そしてまた一人
セレナは息を吸って、吐いた。
地上に落下した衝撃で右肩に鋭い痛みがある。
徐々に回復しているが違和感はしばらく取れないだろう。
それを、無理やり頭から叩き出す。
そして、目を閉じた。
周囲にある多数の主の頭にアクセスする。限界を越えて、アクセスする。特に、コピー体の頭にアクセスする。
「敵が、同士討ちしてる……?」
零の、戸惑いの声が上がる。
「奥の手その一。緊急事態に備えての配置だったのね」
燕が、関心したように言う。
光が、視界を覆った。
今は全く違った町に発展している故郷。霊脈の中核が近いからか、その地が、見えた気がした。
「セレナ、やめな!」
スカーレットの怒鳴り声がする。
「どうして? 私、今、凄く役に立ってるよ。良いこと、してるよ……」
「セレナ! くそ、手遅れか」
意識が遠くなっていく。スカーレットの悲鳴のような声が遠くに聞こえる。
それでも、セレナは操り続けた。
十分間、二十分間はもっただろうか。
セレナという存在は、そこで完全に消えた。
セレナは得た力によって体を維持していた。その力を使い切る方法などないと思われていた。
けれども、この主の山において、その方法は存在したのだ。
セレナは、消えた。別れも言えずに、消えた。
最後の一瞬、脳裏に思い浮かんだのは、中島みゆきの時代という曲。
(ああ……やっぱり好きだな……この曲……)
それが、セレナの最後の心の呟きだった。
+++
「これが……」
優助は、光り輝くそれを見て思わず呟いた。
別働隊は、中核に辿り着いていた。
白い光の膜の外は真っ黒だ。主が張り付いているのだろう。
「行くわよ、君枝」
「はい、有栖さん」
君枝が、中核に手を置く。その上に、有栖が手を重ねた。
その時、有栖は顔を歪めて、転げ回った。
「兄め……この時を、狙っていたっていうの?」
優助は真っ青になった。このままでは、別働隊の動きが無駄になる。
「お兄さんの意識を消すわけには……?」
「駄目よ! 私の力が制御できなくなる!」
有栖は、息も絶え絶えに言う。
「時間がない! やるしかないんですよ!」
「少し、落ち着くまでの時間を頂戴……」
そう言って、有栖は呼吸を整え始めた。
その時、トランシーバーが音を立てた。
「近接部隊! 状況を説明して!」
燕の声だ。
「驚いた……連中、こっちのメンバーのコピー体を作りやがった! 今のは覇・桜華斬だ!」
零の声に、優助は背筋が寒くなるのを感じる。
あの強力な桜華斬。あれが味方に向けて放たれたと言うのだろうか。
「急いで仕留めて!」
「真っ先に仕留めた! しかし、見ての通り次が出てきやがる!」
「術師部隊! 生き残りはいるか?」
「こちらスカーレット。生憎不死の体でね。生きてるよ。彗もセレナも生きてる。小豆は駄目だ」
「そう……足止めは能う?」
「任せてー。余裕のよっちゃんよ」
「小豆ちゃん……」
君枝は、小さく呟いた。
その瞳から、一筋涙がこぼれ落ちた。
「有栖さん。俺がフィルターになります」
優助は、そう提案していた。
有栖は、呆気にとられたような表情で優助を見る。
窮地にあって、優助の考えは冴えていた。
「お兄さんの邪念が出そうだったら、俺がその時点で防ぐ。二人が置いてきたもの、三人で拾いましょう」
「……本気? 一生悪霊に取り憑かれるかもしれないんだよ?」
「やるしかありません。一人で駄目なら二人で、二人で駄目なら三人で、です」
有栖は、頭を片手で抑えて、片手を掲げた。
優助は、君枝の手の上に手を重ねる。
有栖は、その上に手を重ねた。
優助は、吐き気がしてその場で吐いた。
禍々しいなにかが自分の中に無理やり入り込もうとしている。
「……無理だね、その調子じゃ」
有栖が、淡々とした口調で言う。
「やります……やれます……! 本当は全部取りこぼしたくないんだ。だから、今、俺が、やるしかないんだ!」
そう、優助が吠えた。
「優助君。作業に集中して。主散らしは私がやるよ」
君枝がそう呟いた瞬間、暴風が吹いた。それは三人を取り囲み、這い寄る主達は細切れにされていった。
光が消え、優助が、安堵したような表情になる。その表情が、再び強張った。
有栖は再び、世界への介入を開始する。
優助というフィルターを通じて、世界は、徐々に書き換えられつつあった。
+++
戦闘が消えた二十分の間、遠くで光が輝いているのが見えた。
あれが中枢から放たれている光。世界を書き換える光。
「……まだか」
零は、一人呟く。
トランシーバーの通話もオフにしている。
呟きで、焦らせるわけにはいかない。
セレナが、白い光を放ち、そして消えて行った。
「セレナ!」
スカーレットの、悲鳴のような声がする。
再び主達が人間めがけて動き始めた。
藤五郎は燕の背に、岳斗はウィッチビジョンの背に乗っている。
「助けるならそんな"キー"を失った奴じゃなくて小豆を助けてくれれば良かったのに」
燕がぼやくように言う。
「近くにいたから、咄嗟ですよ」
楓は申し訳なさげに言って、銃を構えた。
その目が、ふと横を見て、あることに気がついた。
「藤五郎のオッサン、顔色悪くない……?」
燕が我に返ったような表情になる。
「藤五郎、限界なの?」
燕の声に、珍しく慌てた色が滲んでいる。
「日本男児に限界などない……」
「そういう戦前の根性論を聞いてるんじゃなくてね? 意識トビそうなの? ねえ?」
「日本男児に限界などないのだ……」
藤五郎はそう言っているが、息も絶え絶えといった感じだ。
「零さん」
月夜が、慌てたように言う。
「各自、目の前のことに対処しろ! 背中は味方が守ってくれる!」
「……はい!」
月夜は、腹をくくったように言った。
「後、俺のコピー体は相手にするな。斬れ味が違うから、刀身持ってかれるぞ」
「あー……最後に自分で作った鍋を食いたかった」
真昼がぼやくように言い、自身のコピー体を倒す。
駄目だ。このままでは、若者達まで巻き込んでしまう。
撤退しか手はない。
するとどうなる。
巨大主が町を闊歩し、潜在的に召喚術の才能を持った人間を大量に吸い込んでしまう。
どちらにしろ、若い命が失われる。
どうすればいい。
自分と月夜のコピー体を優先的に斬り倒しながら、零は考える。
これは、こちらが徐々に削れていく消耗戦だった。
次回『炸裂』




