藤五郎と小豆
男は、空襲から町を守るために第四形態になった。
戦争に召喚獣はご法度。詠月は戦争に関与しない。その言いつけを破ったのだ。
結果、男は封印された。
自らを守る結界に囲まれつつ、その上から強制的な封印を受けた。
封印したのは、他でもない自分が愛し、守ろうと決めた友人達だった。
男は不安に陥った。
自分がいなくなって東京の町はどうなる? 恋人はどうなる?
そして、そこで一旦意識は途絶えた。
目が覚めると、夏だった。
周囲には焼け焦げた家だったものと大勢の術師。
嗚呼、やはり自分がいなければ駄目だったか。男はそう思った。
そして、自分を封印した友人達に怒りを覚えた。
「やあ、苦労しましたよ」
そう言って、少女が近づいてきた。
周囲には、やけに人がいる。封印に関わる術師達ということなのだろう。
「まさか封印跡地に家が建っているとは。買い取るのも破壊するのも手間というものです。詠月の管理も戦争が終わった頃に遡ると案外雑なものですね」
戦争は、終わったのか。その一言に、男は諦めに近い気持ちを抱いた。
こんな焼け落ちた家が残っているようでは、日本の未来は惨憺たるものなのだろう。
「君は……?」
「その前に、結界から出てきてくれませんか」
「嫌だ。どう処分されるかわからない」
「大丈夫ですよ。貴方は必要とされて外に出た。封印なんてしません」
「利用するだけ利用してまた封印しようというのか」
「今回のミッションが成功すれば貴方は無罪放免です」
「ミッショ……? なんだ?」
「ああ、英語ですよ。日本語に言い換えれば任務、かな」
「敵性語を使うとは何事か! 戦時中だぞ!」
男の大声に、少女は驚いたらしく竦み上がった。
少女は怯えたように数歩距離をおき、恐る恐る言葉を紡ぐ。
「戦争は終わったんです。東条藤五郎さん。武器による戦いは、経済による戦いに移りました」
男、藤五郎は、鼻を鳴らした。
「終わった、か。僕のいないうちに。知らぬうちに。苦楽も共に出来ずに。終わったか」
「ええ。戦後復興は大いに成功。日本は経済大国です」
「……日本という国はまだあるのか?」
「ありますよ。領土の幾つかをぶん取られましたが」
「そうか。さぞ皆気落ちしていることであろうな」
「いえ、むしろ戦争を忘れつつあります」
藤五郎は目を丸くした。あれだけ人員が動員され、国を焼かれ、それでもこの国は戦争を忘れたのか。
「数十年が経っているのですよ、藤五郎さん。それを考慮してもらわねば困ります」
藤五郎は、周囲にいた男達から服を手渡された。真新しい綺麗な洋服だ。
「それに着替えてください。今の時代の服です。今の貴方の服は、少々目立ちすぎる」
少女はそう言って、目を背けた。
男は、やむなく従う。そして、少女の様子を眺めて、呟いた。
「板を指でこするのが現代人の流行りなのか?」
「スマートフォンと言ってですね……そうですね、カルチャーショックを受けてもらいましょうか」
少女はそう言うと、綺麗に日光を浴びて輝く板を擦ったり叩いたりして操作した。
突如、板に猫の映像が浮かび上がって、男は飛び上がって背後に後退った。
結界が壊れた。
「なんだ、お前、魔女の類いか?」
男は叫び、身をのけぞらしてさらに後方へと移動する。
「召喚術師に魔女呼ばわりされる日が来るとは思わなかったあ……」
少女は、呆れたように言う
そうか、不思議な力と言えば自分も召喚術を使えたのだった。
少女は、手を差し伸べる。
「結界も解けたようですね。よろしくお願いします、藤五郎さん。私は、草薙小豆」
そう言って、少女は微笑む。
「……貴様、スカートの丈が短くないか? この戦時中に淫らな格好をして男を惑わそうとは、けしからん輩だ」
小豆はしばらく藤五郎をまん丸な目で見つめていたが、そのうち、呆れたように一つ溜息を吐いた。
「先程も言ったように、戦争は終わったのです、藤五郎さん。今は二千三十年代。そしてこれが、今の通常の服装なのです」
藤五郎はしばらく黙り込んでいたが、立ち上がると、少女の差し出した手を無視してもう片方の手で握っている板を取り上げた。
画面に動画が再生されている。それを、擦ったり叩いたりしていじる。
他の動画が再生されて、茶色の髪をした日本人が商品の紹介をしているのが映る。
「ほう……ふむ」
藤五郎は無闇矢鱈に操作していく。
様々な動画が移り変わり表示される。
