。きっついよ……」


 私は肩にかかった手が震えているのを知った。だから私も手を伸ばして、三奈ちゃんの頬に触れた。


「それだけわかればいいんじゃない? きっと十分だよ……」

「そうかな? そう……だよね……」


 ほんの少し笑った三奈ちゃんは、かわいかった。佐久那に会うからと、変に緊張している私の顔なんて酷いもんだ。並んで歩いてれば、三奈ちゃんの引き立て役には、もってこいかもしれないけれど。


「じゃあ、今日はちゃんと会って渡すね」


 言って、三奈ちゃんは呼び鈴を押した。

 三奈ちゃんとは別の意味で、私の心臓は高くなっている。あの人懐っこいような笑顔……それが笠屋君の笑顔を取り戻してくれて、私が取り戻したものじゃなくても、動悸は暴れ放題だ。前にあった時のいやな冷静さが懐かしい。


「んん、よしのか?」


 でも、その高鳴りは別のリズムを刻んだ。呼び鈴を押し、当然現れると思っていた笠屋君ではなく、佐久那が玄関から顔を覗けたからだ。


「えっ、あの……ええっと……」


 当然だけど、三奈ちゃんは何が何やらわかっていない。


「どうしたんだ?」


 そんな事はお構いなしで、佐久那は聞きたいことを何の飾りもつけないで話す。


「えっと、笠屋君は?」

「ああ、猛彦ならいないぞ。本屋へ行くといっていたな。私も一緒にと言ったのだが、今日はひとりで行くと言い張って……なぜだろうな? 読みたい漫画があったというのに、全く……バカ猛彦は……」


 佐久那は三奈ちゃんの困惑をよそに、自分の話を続ける。


「どうしてだと思う、よしの?」

「はは……」


 まぁ、どうしてかっていうのは、何となくわかる男の子の事情とかだろう。確かに笠屋君がどんな本を買っているのかは気になるけれど、それは今どうでもいい話だ。


「あの私、笠屋君と同じクラスの榊原三奈って言います。これ学校からの連絡物なんだけど、渡しといてもらえる?」


 私はちょっと唖然とした。三奈ちゃんは初対面だというのに、多少面食らってはいたが、もう普段どおりに話して、佐久那に用件を伝えている。人見知りしないっていうのはこういうことをいうんだな。

 じゃあどうして、いまさら私はそうもいかないのだろう……何て、自問するだけ無駄だ。


「了解した。他に伝言する事はないか?」

「まぁ、あるけど……それは本人に今度、直接言うから……今はいいよ」


 言い終わると、三奈ちゃんはくるりと私に向きかえる。


「用は済んだけど、よしのちゃんは?」

「う、うん……私はもう少し……」


すると三奈ちゃんは、そう? と言って踵を返して家路に向かった。

 でも残された私に、何か用事なんかあったのだろうか。私の目の前には、細い金の髪の毛を揺らしている、佐久那がいるだけなのに。


「よしのは帰らなくていいのか? だったら、少し話相手をしてくれ。退屈なんだ」


 屈託ない佐久那の声が、今は毒の矢のように、私に突き刺さる。いったい、何を話せというのだろう。


「そういえばよしのも、猛彦と同じクラスなのか?」

「私は去年、同じだったの。今は学年も違うし」

「ああそうか、猛彦が学校に行ってないからか」


 そう言って、佐久那は私を玄関に招き入れて、そのまま上がりかまちに腰を下ろした。私もそれに並んで座った。やけにいい匂いのする娘だ……女の私でもクラクラする。


「本当は、同じ学年になれればよかったんだけどね」

「そうだな……それがよかったかもしれないな」


 佐久那は私を見て言う。それは私に、彼が学校に出てくる動機を与える努力を怠ったからだと、責めているようにも見えた。もちろん、佐久那はそんな事を考えていないだろう。


「だが、猛彦の場合はそう簡単にはいかないだろう。理由が理由だ」


 私の胸は痛む。やはり、佐久那も理由を知っているんだ。そしてそれをこんなにも深く理解したように語るのだから。

 佐久那の本当が、どこまでのものかなんて知らない。でも、私はちょっと腹が立った。

佐久那は夕希ちゃんと会った事があるのか、笠屋君が夕希ちゃんをどれほど大事にしていたか、知っているとでもいうのだろうか。


「佐久那はさ……」


 思わず声がかすれる。なんだ? と首をかしげた佐久那を私はなんとか見据える。


「笠屋君の何を知ってるの? どれがどれだけ悲しい事か理解してるの?」


 声がびくびくと震えていた。それは私が正しくないことを物語っているのかもしれない。でも、私は知っている。笠屋君の悲しみを知っていると、せめて言っておきたかった。


「……そうだな、何かを知ってはいる。だが、猛彦の全てを理解しているわけじゃない」


 佐久那は薄く唇に笑みを乗せて私を見る。


「人が悲しいと言う。それで、その人が世界一、自分は不幸で辛いと言う。それは他人から見れば、何でもない事で他人が自分の方がもっと辛いぞと言う……よしのはどっちが正しいと思う?」


