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スキルユーザーは優しい夢を見る  作者: 熊出
スキルユーザーは優しい夢を見る

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零と理恵

 零が理恵の家を訊ねてきたのは夏も暮れの深夜だった。

 リュックを担いだ澪も一緒だ。

 玄関によりかかって手を組んで、理恵はそれを見下ろしている。


「今すぐ澪を連れてこの地を離れてくれ。遠ければ、遠いほど良い」


 零の第一声がそれだった。

 理恵は捻くれてみることにした。

 零の言葉に素直に従うのも面白くない。


「つってもねえ。私も仕事あるし、澪ちゃんも学校あるでしょう?」


「命に関わることなんだ」


 緩慢な動作で体勢を立て直すと、理恵は零の胸ぐらを掴んだ。


「それを説明するのが先でしょう……?」


 理恵は低い声で言う。

 零は、目を背けると、疲れたように溜息を吐いた。


「極秘情報だぞ」


 念を押すように零は言う。


「二日後未明、巨大な主が現れる」


「やっぱり、帰らずの森の異変に関わることなのね」


 理恵も召喚術師だ。帰らずの森の異変については気付いている。


「超巨大な主だ。それが第三形態の攻撃も通用しない体で町の中をどすんどすんと前進だ。たまったもんじゃない。お前には、澪のことを頼みたい」


 澪は、不安げに零の顔を見上げている。

 理恵は、零の胸ぐらを掴む手に力を込める。


「あんた、まだ、澪がいて、桜井燕の駒をやってんのか……!」


 苛立ちのあまり、声は低くなった。

 零は、答えない。


「この子の母親はなんのために死んだ! あんたと娘の平和な未来のためじゃないのか! 逃げるなら、あんたと娘で逃げなよ! 詠月に残っているのは私だ!」


「しかし、俺には力がある……」


 そう言って、零はズボンの後ろのポケットから短刀を取り出した。

 何度も見たことがある。それは、零の召喚術の"キー"。


「髑髏丸……? あんた、また……?」


「失わせたくないんだ。誰からも」


 理恵は、零を思い切りぶった。

 澪が、小さく悲鳴を上げる。


「澪にとってはあんたが世界そのものみたいなもんなんだぞ! わかってんのか、馬鹿!」


「ああ、俺にとっても澪が世界そのものみたいなもんだ。だから、信用できるお前に頼みたい」


 零は、身動ぎもせずに淡々と言う。

 理恵は、その姿を見ていると、苛立って苛立って仕方がないのだ。

 昔からなにかと苛立つ奴だった。それは、今に至っても変わらない。


 澪が、零の服の裾を握っていた。


「お父さん、私、やだよ……逃げるなら、お父さんも一緒じゃなきゃ、嫌だ」


 零は、澪の頭を撫でる。


「昔、お前のお母さんは、こういう局面でお父さんを守るために戦った。次は、俺の番だ」


「お父さん……」


 澪が、零に抱きついて、顔を服に埋めた。


「正直、私のランスローもそれなりの働きをできると思う。頼むなら、翔子に頼みな」


 そう言って、理恵は蓮っ葉に扉を閉めようとする。


「翔子は妊娠中で既に避難済みだ」


 理恵の手が止まった。

 思わず、扉から顔を出して零ににじりよる。


「マジで?」


「マジ。アラサーになって奴も覚悟を決めたらしい」


「マジかー。あいつ、私になにも言わなかったぞ……なら、尚更翔子を頼りなよ」


「澪にとって、お前は母親みたいなものなんだ」


 零は、理恵から目を逸して言う。


「父親と母親を同時に奪えるか」


「……母親、か」


 理恵は、その一言で力が抜けるのを感じた。


「澪ちゃん、おいで」


 そう言って、零から澪を引き剥がして、抱きしめる。


「私と、逃げるか」


「お父さんも理恵さんも一緒じゃなきゃやだ」


「澪、覚えときな。お父さんには凄い力がある。世界を変えるような力だ。その力には責任が伴う。あんたのお父さんはね、ヒーローなんだよ」


「ヒーロー……?」


「そう。あんたのお母さんのヒーローだった。私達は、ヒーローになれない。だから、今は逃げよう。世の中には選ばれた人間と選ばれない人間がいる。選ばれた人間には、役割が割り振られるものなんだ」


「けど、私にも虎丸がいるよ……?」


 澪がそう言うと、澪の隣に虎丸が現れた。

 理恵は思わず座り込む。

 十年ぶりに見る虎丸だった。


「零ぉ~……あんた一体どうなってんのよぉ」


「だから燕さんには逆らえんのだ」


 零は、そう言うと、気まずげに澪の頭を撫でた。


「澪。お前の正念場はまだ先にある。その時まで、まずは生き延びることを考えろ」


「私の、正念場……?」


「来ないことを祈るのみだがな」


 そう、零は諦めたように言っていた。


「作戦はもう決まってるの?」


「ああ、総勢十五人の精鋭が選りすぐられた小隊だ。作戦名は、世界を変える時」


 理恵は、立ち上がると、零の顔をぶった。

 零は、申し訳無さげに理恵を見ている。


「……帰ってきなさいよ」


「いや、待てよ。なんで今殴った」


「私が怒っている理由は言った。あんたを殴る権利もあると思う」


「……ああ、そうさな」


 零は、投げやりに返す。


「私の妹が東京に住んでる。しばらく、そこで休養しようと思う」


「頼んだ」


 零は理恵に深々と頭を下げていた。


「……俺には、澪だけなんだ。頼む。澪のことを、頼む」


「わかってる。私にとっても、澪ちゃんは特別だ」


 理恵は、零の体を抱いた。

 零の体が、小さく震えた。


「死ぬんじゃないよ」


「……ああ。約束しよう」


「疑わしいわね」


「俺が約束を破ったことがあったか?」


「あんたと約束するほど近しい関係だったことはあったかなってまず思うわね」


「そうだな、俺達はいつもそんな感じだった」


 零は、苦笑して体を起こす。


「これで、憂いなく戦える」


 迷いのない、すっきりとした目だった。

 その彼らしい在り方に、理恵は呆れて溜息を吐いた。


「勝手にやりな、ヒーロー。ヒロインはいつも泣かされるんだ。澪、あんたはこうなっちゃ駄目だぞ」


「理恵さん……」


 澪は、未練がましく零を視線で追っている。

 その手を引いて、家の中に入って扉を閉めた。

 避難する準備をしなければならないだろう。

 貴重品は、少ない。

 ただ、澪が一緒だと自分がしっかりしなければならないという気持ちになるのだった。


 澪を部屋に連れて行って、明日の朝食にと思っていた食事を電子レンジにかけて出す。

 そして、澪が食事を摂っている間に準備を進めた。


「澪」


「なに? 理恵さん」


 澪はまだぐずついている。


「私の子供になるか?」


「お父さんと結婚してくれるの?」


 澪が一転して表情を輝かせた。


「……それはやだ」


 理恵は苦い顔で言っていた。

 それにしても、因縁の間柄である。年を追うごとに、さらなる因縁で雁字搦めにあっている感がある。

 ただ、あいつが頼れる者が自分しかいないのならば、応えるのはやぶさかではなかった。

 こうして、木崎零は決戦へと向かった。

次回『優助と明日香と彗、真昼と月夜』

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