優助と明日香と彗、真昼と月夜
空港で自分を待っていた人物に、優助は唖然とし、そして次の瞬間荷物を放り出して駆け寄っていた。
「あっすっかー!」
思い切り抱きつく。大型犬が飼い主にじゃれつくように。
「おう、優助。来たか」
明日香は微笑んで優助の背を撫でる。
「しかし、変なもんだな。あんたの中では数ヶ月経ってるんだけど、私の実感としては寝て起きたようなもんだぜ」
「心配した。一杯、一杯、心配した」
「それはヒロインの台詞だなー」
苦笑して、明日香は優助の背を撫で続ける。
優助の背を、引くものがいた。
「今の相棒は、私……」
振り向くと、彗が怖い表情をしていた。
「ん? 相棒と言えば私だけだよね? 優助」
明日香が、戸惑うように言う。
「優助……?」
「優助っ」
板挟みである。
なんでこんなことになったんだろうと優助は思う。
「痴話喧嘩は後でやろう。今は仕事だ」
月夜が、優助が放り出したキャリーケースを引っ張って追いついてくる。
「世界一周行くはずだったのになあ」
月夜はぼやく。
その背後から、セレナとスカーレットがやって来た。
「ネームレス! スカーレット!」
明日香が優助を放し、構えを取る。
「面白いじゃない。今の第四形態に目覚めた私なら、あんた達にもトドメを刺せるかもしれない」
セレナとスカーレットは顔を見合わせた。
「面白いね」
「やってやって」
「スカーレットと意見が合うのは面白くないけど試してほしいな」
「セレナと意見が合うのは面白くないけど試してほしいな」
優助は、慌てて両者の間に入った。
「待った待った。今は、こいつらは仲間なんだ。今回の作戦に協力してくれる」
「仲間……?」
明日香が、戸惑うような表情になる。
「この数ヶ月でなにが起こったのか誰か教えてくれない?」
「私達は死神を退治した」
「私達は優助の軍門に下った」
「私は優助の相棒になった」
「……ん?」
最後の一つが引っかかったらしく、明日香は彗を足元から頭まで眺めた。
そして、呟いた。
「ちんちくりん」
「胸なし女」
「それブーメランだって気付かない?」
「私には将来性があるけど貴女にはもうないわ」
「ちんちくりん」
「まあまあまあまあ」
優助は青い顔だ。どうしてこうなったんだろうという思いがある。状況はまるで悪夢だ。
「仲良く行こうぜ―、皆」
「女誑しってああやって最後は刺されるんだぜ、彗。覚えとけよー」
「真昼さん!」
彗の頭を撫でながら真昼が言うので、優助は弱り果ててしまった。
+++
「あれが帰らずの森の上空。今は黒いものに覆われて、警備の召喚術師も撤退した。あこはもう、未知のゾーン」
明日香が指差す先を見る。確かに、空が黒いものに覆われている区画がある。
「古の時代以来の大混乱だ。詠月は全力をあげてこの状況に対処する所存だそうよ」
そう言って、明日香は手すりを掴んでしゃがみこんだ。
「俺のスキルで全部の黒いものを吹き飛ばすとか」
「現実を見なよ、優助。一度全力を出したら三日寝込む奴がなんとかできる量じゃない」
「……だな」
「私が封印を解かれたのもそのためらしい。冬音と会ったよ。今は秋悟を連れて避難してるけれど」
「そっか、なにか言ってたか」
「信じてるってさぁ」
「俺をか」
「私を」
明日香は悪戯っぽく笑って言う。
優助は怪訝な表情になるしかない。
「なんでお前を?」
「私なら優助を守ってくれるって信じてるってさ」
「なるほどねえ……」
「うん」
「お前ら、仲良いのか?」
「どっちかってーと悪い。相手に貫禄がついてからはやり辛いったらありゃしない」
「だよな」
優助は苦笑する。
「まあ、冬音と秋悟が避難してくれたなら良かったよ。駆り出されたらと思うとゾっとする」
「ああ、最後に戦地に立つのは私達だけでいい」
明日香は、自分の幸せについてどう思っているのだろうと思う。
何でも屋として優助に引きずり回されて、護衛として哲三に育てられて、自身の幸せについてどう思っているのだろうか。
「お前も結婚したらどうだ」
「なんだい、藪から棒に」
「いやな。お前は自分の幸せについて疎い気がする。今回の作戦が終わったら、お前はどうなるんだ?」
「封印されずに済むらしいよ」
「そうか」
優助は、安堵する。
「ま、死ぬかもわからんがね」
「……お前は風みたいに掴みどころがないな」
「好き好んで隣においたのは優助だよ。優助の隣は居心地がいい」
「なら、存分に働けよ」
「勿論」
「存分に働いて、存分に生きろ」
明日香は、苦笑して黙り込んだ。
「俺だけ歳を取ってお前だけ若いままだなんて卑怯だ」
優助は大真面目に言う。
「……結婚かあ、考えてみるよ、相棒」
「ああ」
「ところで、あのちんちくりんはなんだい? 優助」
痛いところを突かれて、優助は黙り込む。
明日香は立ち上がった。
「今じゃ同年代の子から弾かれてあんなちびっこいのしか相手にしてくれなくなったか」
