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「ゆずれないもの」……佐久那  3

 3


 校舎の窓が全て割れるという騒ぎが収束して、私たちが校門を出たときには、すっかりと陽が傾きはじめていた。昼食をとるのさえ忘れなければならないほど衝撃的な事件だったが、幸いにも怪我人が出ていなかった。

 それもデリッドの狙い通りだとすれば、しゃくだが感謝しなければならない。


「すごかったなぁ、鏡割り」

「えぇ、まさか本当にこんなことがあるなんて……」

「確かにね。原因があの人……デリッドが言ったようなことじゃないかもしれないけど……なんにしても怪我人がでなくてよかった」

「ああ、そうだな」


 私は三人の会話の端っこに引っかかってるだけのように、猛彦に返す。こういうのは生返事だとかいうのだろうが、今は許して欲しい。私はこのままぬるま湯に浸かったような日々に甘えてはいけないと感じ始めているんだ。


「佐久那の言った通り、緑の髪した人が居たわね。転校生だったけど」

「まったく、あんな色に染める奴の気がしれないな。ボクは生まれたままのボクで十分魅力的だからな」


 祭はどこで見たのかない胸を張った扇情的な格好をしてみせる。


「む、子どもはそんなポーズしちゃいけません」

「ふぉぉ~~ボクじゃなく、自分ならいいってか。ならして見せてみろよ。そんな勇気あるのかぁ?」

「し、失礼ね。そのくらい何でもないわ……か、笠屋君、見ててね……」


 よしのはまだ小学生の祭に対抗して、自分の豊満な体を使って同じポーズをとる。見るまでもなく猛彦は、釘付けになってしまう。


「猛彦! もっと精神力をつけろっ。惑うんじゃない。そんなおチチばっかりの女のどこがいいんだ!」

「失礼ねっ。笠屋君は私みたいなスタイルが好きなのよ」


 微笑ましい会話だ。暑すぎる夏の午後にはしゅわしゅわのすっかりなくなった炭酸飲料のような甘さが必要だと思う。

 少なくとも三人の会話はそれでいい。私は朝からの通例に倣ってひとりそれを別世界から眺めている。

 そんな思考の通りすんなりと自分と猛彦たちの歩いている世界を分割できてしまえば、どんなに楽だろう。

 そんな風に朝から繰り返し考えてきた。しかし、あの現実を見せられてしまえば、私は決断をするしかないのだ。


「佐久那も黙って歩いてないで、話ししようぜ。それとも猛彦を独占されて拗ねてるのか?」

「な、何てことをさらっというのよ……佐久那、気にしないほうがいいよ」

「ほぉ~~言うじゃないかよしの。さっきから小学生のぺッタン娘なボクに、敵意むき出しな奴のいうことかねぇ」

「な、ぺったんこなのは関係ないでしょ! 人を想う事と、む、胸の大きさは関係ないのよっ」

「ふ、ふたりとも……佐久那もさっきから変だぞ……何かあったの?」

「あ、あぁ……いや……」


 歯切れの悪さに、猛彦は顔をしかめて立ち止まる。それにあわせるように行軍を続けていた祭隊は全体停止した。


「朝から変だったけど、デリッドって人にあってから、ますます変だぞ、佐久那」

「確かになぁ。ボクが猛彦とイチャイチャしてても、いつもの無言オーラを感じない」


 私はいつも、そんなものを発していたのか……祭はともかく、猛彦は今日も的確に嫌なところを突いてくる。そこがまさに私の患部であるし、痛点でもある。


「佐久那、心配事でもあるの? 私じゃ頼りないかもしれないけど、相談にのるわよ?」


 よしのの言葉が、今は胸に刺さる。

 私は親にも愛想をつかされた存在だ。その私をこんなにも気にかけてくれる存在が目の前にある。

 人の相談にのるということは、その悩みを背負うということだ。それだけの覚悟があって、口にする言葉だ。

 よしのが私のために覚悟をしてくれたというなら、私もみんなのための覚悟をしなければならない。私の利己的な希望や幸福を亡くしたとしても、守らなければならない。


「あ、ああ……その、聞いて欲しいことがあるんだ」


 私は一人足を止めて、声を絞り出した。これほどに勇気というものを使ったのは、両親に自分の意味を問うた時以来だ。真空に飛び出すことにさえ躊躇しないというのに、生命に何の危機感も孕まないほんの二言三言にどうして嫌な汗まで染み出してくるのだ。


