八神週子
十年前。天道衆は瓦解した。生き残りは各地に潜伏したが、カリスマを失った状況で分裂に分裂を重ねていき、その一部が解放戦線などになった。
月夜は、当時は違う名をしていた。ただ、天道衆がなくなったことで、保護者をも失ってしまっていた。
それを引き取ったのが、八神週子だった。
「あんたは夜を優しく照らす月で、月曜日。あんたは皆を明るく照らす真昼で、日曜日。二人並んでお揃いだ」
そう言った週子があんまり上機嫌だったので、警戒心もなにもかもを忘れたのを覚えている。
時々、夜になると、他の至宝の子供達のことを思って、寂しくて泣いた。
けれども、週子はそんな夜には隣で寝てくれた。
週子は変わり者だったけれど、優しかった。月夜の太陽だった。
その心臓に鎌が突き立てられてから、五年。
もう、週子と共にいた時間より、週子のいなかった時間のほうが長くなってしまった。
真昼と月夜は考えた。
明日香は、憎悪によって第四形態になった。
ならば、自分達にもそれが可能なのではないかと。
憎悪ならば、自分達も負けてはいない。
それを爆発させれば、第四形態への扉は開けるのではないかと。
それは、希望的観測だった。
けれども、二人共、週子への思いを信じていた。
そして、今、二人は、二体の死神と死闘を繰り広げている。
真昼の千鳥が放たれる。
空から剣が降り注ぎ、二体の死神に突き刺さる。
しかし、ダメージを受けた気配はない。
だが、刺さった剣が体の動きを鈍らせるだけでもしめたものだ。
月夜は大剣を振り上げ、死神の鎌を弾いた。そして、相手の腕に叩きつけた。
攻撃は止まらない。大剣で仮面を突く。
死神は顔を反らして回避する。仮面は欠けたが、割れるには至らなかった。
斬れない。
悔しい。届かない。
今日も、退かせるのが目一杯か。
そう思った時、死神は、仮面に手をかけた。仮面が二枚重ねだったかのように、一枚が落ちる。そこから、死神が新たに現れた。
底のない絶望。これを、他になんと表現すれば良いだろう。
今までは、手を抜かれていた。これが、相手の本気だった。
真昼の側の死神も、二体になっている。
一体だけで手間取った死神が、四体。
絶望的な状況だ。
苦戦の時間は続いた。それは、終わりを待っている時間に等しかった。終わりとはすなわち、月夜達の死だ。
真昼が胸を斬られた。回避しそこねた。
動きが思わず止まる。二つの鎌が襲い掛かってくる。
ここまでか。
そこで、気がつく。
いつの間にか、諦めてしまっていた自分に。
勝ち目はないのか?
いや、光明は、ある。
週子の死の瞬間を思い出す。
あの時の怒りを思い出す。
自分を第三形態まで引き上げた怒り。それはまだ、消えてはいない。
燻っていた炎が、燃え上がった。
その時、月夜は、真昼と自分の気持ちが重なっているのを感じた。
二人は日と月。並び立つ者。
月夜が、大剣を振るう。
二本の鎌の刃が、中央から切れて地面に落ちた。
二体の死神が退く。
その手に、新たな鎌が握られる。
「馬鹿な……至ったか!」
「そうね、至ったわ」
月夜は、大剣を構える。
真昼の側も、一体の腕を断ったようだった。
第四形態になって、もっと激しい感情が湧くかと思っていた。
けれども、心にあるのは、静かな確信だった。
それは、勝てるという確信。
死神二体の体が重なって、一体に戻る。真昼の側の死神も、同じようだった。
「漆黒より我はいでし者、漆黒から漆黒へと這いよる者。漆黒へと引きずり込む者……」
二体の詠唱が重なる。
月夜も大剣を引いて、唱える。
「花びらよ、集結せよ! 全てを斬り裂き咲き誇れ!」
「死属一刀」
「覇・桜花斬!」
光と闇がぶつかりあった。
光は徐々に押していく。闇を飲み込み、進んでいく。夜を照らす月明かりのように。
そして、死神の両腕は完全に破壊された。
死神は後方に退く。
もう一体の死神も、後方へと退いていく。
その両者の動きが、止まった。
後方に、白い光がある。
後方に、格子状に編まれた炎の縄がある。
それが、二体の後退を躊躇わせた。
「それでこそ俺の相棒だ!」
彗の頭を撫でる優助の姿が見えた。
「ま、待て……!」
「花びらよ、全てを貫き咲き誇れぇ!」
月夜は大剣を引く。その刀身には輝きがある。
「天から降り注ぐ鉄槌よ、悪なる者に裁きを!」
真昼の詠唱と共に、光り輝く巨大な剣が、空中に現れる。
そして、月夜は大剣で死神の仮面を突き立てた。
「突・桜花斬!」
「鬼神の鉄槌!」
光が走った。
二体の死神の仮面の中央に穴が空き、そこからヒビが広がっていく。
そして、仮面が砕け去った後には、なにも残らなかった。
「勝った……?」
月夜は、呆然と立ち尽くして言う。
真昼が真顔で歩いてきて、月夜の頬をつねった。
「いったいわね、なにすんのよ!」
月夜は、真昼の頭を叩く。
「いやな、どうにも夢じゃないらしい。第四形態に目覚めた辺りから出来過ぎだとは思ったが、こんな現実もたまにはあっていいらしい」
「馬鹿ね」
そう言って、月夜は真昼の頭を抱いた。
歓声を上げながら、仲間達が駆け寄ってくる。
今日は、祝杯をあげたいような、そんな夜だった。
しかし、年長者として浮かれているわけにはいかない。
「はいはい、主狩りに戻るわよ。私と真昼は第四形態の使い方を忘れないように念入りに戦うからね」
「はあい」
彗が答え、皆が学校へと戻っていく。
それを見て、月夜は涙が流れ出すのを感じた。一度流れると、それは中々止まらず、嗚咽がこみ上げてくるのを必死に堪えた。
真昼は無言で、頭を抱きしめてくれた。
次回『優しい夢を見るために(完)』