「色々あったんだ。勝手にいなくなったお前が悪い」
「……そうさな、それを言われると私も弱い」
「勝てると思うか、相棒?」
「敗色濃厚であろうと正面突破するのが先守の何でも屋のやり方だろう?」
明日香の言い分は心地いい。
「お帰り、相棒」
「あいよ、ただいま、相棒」
そう言って、優助と明日香は拳と拳をぶつけた。
冬音にメールを送る。
明日香と会ったことを短くまとめたのだ。
すぐに秋悟を抱きかかえた冬音の写真が添付されたメールが返って来た。
メールに書かれていた文字は三文字。
生きて。
優助は、無言でスマートフォンを額につけた。
「なんだい。数ヶ月眠っているうちにそんな祈り方が流行ったの?」
「……冬音の存在に感謝してるんだ。あの二人のおかげで、俺は無鉄砲にならずに済む」
「そうだね。もう帰る場所はできた。それを守るための戦いだ」
+++
「別に二人きりにすることはないと思うんだけど」
空港の自販機でコーヒーを買い、彗は不服げに言う。
「最後かもしれないんだ。存分に話させてやろう」
真昼が苦笑混じりに言う。
彗がプルタブを開けつつ返事をした。
「それなら私も最後かもしれないんだけど」
「お前はここ数ヶ月べったりだったからいいだろ。なあ月夜」
「うーん……私、男女の関係には疎いのよね」
「俺も難しいのはお手上げだ。しかしなにかね、あの空は。見ているだけで気が滅入るよ。これからあれとぶつけられるのかと思うと」
「……世界一周行きそびれたなあ」
「行けよ」
「行けるかなあ」
「行けるさ。お前は俺が守るから」
「……彗ー、助けてー、真昼がキモい」
月夜が彗の後ろに隠れる。
「いや、冗談じゃなく、な」
真昼は、珍しく真面目なトーンで言う。
月夜が徐々に真顔になっていく。
「駄目よ! 冗談じゃないわよ! やっと死神を倒したんじゃない! 私達の人生、これからじゃない!」
月夜は足音を鳴らして真昼の前に立ち、胸ぐらを掴んだ。
「約束しなさい。貴方も、生きるって」
「ああ。生きるさ。お前と違って夢もなにもないが、なにかを探して生きてみるさ」
「よろしい」
月夜は真昼の胸ぐらを放した。
「ハッピーエンド以外の結末私は望んじゃいないんだからね」
「正味、全滅エンドもありうると思うがね」
真昼の不吉な予言に、月夜は口を噤んだ。
彗を抱きかかえて、遠く空に浮かぶ黒い闇に支配されたエリアを見る。
あれが、これから自分達が投入されるエリア。
あれが、自分達の戦地。
「月夜の持論は正しかったな。スキルユーザーの登場により、主達は人類にカウンター行動を取るって」
「嬉しくないけどドンピシャリよ」
月夜は、腰に手を当てて言う。
「そこで、今回の作戦だがな。漏れ聞くところによるとスキルユーザーの存在を消す作戦になるそうだ」
「と言うと?」
月夜が、興味深げに言う。
「世界をもう一度書き換える。スキルユーザーの登場以前に。だから、作戦名は世界を変える時」
「なるほど」
彗が缶を落とした。
中身がこぼれて、円状に広がり始める。
「どうしたー? 彗。ガキじゃねえんだから汚すなよ」
「うん、ごめん……」
そう言って慌てて缶を拾った彗は、明らかに挙動不審だった。
+++
「優助、ちょっといいかな」
半泣きの表情の彗がやって来たので、優助は彼女に連れられて、長椅子までやって来た。
「どうしたんだ、彗」
彗は俯いて、黙り込んでいる。
今にも目から涙が零れ落ちそうだ。
そのうち、彗は、絞り出すように言った。
「今回の作戦が終わったら、スキルユーザーはスキルを使えなくなるんだって……」
優助は、息を呑む。
「そしたら、私、また失うの? 優助は、私を見放す?」
優助は、彗の頭を撫でた。
「まあ、水鏡家当主の座は諦めなきゃいけないかもしれんな」
彗は、息を呑む。
「けど、俺はお前を必ず見捨てない。必ずお前の居場所を作ってみせる。約束だ」
「本当……?」
絞り出したような声で彗が言う。
「本当だよ。約束だ」
「私、役立たずに戻りたくない……」
彗が、優助に抱きつき涙を流し始める。
「絶対、誰にも役立たずなんて言わせない。絶対、誇れるような居場所を作る。約束だ」
「信じていいの……?」
「ああ。信じてくれ。冬音にも伝えておく。もしも俺が死んでも……」
彗が声を上げて泣き始めた。
「優助死んじゃやだあ」
「……弱ったな」
周囲から視線を浴びている。
「小さい女の子を泣かせたゲスの図って感じかな」
いつの間にか傍に来ていた明日香が揶揄するように言う。
「そうからかうな」
溜息を吐いて、優助は冬音にメールを送る。
それは、この戦いの後のことを頼むメールでもあった。
彗は、しばらく泣き止まなかった。
彼女は、現状も怖ければ未来も怖いのだ。
「怖くないよ。お前の未来は、俺が作っておくから」
優助は、何度もそう言って、彗の頭を撫でた。
次回『君枝と遠夜、智也と秋奈』