(幸せを感じることは、こんなにも弱さを生み出す……いや、それでもそれを糧として、自らの強さに変えなければならない。私は弱さを生みつけられただけだと思っていたが、そうじゃない。私はみんなを……猛彦を守りたい。守りたいから、決断するのだ)


 想いを胸に焼き付けて、私の言葉を待っている三人に臨んだ。


「どうしたんだ、そんなにガッチガチにならないと話せないことか?」

「祭、とりあえず佐久那の話を聞こうよ」

「悪いな、猛彦。みんなが話してる鏡割りのことなんだが、あれは怪談話でもなければ、私たちと住む世界の違う存在の仕業でもない」


 私は道に、にょきにょきと生えている木陰を選んで、体を運びみんなを誘導する。それは、長い話に付き合わせる、私の至らないばかりの配慮だ。


「どういうことなの? そりゃもちろん、まるきり妖怪とかの仕業だなんて思ってないけど」

「うわ、恥かしい、よしの恥かしい! 妖怪とか言っちゃてるぞ、恥かしい!」

「う、うるさいわね。人と別の存在っていったら、異形のモノとか妖怪って相場は決まってるの」

「貧困、貧困! 発想、貧困!」


 この楽しい掛け合いを、私は黙って聞いているままにしておけないのか。それが覚悟だとしても、すごく口惜しい。これを割って伝えることは、眉をひそめる話題でしかない。


「妖怪とか漫画に出てくる異形なるものどもならよかったのだがな。残念ながら、私たちと姿形の同じヒトの仕業だ」


 断言する私によしのと祭は目を丸くする。


「どうやってやったっていうんだ? 悪戯にしちゃ大掛かりすぎだろう」

「確かに、後の事を考えないから悪戯とは呼ぶんでしょうけど、あれは酷すぎでしょ? 一歩間違えば大惨事よ?」

「そうだ。本来なら大惨事だった。それを大惨事とせずに見せられるだけの力を持ったヒトがやったと言っているのだ。しかもその張本人にお前たちは会っているのだ」

「ほ、ほへぇーー。まさか、佐久那があれをやったとは……大丈夫。ボクたちは仲間だから、出来る限りのことはしてやるぞ。先生に謝りに行くか?」

「そ、そうだとしても、佐久那はうちの高校の生徒じゃないわけだから、この際バレてないなら黙っておくってことも必要かもしれないわ」

「た、確かに佐久那の事情を考えると、穏便に済ませるのが一番だ」


 三人は三様に私を気遣う考えを示してくれる。根本的な部分が間違っているし、仲間というならその部分を否定してくれてもいいとは思うのだが、初めから私を犯人扱いか。

 だが、そんな所も「らしい」といえば「らしい」反応だ。


「ふふ……残念ながら、犯人は私ではない。そんなに落胆した顔をする場面ではないぞ。しかも私はかなり真剣な話をするところなのだ。楽しいところをすまないが、少しだけ私に付き合ってくれ」


 私は腰を折って、仲間に伝えた。もしかしたら、こんな態度をも否定されていそうな気がしたので、恐る恐る顔を上げてみた。


「……」


 みな三様に押し黙っていたけれど、私を否定する者はいなかった。三様に仲間の顔をして私の再三の申し出を待っていてくれた。


「あの、いわく鏡割りをやったのは、さっき図書室であった、デリッドだ」


 みんなは、さも嘘だろうという顔で私を見つめ返す。さっきの真剣な顔がそれこそ嘘のようだ。だが、私も思い返して仕方ないかとも思う。猛彦は少し事情がわかっているとは言っても、全てではないので、推し量れていないのだろう。


「奴は、私の敵だ」

「敵? 佐久那と何かを争っているの?」


 駄目だ。根本から話してしまわないと、根本が伝えられない。ここまで巻き込んでしまったのなら、事情は話して納得してもらう方がいいのかもしれない。そして今私の眼前にいる存在はそれを話すに足る仲間だ。