 佐久那の質問はとても難しいものだった。


「私には、わからない。でも、誰でも自分が一番辛いって思って欲しいと思う。じゃあないと悲しいから」

「そうだな、よしのの言うとおりだろう。私はどちらも正しいと思う。誰もが一番悲しいんだ。たとえそれが他人から見れば、何でもない事だとしても、その人が一番辛いと言えば、それを覆す事はできない」


 私は佐久那のいうことがわかってしまった。

それは人の心は決してわからないと、さじを投げる残酷極まりないものでもあり、また一番人の心を理解している、至上の優しさを持つものだった。


「でも、それって悲しいね……」

「ああ、そうだな。だから猛彦は学校へ行けないんだろう」


 それは誰もが、佐久那のように考えられないからだ。笠屋君の悲しみを受け入れられず、自分たちの方がもっと辛いんだと、みんな思うから。

 笠屋君はそこに身をさらすのが怖いんだ。そうやって否定される事は、きっと夕希ちゃんの尊さを否定される事と同じだから……

 私はわかっていたはずなのに、息を飲んだ。改めて、佐久那がいったように考えてみて、その重さが身に迫った。息苦しくなって、血にむせ返るように喉が詰まった。


「佐久那ってすごいね……だからかな、笠屋君が笑うようになったのは……」


 負け惜しみなんて言いたくない。でも、相手を認めることは、それ自体私の負けというわけじゃない。


「そんなことない。私こそ猛彦のおかげで助かっている。どこへも行くところがなかった私を、猛彦は家へ来ないかと言ってくれたんだからな……あいつは不思議なやつだ」

「そうかもね……」


 だって、私をこんな風にしてしまうんだから。きっと笠屋君は不思議な人なんだ。佐久那と同じように。

 でも、だからこそ私はそれを認められない。

 私は、私のいられるスペースが欲しいんだ。私が同じものを共有できて、あの笑顔を見られる場所が……。


「それは、佐久那が笠屋君のことを好きってこと?」


 気がついたら聞いていた。そんなことを聞いてどうなるものだという自問が、心の中でぐるぐると渦を描く。

 もし、佐久那が好きだと愛していると答えたら、私はどうすればいいか、わかっているのか? 


「好き? 言葉は一様でも、好意には色々な種類があると思うのだが、よしのが言っているのは、どの“好き”だ?」


 佐久那の返しに私は戸惑った。でも、佐久那だって女なんだから、聞かなくてもわかるはずだろう。


「それは、その……」

「やっぱり、男女としてか? ……あ」


 言っておいて、佐久那は急に俯いた。サイドの長い髪が、するするとシルクのように頬を滑って、表情を隠す。


「あれは、違うんだ……猛彦にそんなつもりはなかった……」

「佐久那?」


 私が覗き込もうとすると、佐久那はぱっと顔を上げた。その顔は朱が昇っているというのか、ほんのりと紅かった。

 それは言わずとも、私にとっては答えだった。

 佐久那がそんな顔をする。笠屋君は昔のように笑う。

 それが私に突きつけられた答えや結果だ。ここで二択を考えても、私は引く方を選ばないし、受け入れるつもりはない。私だって想いで胸を大きくしたほどなんだ。

 そんな拒絶はそれこそ拒絶する。


「佐久那、私もう帰るね……」

「ん、ああ……」


 見送りに立とうとした佐久那を置いて、私は一人で玄関を出た。

 私は佐久那と友達になれればよかったんだと思う。でも、それは叶わない。そんなに綺麗な関係を今さらつくれない。ライバルは好敵手なんて訳されるけれど、その通りだろう。どんなに仲良くなれても「敵手」である事に変わりはない。

 私の胸にある「一番綺麗で尊いもの」が、馴れ合いだけの存在を許さない。

 だって、本当に誰かに焦がれたら……誰かを愛したら、純真だけでなんていられないんだ。どんなに汚い事をしても、後悔するようなことになっても、想いを遂げたくなる。他の人がどうかなんて知らないし、関係ない。

 自分の想いだけを遂げたくなる。

 私の「一番綺麗で尊いもの」がそう教えてくれた。


「……でもきっと、それが私の恋なんだ……いいえ、愛するってことなんだ……一番綺麗で誰にも穢されたくない、私の一番純粋な気持ち。どんなものより強くて、気高くて佐久那の髪の毛よりぴかぴかなもの。それが愛なんだ……この愛なんだ」