「それ、スマートフォンって言うんですよ。電話もできます」
「なるほど……確かに僕は、未来にやって来てしまったらしい」
藤五郎は、呟くように言った。
「しかし、この焼けた家はなんだ? 空襲を受けたとしか思えんのだが」
「ああ、そこは私が焼きました。封印の解除に邪魔だったゆえ。戦争は終わっていますよ。そのうちわかります」
「なるほど、召喚術師の仕業か」
「理解が早くて助かるなあ。それで、協力ですが」
「断る」
藤五郎は、断言した。
「僕は皆を守ろうとした。その僕を、皆は封じ込めた。それが、今更助けてくれという。話がおかしいではないか」
「戦後数十年も経てば事情も変わるのですよ、藤五郎さん……」
小豆は、疲れたように溜息を吐いた。
「まあ、ついて来てください。事情は、おいおい話します」
そう言って、小豆は歩き始めた。藤五郎は、戸惑いながらその後に続く。
外に出て、目を丸くする。住宅街だが、和風家屋がない。ここは、未来の世界なのだと再実感する。
板を擦りながら歩いて行く者、スカートの丈が異様に短い者、様々な人間が唖然としている藤五郎を怪訝な表情で一瞥して去って行く。
「藤五郎さん、世界は、今、危機にあります」
「世界大戦で日帝が敗色濃厚であった頃も危機であった」
「その危機は遠の昔に過ぎました。あと、今は大日本帝国じゃなくて日本ですからね。そこの辺り危ないんで間違えないでもらえますか」
「ふむ。天皇陛下は健在であるか」
「代替わりはしましたが、天皇制度は続いてますよ」
「陛下をつけろ、戯け者が」
「天皇陛下の制度は続いていますよ」
小豆は疲れてきたらしい。溜息混じりに言った。
「よし、よし。女は素直であるべきだ」
「その発言も今の時代では差別発言として大いにバッシングされます。気をつけることですね」
「ふむ……?」
藤五郎は戸惑う。現代は、どうやらややこしいらしい。
+++
二人して、電車に乗る。
「これはいいなあ」
一転して、藤五郎は上機嫌になった。
日光を受けて輝くボディ。文字が流れていく電光掲示板。昔の時代にはなかったものだ。
「で、小豆よ、僕を何処に連れていく」
「貴方が若干心を開けるだろう相手の元へですよ」
「そんな人間は、もう残ってはいないだろう」
藤五郎は、窓の外、遠くを見ながら言う。
「聞けば、今は二千三十年代だという。苦楽を共にした友人も、愛した恋人も、生きてはいないだろう」
「藤五郎さん」
恋人の声が脳裏に響き渡る。
日々乃。藤五郎と、結婚を言い交わした仲だった。
「どうでしょうね。平均寿命も随分と伸びましたから。長寿大国日本です」
「経済大国、長寿大国、なにかと大国がつくのだな」
「不服ですか」
「いや、大いにいい。日帝の復興もそう遠くはないというものだ」
「日帝じゃなくて日本ですよ。アメリカと喧嘩して勝てるわけないでしょう」
「ふむ、憎き米国だが、この際は手を組むというのはどうだろう。時代も変わっているのだろう?」
「日帝じゃなくて日本です。戦争は終わりました、藤五郎さん」
小豆は、冷めた目で言う。
「日本は、平和な国なのです。軍隊も放棄しました」
「軍隊を放棄?」
藤五郎は目を丸くする。
「ならば、他国の侵略から誰が日本を守ってくれる!」
「自衛隊という組織があります。文字の通り、自衛する隊です。それに、沖縄に米軍の基地があります」
「よもや、自国の防衛を他国に行って貰っていようとは……」
藤五郎は目眩がした。
「アメリカの核の傘に入っていないと危ないですしね。なにかと逆らえない存在ですよ、アメリカは」
「核? 核、とはなんだ?」
「……知らないほうがいいでしょう。強い力を持つ兵器です。おいおい、原爆ドームにでも連れて行ってあげますよ」
「原爆ドーム?」
「歴史を学べる場所です。戦争は変わったと実感できるでしょう」
「ふむ……で、僕が封印を解かれた理由とはなんだ?」
それが、本題だった。
「今、西日本に巨大な主が現れようとしています。それは多くの召喚術師の才を持つ者、スキルユーザーの才を持つ者を吸収していくでしょう」
「主、なあ……」
藤五郎は腕を組んで、考え込む。
「解せんな」
「と言いますと?」
「主と言えば僕の時代にもいたが、妖怪のようなものだろう。第一形態でも容易く処理できたはずだ。それがでかいからと言ってなんの脅威がある?」
「第三形態でも傷つけられない主、と言えば脅威がわかるでしょうか」