「そうだな、突飛に話を進めても伝わるはずがないな。まずは私の事から話すか」

「佐久那、いいの?」

「ああ、構わない。信じるか信じないかも、自分自身での判断に委ねるしかないしな」

「なんだ、なんだ? どんな告白がはじまるんだ?」

「何、つまらないことだ……」


 私は木々の枝が作るジグザグの空を見上げて自身の故郷に続く真空を見上げる。


「私はこの星の人間ではない。簡単に言ってしまうと、宇宙人だ」


 よしのや祭が呆気に取られているのがわかるが、ここは無視して続けさせてもらう。


「私は自分の星を救うという使命をおびて、テラフォーミングのサンプリング装置であるこの星にたどり着いた生態系レコーダ銀河の欠片を回収するためにやってきた」

「そうか……それで、毎日うろうろしてたってわけか。それに、あの動きは只者じゃないと思ってたが、そういうことか……」

「え、え、え? な、何? 祭ちゃんはそれで納得しちゃうの?」

「まぁな。宇宙人なんて、広い意味で言えばボクだって、よしのだって宇宙人なんだよ。地球の外にいる人から見ればな。もちろん、ボクくらいになると、夜に光ってる星が、太陽と同じようなものだって事くらいは知ってるぞ。もちろん、その光る星全てが太陽みたいに太陽系なんてのを持ってるわけじゃないだろうし、地球みたいにヒトが生きていける環境ってやつをもったモノじゃないってのもわかる。でも、こうしてボクたちが生きている可能性と同じくらいに、ボクらが知らないところで同じようにヒトが存在している可能性っていうのは、あるだろう」


 祭は博学というか、哲学的というか、ちゃんと物事を内と外から見れる目を持っているようだ。


「そかもしれないけど、私には理解するに足りる情報がないんだけど……」

「はっ! 小さい小さいなぁ。これだから近頃の女子高校生は……チチばっかでかくなっても、物事でっかい目で見れなきゃ意味ねぇだろう」

「ちょ、おっぱいは関係ないのっ! わ、わかったわよ……佐久那の言うことだもん、信じるわ」


 ひとりふくれ顔のよしのだったが、さらにその理由はボクと猛彦の秘密だと言われて開き直ったようだ。もうこれで、ふたりとも私の話を信じてくれるだろう。


「ともかく、私を……というより、そのレコーダを狙っているのが、あのデリッドだ。これで敵だという意味がわかっただろう。私が聞き及んだ敵は、現地人の生命を第一に考えない者達だということだったが、奴は警告をしてきた分マシな奴なのだ」

「なるほど、それであの鏡割りってわけね……宇宙とかテラフォーミングとか、そういう単語を聞けばあんなことを狙ってやれるっていうのも妖怪なんてものよりは信憑性が出てくるわね」

「ああ。そしてそれは残念ながら、マボロシではない。現実なのだ」


 ここまで息つく間もなく説明すれば、みんなにも現実が降りかかってくるだろう。

 現実的危険を感知してくれるだろう。


「だから、私はこれから……」


「ひとりで行動するって言うのか!」


 私の続けようとした言葉を、荒げた声で奪ったのは、それまで押し黙ったままだった、猛彦だった。

 いつも柔和で荒げた声など一度も聞いたことがなかった。それは何も私だけではなく、祭もよしのも同様だったのだろう。

 みな、顔も声も凍りついていた。


「僕はどんな事があっても、佐久那を手伝う。そう決めたんだ!」


 猛彦は私に反論の隙を与えないように、言い残すとさっさと歩を進め、一人家路に消えてしまった。


「お、おい猛彦!」

「笠屋君……」


 その後を追って、祭もよしのも駆け出していく。

 また私はひとりだ。なぜすぐに猛彦の後を追えない。この足は今すぐにあの背中を追いかけていきたいのに、真昼の余熱が残るアスファルトに野太い杭で足の甲から打ちぬかれて張りつけにされているかのようだ。

 それは余裕からだろうか。祭やよしののように、ここで別れてしまったら、次があるかどうかわからないわけではない。


「私には今、あそこしか帰る場所がないから……私が帰ってもいい場所が猛彦と同じだから……」


 私は一歩踏み出せば足の裏の皮でも剥がれるのではないかと恐れた。それでも、帰るべき場所が猛彦の元しかない。


「ならば、帰って話そう……私たちの家で」


 剥がれると思った足の裏の皮も何ともなかった。もちろん靴も履いているし、そんなはずもない。

 ただ、学校から家までの道のりを歩む足取りは重かった。久々に味わった独りでの帰り道は、自分の星で味わったものを思い起こさせる。

 どんな顔をして帰ればいいのか。どんなことを帰って話せばいいのか。どんなことなら父も母も私を考えてくれるだろうか。

 そんなことばかり……だから結局、何ひとつ話さなかった。


「猛彦と一緒にこの家へと帰ることは、どれほど楽しかったか……例え猛彦が私と同じような深みにはまって、未だ抜け出せないでいたとしても、私と一緒に歩いている時は、笑っていてくれたんだ」