 私は遠ざかっていく笠屋君の家を振り返りながら、そこにいる佐久那を睨みつけた。


「だからあなたが笠屋君を好きかどうかなんて関係ない。私は告げてもいない想いに諦めがつくほど、簡単じゃないから……」


 口角を吊り上げて呟く私は、悪い魔女のようだったかもしれない。目の前の大釜はさぞかしいい感じに煮詰まっているだろう。


「それに、その程度で諦めのつく想いなんて、愛だと思いこんでいる幻想よ……」


 言っていて、わかっていたのかもしれない。それは、私の私を救う方法なのかもしれないと。愛して破れたとき、そう思えば楽だから。そう思えば慰められるから。

 幻想だったと振り返ることが出来れば、次のステップを踏むのが容易だから。


「……違う、違うわっ! 私はみんなが言うように、クールで近寄り難い委員長なんかじゃない! 私はただの女なのよ……ちっぽけで利己的で、目だって普通に悪くって、どうしようもないくらい女なのよ……そんな器用な事できるわけない!」


 吐き終えた私は、顔を上げた。

 空はまだ浅い夕方で、上半分が深い青だった。星の瞬きもないその下半分の茜に、黒い人影が埋まっていた。

 長く伸びたその影は私を待つものだった。


「三奈ちゃん……もう帰ったと思ってたのに……」


私が言うと、三奈ちゃんはバツが悪そうに、ブロック塀から体を剥がした。


「へへ、あれからどうしたかなと思ってさ」


 三奈ちゃんはぺろりと舌を出して、悪びれて見せる。


「よしのちゃんが修羅場ってるトコを見たい気もしたんだけどね」

「何よ……それ」


 私は内心びくりとしたが、おくびにも出さず、歩き出した。三奈ちゃんはふふんと鼻を鳴らしながら、私に続く。


「だって、よしのちゃんバレバレじゃん。笠屋君のこと」

「…………」

「ふぅん、否定しないんだ」


 否定なんかするはずない。たった今、私は自己確認したところなんだから。


「……じゃあわかってて、この前は笠屋君のことを悪く言ったんだ」

「それは、ごめん。だから反省したって言ったでしょ?」

「まぁいいけど……」


 そう言って、口を尖らせている私は、あまりかわいくないだろう。そんな自分を想像するのもちょっと嫌だった。


「でさ、あのヒッキー女相手で、勝算あるの? 見た目はイケてる感じじゃない?」

「見た目はって……三奈ちゃん。それに勝算って何? 勝つも負けるもないわよ」

「勝ち負けないって、それ、笠屋君があの女と付き合っててもいいってこと?」


 そんな恐ろしい事は想像したくないが、私は言う。


「……そうね、そんなこと関係ないよ。私が好きって気持ちはどうにもならない」


 もうその程度で、私はどうにかならないものだと悟った。


「ひえぇ~よしのちゃんスゴ……ドロドロ三角関係、愛憎の泥沼流血状態もオッケイってか?」

「そうかもね……彼に好きな人がいるとか、付き合ってる彼女がいるとか……そんな理由で身が引けるものなんて、愛じゃないわ。私はそんな事、堂々と考える悪くて汚い女よ」

「うあっ、言い切っちゃったよ……んじゃ私なんて誰も愛することできないよ」


 そうだ。笠屋君のことが理解できない三奈ちゃんに誰かを愛する資格なんてない。過ちに気付いて、我を省みてやっと欠片を理解する程度の感心しか他人に持ち合わせていない人などが、愛などといいうのは許されるべきものではない。


「本当の好きに出会ったら、純真でなんていられないものだよ」


 佐久那を前にして、私はそう知った。


「でもさ、そこまで言うんだったら、どうして笠屋君がヒッキーになる前に、コクらなかったの? もしかしたら、ヒッキーにならなかったかもでしょ? らぶパワ~とかでさ」


 三奈ちゃんのもっともな言葉で、私の意識は軽く揺らいだ。

 そうだ……どうして私は、もっと早く自分の心を認めなかったんだ。

 胸が膨らみ始めたあの頃から、もう気付いていた事だろうに……どうして。


「それは……」


 強い口調が一変して曇る。私はどうして笠屋君を、みすみす孤独(ひとり)にしてしまったんだろう。

 彼の秘密を独り占めにしていたかったから?

 違う。

 彼の笑顔を知っている自分を、特別と思いたかったから?

 違う、違う。

 自分の作った檻の中で、彼を飼い殺したかったから?

 違う、違う、違う。

 どこまでも、どこまでもダメになったところで、自分が救ってみせるため?