藤五郎は黙り込む。第三形態。滅多にいない術者だ。
「つまり、僕の結界クラスの主が現れる、と」
「そうなります」
藤五郎は頭を抱えた。
「そんなものどう処理すると言うのだ」
「大丈夫です。味方にも第四形態を多数用意します」
「第四形態と言えば当主クラスでもいるか怪しい存在だろう?」
「それが、五人ぐらいは確保できているということで……」
「ほう……」
「総勢十五人の小隊。最後の一人が貴方です。藤五郎さん」
「味方する、と言った覚えはないのだがな」
「日本を守る戦いです」
それを言われると、藤五郎は弱い。
なので、揺れる自分を鼓舞する為に怒鳴った。
「なにが守る、だ。守ろうとして裏切ったのは誰だ!」
同じ電車に乗っていた人々が、戸惑ったようにこちらを向く。
その服装に、その髪型に、藤五郎の時代の面差しはない。
出てきてからずっとそうだ。藤五郎の時代の痕跡など欠片もない。藤五郎は、取り残された思いでいる。
「一般人に罪はないはずです」
「だがな……僕にだって、故郷があった。家族があった。恋人がいた。今の時代はなんだ?」
藤五郎は絞り出すように言う。
「こんな遠くに一人で連れてこられて、僕はどうすればいい? 友人の裏切りは非道と言えるのではないか?」
小豆は、答えない。
「全て、瞼の裏にしか残っていない。なんだ、この未来の国は。僕の時代は何処へ行ってしまったのだ!」
小豆は、答えない。
「僕も皆と共に知人達を守りたかった! 復興とやらに協力したかった! 皆と共に! それがその時代に生まれた者の権利と責任だろう?」
電車が止まり、扉が開いた。藤五郎の手を引くと、小豆は降りた。
「失ったものは戻りません、藤五郎さん」
「わかったようなことを言う。僕の気持ちが君にわかるとでも言うのか!」
「わかるとは言いません。しかし、貴方に見てもらいたいものがあります」
「なにを見せると言うんだ」
「斎藤日々乃さんが残したものです」
藤五郎は目を丸くした。
藤五郎が連れてこられたのは、喫茶店。そこで座って緊張して待っていると、彼女はやってきた。
藤五郎よりやや年上だろうその女性は、バッグを隣に置くと、藤五郎の向かいに座った。
日々乃の、面差しがあった。
「私が、斎藤穂子です。今日は、お祖母ちゃんの知人と会えると聞いて来たのですが……」
穂子は、戸惑ったように藤五郎を見る。
藤五郎は、目から涙が溢れてくるのを感じた。
あれ程探した自分の時代。それが今、目の前で脈づいている。
そう、時代は変わった。
けど、過去と今は地続きだ。
過去があるから、今がある。
その影響は、今に残っている。
藤五郎は、穂子の手を取った。
放つのは、かつて日々乃に言った言葉。
「僕を、君を守る盾にさせて欲しい」
「……は?」
穂子は少し怯えたように、そう返した。
わかってもらえなくても良い。
ただ、藤五郎らしく直向きであれば良い。
涙を拭って、藤五郎は穂子に微笑みかけた。
「いや、失礼。貴女があまりにも祖母御と似ていたので懐かしくなってしまった」
「はあ……お祖母ちゃんの知り合い、にしてはお若いですね?」
「事情があってね。作戦はいつ開始だ。小豆さん」
「三日後、深夜」
「わかった。ならば再び守ろう、僕は。詠月に逆らって、戦火から東京を守ろうとした時のように」
「私も参加します。共に、戦いましょう」
「ほお……」
「なんですか?」
「そのクラスの戦いに呼ばれる召喚術師なのかと思ってね」
「まあ、威厳がないとはよく言われることです」
小豆は苦笑して答えた。
穂子は、唖然としている。
「コールドスリープから目覚めた人なんですよ」
小豆が、穂子に微笑みかける。
「コールドスリープ?」
穂子が目を丸くする。
「SFの中の世界の話かとお思いかもしれませんが、世の中にはそういった技術がある。お祖母様の話でもしてあげてください。なんでも答えてくれると思いますから」
「ああ、日々乃のことならなんでも知っているつもりだ」
そう言って、藤五郎は胸を張った。
「じゃあ、誕生日」
「六月五日」
「趣味」
「裁縫と読書」
「好きな季節」
「冬。餅を焼くのが上手かった」
穂子は、しばし黙り込んだ後、小豆に訊ねた。
「……これって、ドッキリですか?」
「いえ、我々は大真面目です」
伝わらなくても良いと思う。
彼女がいるだけで、命を賭けるには十分だった。
今日中に最終章全話アップします。