 それを私が与えられたと思うのはおこがましい事だとしても、そう考えている自分は、とても幸せだった。


「ただいま……」


 押し開いた玄関の扉の向こう。猛彦の少し汚れたスニーカーがきちんと揃えて置かれていた。


(どうする……すぐに行くか……それとも、夕飯を食べてからにするか……いや)


「佐久那ちゃん、お帰りなさい。もうご飯出来てるから食べちゃいなさい」

「あ、はい……」


 仕方ない。とりあえずお腹に入れるとしよう。胃がこなれれば、猛彦が納得するような何かいいセリフでも浮かぶかもしれない。

 一瞬入ったキッチンに猛彦がいたら気まずいなと思ったが、猛彦はいなかった。私が外をふらふらしている間に食べ終わって、自室にこもっているみたいだ。

 残念だが、今日はゆっくりと味わっている暇はない。早くこの決意のまま事を実行しないと、すぐに鈍ってしまいそうだ。私は作法を考えずに、せっせと胃に詰め込み、ご馳走様と残して席を立った。


「佐久那ちゃん、ちょっといい?」

「え」


 足早にキッチンを出ようとしたとき、呼び止められてしまった。


「猛彦、何か機嫌が悪いみたいだったけど、佐久那ちゃんは気にせずにいなさいね。あんなのいつものことだから。いちいちかまってたら身がもたないわよ」

「あ。はい……」


 私はそうとしか答えられなかった。猛彦の母親はどこまで猛彦から目を背けているんだ。だが、だからこそ猛彦は私のような者相手でも、諦めずに関わろうとしてくれるのかもしれない。自分の置かれた立場に従順な態度を示す者もいれば、真逆の行動を示す者もいる。

 私は猛彦が後者だったから、この家にいる。刷り込みの技術を使って偽者の存在として存在していても、ここにいる。


「……そこまでわかってるなら、たった一言でいい、猛彦に言葉を……優しい言葉をあげてくれ」


 私はキッチンの出口で立ち止まり、振り返り、そんな事を言っていた。相づちを打つだけに留めていたのに、言ってしまった。呆気に取られている母親を置いたままでキッチンから出た。

 だが、不思議と後悔はなく、階段へと急いだ。むしろ晴れやかな気持ちだった。どんなだろうと、自分の親を否定できるのは自分だけだというのが、私の考えのはずだったのに、それを侵してなお、すがすがしい。


「否定することと、何かを伝えることは違うのかもしれないな……」


 トタトタと足を鳴らして、すでに歩き慣れた階段をあがる。あがった突き当りが私の部屋、そして階段のすぐ脇、私が今立っているドアが猛彦の部屋だ。


「う」


 いつもは何の躊躇いもなくノックして、返事も待たず開け放つドアが今は重い。ノックさえ拒んでいるかのようだ。それでも叩かねば始まらない。私は私の大事なものを守りたいと思ったから、こうするのだ。


「猛彦……」

「ん……開いてるよ」


 ゆっくりとドアを開いて私は体を差込み、猛彦の姿を探す。


「猛彦……」


 猛彦はベッドに寝転がり、じっと天井を見つめていた。私は体を完全に部屋の中に収めて、後ろ手でドアを閉めた。


「猛彦、その……」

「さっきの話なら、僕は考えを変えるつもりはないから」

「だが、それではお前を危険に晒してしまう。さっき言ったことは本当だ。あんなことをしてしまう相手が常につきまとう危険を背負うことになるんだぞ」


 取り付く島もない猛彦は、私に視線さえ合わせてくれない。だから私は猛彦が寝転ぶベッドに腰を下ろした。私の体重でベッドが沈み込み、猛彦の体温がすぐ傍で感じられた。私はこの安心感を守りたい。それだけなんだぞ、猛彦。