 違う、違う、違う、違う。


 それは前にも思ったことだ。


「それは、足りなかったから……」

「何? 好きって気持ち?」

「違うよ……きっと、もっと大切な力が足りなかったんだ」

「力? コクる勇気ってこと?」


 三奈ちゃんは首をひねるけど、それでもない。


「ううん……それは覚悟の問題。私に足りなかったのは抱きしめる力。きっと彼を抱きしめてあげるのには、とても大きな力が要るから……それが大きすぎるから本能的に腰が引けちゃってたのかな……だから」

「抱き……って、よしのちゃん、エロいっ!  妄想しすぎだよ、ドキドキしてくるじゃん!  ヤバ……今晩、私にどうしろって言うのよ」


 三奈ちゃんは驚いて顔を背ける。私はそういう意味じゃないのよと言いたかったけど、むしろ、私にはそれぐらいしかしてあげられなかったかもしれない。それで彼を抱きしめてあげる事になるなら、それでもいい。

 こんな体で抱き合う事が、夕希ちゃんのように、心まで抱きしめてあげられることになるなら。この程度の体、喜んで差し出そう。

 あの頃、見かける笠屋君はいつも夕希ちゃんを腕に抱いていた。

 でもそれは彼が夕希ちゃんを抱きしめていただけじゃない。夕希ちゃんが、そのいっぱいきらきらの詰まった心で、笠屋君の心を抱きしめていたんだ。そしてここに、私たちと同じ日常に繋ぎとめていたんだ。

 私の傍に……私の手が届く所にいさせてくれたんだ。

 でもその楔は切れてしまった。そしてまた繋がった。

あの時、不甲斐ない恋をしていて覚悟が足りなかった私は、夕希ちゃんの代わりにはなれなかった。だからどうする事も出来なかった。

彼を繋ぎとめたのが佐久那である事実や、彼女が夕希ちゃんと同じように、彼を抱きしめたのかなんて事も、どうだっていい。

それらは全て過ぎていってしまった事で、どうする事も出来ないのだから。

大切なのは笠屋君が、また私の手の届く所へ戻ってきてくれたという事なんだ。

そうよ、純真でなんてないんだから、どんなことだって利用できる。自分にいいように解釈だってできる。一番綺麗なものを守るためなら、なんだって出来る。姫を守るどんな高貴な騎士の手だって、結局は誰かの血で汚れているものなんだから。


「よしのちゃん?」


 質問の途中で俯いたまま、くつくつと微笑んでいた私に、三奈ちゃんの声がふってくる。


「どうしたの……」

「ん? なんて事ないの。ちょっと、気付かなかったことに、気がついただけ……大きな力っていうのが、どのくらいのものなのかって」

「……そう。で?」

「そうだね、みんなが諦めてしまうぐらい大きな力って事……だから、私も諦めてたのかもね」


 三奈ちゃんは結局、納得できない顔をしたままで、ふぅんと、ため息のように漏らして、歩を進めた。


「そう、みんな諦めてた……でも、もうその心配はいらないんだ。佐久那が引き戻してくれたから……だから私は諦めずに済む」


 きっと私の想いは、神様が知ったら、絶対に叶えないものだろう。

 でも、それがどうしたと言うの? 目に見えて、私たちを救ってくれるものなら、そもそも、夕希ちゃんが死ぬはずない。

 あんなに温かで、あんなに純真で、私にだって笑ってくれた天使が、死ぬはずなんてない。

でも、もしかしたら、彼女は綺麗過ぎて、この世界から連れ出されたのかもしれない。

 本当は神様がいて、この終りかけたくすんだ世界に生かすことを哀れんで、もっと綺麗でピカピカした世界に(いざな)ったのかもしれない。


「でも、私は汚いままで、生きていく」


 その綺麗な世界に、笠屋君はいないもの……。

 私は「だからどうすればいいか」なんて答えを一つも用意していない。でも、私は明日からも、笠屋君の事を抱き締めてあげられるように、この道を歩いていく。

 だって、そうすることしか出来ないから……すっかり紅く染まった世界を見上げ、大きく息を吸い込んだ。そうして目を閉じると、耳にはヒグラシの声が降り積もる。それは切なくても、私がここにいるという事をいやでも知れることだった。この世界で、今はまだ一人だという事を知る事だった。

 でも、みんなから諦められた、もっとも愛されるべき人の心を抱き締めるために、私は歩く。もう、彼を孤独になんかしない。力の限りに全力で関わっていく。


 そう決めた……。


 でも、その前にごめんなさい。

 あなたを抱きしめてあげられなくて、ごめんなさい。

 これから、あなたにどんなものがあると知っても抱きしめるから、だからごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


 今度こそ決めたから、ごめんなさい。

 許してくれるまで謝ります、ごめんなさい。

 私の愛する人……。




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