「かまわない……それでも僕は佐久那を手伝う」

「それは……私はお前たちを危険な目にあわせたくないだけなんだ……わかってくれ」

「わからないよ!」


 猛彦は急に声を荒げて、体を跳ね起きさせた。


「大切だからいつも傍にいたいんだ。もう、僕が知らないところで勝手に誰かがいなくなっちゃうのは嫌なんだ!」

「それは、私だって同じだ! よしのや祭、そして猛彦を傷つけたくない……」

「そんな事怖くない……佐久那をひとりにすることに比べたら……」


 猛彦が私を見つめる。

 出逢ったときに、私はこんな風に猛彦を見つめて、語った。そして今は猛彦の濡れた瞳に私の姿が映っている。


「私は怖い…………私はお前が傷つくことを想像するだけで、みっともなく震えてしまう……私はいつからこんなに臆病になったのだ……」

「そんなの……わからないよ」

「お前に会ったからだ、猛彦……私はお前が大切だから、怖いんだ」


 それは伝えるというより、自己確認的な行為だ。レコーダに吹き込む独り語りの日記みたいなものだ。

 私は自分で猛彦がどれほど大切かを確認しているんだ。


「そんなのわからない!」

「わ……」


猛彦はいきなり私の肩を後ろから掴み、ベッドに組み敷いた。


「僕は……僕だって佐久那が大切だから、いつも傍にいたんじゃないか! いつも傍にいて守りたいって思ったんじゃないか!」

「猛彦……」

「なんで、わかってくれないんだよ……どうして……僕を大切に思うんなら、どうして僕をひとりにしようとするんだよ……どうして置き去りにしようとするんだよ……」


 猛彦の力は強かった。言葉や想いを体現するかのように、私をしっかりと下にして、逃がさなかった。


「猛彦……自分勝手だぞ……私だって、お前を傷つけたくないという強い意志があるんだ……そう簡単には引かないぞ……それともお前は私をこのまま好きにして、私に言うことを聞かせるのか?」


 想いを発した興奮からの紅さではないものが猛彦の頬を染める。


「猛彦……いいんだぞ? それで諦めてくれるなら、私を好きにすればいい……」


 例えそれが心の通じ合わない行為だとしても、猛彦を危険に晒すことがなくなるなら、それも意義がある。十分に、余りあるほどの意義がある。

 きっと、よしのでもこんな風に考えたかもしれない。それとも実行したかもしれない。祭にはここまでの思考がすでに育っているかは不明だが、いずれそうでもして、何かを守りたくなる時が来るだろう。

 それに、何も無下に散らすわけではない。猛彦とならそれもまた幸せな記憶になるだろう。


「……どうする?」

「……そんな事……するはずないよ……でも、しないから……僕は佐久那とこれからも一緒にいる……」


 猛彦はひとつ大きく息を吐いて、私の上からどいた。

 私は猛彦がそんな人間ではないとわかっていて、誘った。猛彦が傷つくよりはいいと考えて傷つけた。何と自分勝手な考えだろう。結局、私は自分の考えを押し付けようとしただけか……それでも猛彦は私を許して、間違えも正してくれたのか……。


「わかった……だが、これから何があっても驚くなよ……私がどうなろうとも……」

「そんな事させない……僕が今度こそきっと守る……」


私はベッドに転がったまま天井を見つめ、猛彦は起き上がって本棚のほうを見つめたまま。

 お互いに目を合わせずに、お互いの決意を固めた。


「なぁ、よしのや祭はどうすると思う?」

「同じだよ……僕と変わらない。きっと今日と変わらない明日をみんなで過ごしてくれる。銀河の欠片を探す手伝いをしてくれるよ」


 私はあの日、猛彦に手を取られて、そして自らも握り返して……その時にこうなることを知っていたのかもしれない。何があっても、猛彦は私を離したりしないだろうということを。

 これから向かう大事の前に、猛彦の想いの大きさを再確認して、奮い立たせたかっただけのかもしれない。

 それを知っていて、こんな茶番を組んだとすれば、私は随分と酷い奴だ。


「猛彦……」


 私はゆっくりと静かに体を起こして、そっぽを向いている猛彦を背中から抱きしめた。


「ありがとう……」

「…………」


 返事はくれなかったが、額を寄せた肩口から、少しだけ懐かしい涙の匂いがした。




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