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スキルユーザーは優しい夢を見る  作者: 熊出
水鏡慧編

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妄執

 明日香の封印を解いて素知らぬふりをしていたらどうだろう。

 そんなことに気がついたのは夏の盛りのある日のことだった。

 誰も優助が封印を解いたとは気付かない。明日香の消えた封印の抜け殻だけがそこに残る。

 なにより、先守の跡継ぎを誰が裁けよう?


 そう思ってしまうと、それは妄執となって優助を襲った。

 明日香には、もっと色々な気分を味あわせてやりたかった。お菓子が美味しい、花火が綺麗だ、そんな些細な事でいいから感じさせてやりたかった。


「……その考えは良くないな、優助」


 ある日、テーブルに向かって考え込んでいると、ベッドに座ったセレナが言った。


「心を勝手に読むな」


「それぐらい、優助の気持ちが強いということだよ」


 淡々とセレナは言う。


「君は変わった。以前の君は、大樹のような安らぎを与えてくれた。けど、今の君は失うことに怯えて風に揺られる柳のようだ」


「お前は俺の部下だ。俺が心を読むなと言ったら読むんじゃない」


「……だだ漏れになってるんだもの」


 セレナは読んでいた本に視線を落とし、それきり黙り込んだ。


「私も、最近の優助はおかしいと思う」


 彗が、様子をうかがうように、淡々と言った。


「時々、凄い怖い顔をしてる」


 優助は意表を突かれた思いだった。家庭を守るか親友を救うかの板挟み。その葛藤が、表面に出ているのだ。


「彗は相変わらず良く見ているな」


 優助は苦笑する。


「コンビだからね。それは見るよ」


「ビジネスライクなコンビで行こうぜ。仕事だけはきっちりこなそう。私生活は別だ」


「と言っても、同居してるんだからプライベートなんてだだ漏れだよ」


 彗の言い分が尤もなので、優助は反論の言葉を失う。


「ゲームでもやろうか」


 スカーレットが言う。

 その日は、四人でゲームに興じた。

 そして、全てが終わった後、彗が言った。


「優助は、画面を見ているようで、そのもっと先を見ているね」


「人相占い師にでもなれそうだな。鋭いよ、お前」


 優助は、心ここにあらずの状態でそう返した。



+++



 仕事が終わり、朝が来る。

 優助は、なんとなく、道を歩いていた。空港への道を。

 祖父も、こんな調子でふらっといなくなったのかな、なんてことを思う。

 そんなことはないだろう。祖父は責任感に溢れた人だった。

 なら、自分は、責任感がないのだろうか。

 家族を守ることを忘れ、親友を自由にすることに天秤が傾きかけている自分は無責任ではないだろうか。

 そんなことを思う。


 けど、明日香の顔が見たかった。

 明日香と笑いあいたかった。

 明日香を自由にしてやりたかった。

 優助の中で、明日香の占めるウェイトはとても大きかった。


 無言で歩き続ける。彷徨うように歩き続ける。

 日光とアスファルトの熱気で溶けてしまいそうだった。意識も、ぼんやりとしていた。


 その時、強い風が吹いた。

 涼やかな風に、目を細める。

 そして、背後から自分を抱きしめる小さな体に気がついた。


「……どうした、彗」


 もう、確認しなくてもわかる。背丈と体格だけでわかる。彗が、止めるように優助を抱きしめていた。


「置いてかないで」


 彗が、淡々とした口調で言う。


「ちょっとした、散歩だ」


「空港までの?」


 全てバレている。優助は、黙り込む。


「せっかくコンビになれたんだよ? 将来は私に合う"キー"を先守の保管庫から見つけてくれるんでしょう?」


 優助は、返事をしない。


「家族はどうなるの? 夫と父がいない生活を奥さんにさせるの?」


 優助は、返事ができない。

 そのまま、無言で二人は立ち尽くしていた。

 車が数台、道を走っていった。


「ありがとう、彗」


 前を向くのをやめて、優助は彗に振り返る。


「ちょっと冷静さを失ってた。もう、大丈夫だ」


「うん」


 彗は頷いて、目尻の涙を拭く。


「……本当に大事なんだね、相棒のこと」


「多分、一生を振り返って、あいつほど深く付き合った奴はいないよ」


「じゃあ、私を二番目に置いて」


 彗は、淡々とした口調で言う。


「私は、優助の前からいなくならないから。大人になっても、良い友人で居続けるから。だから、私を二番に置いて」


 優助は、しゃがんで彗の頭を撫でた。


「拐われかけた癖に」


「五月蝿いよ」


 不機嫌そうに言って、彗は振り返った。


「帰ろう」


 そう言って、彗は歩いて行く。


(明日香。友達ができたよ。変な奴だけど、まあ上手くやってるよ)


 空を見上げる。入道雲が浮かんでいた。


(いつか、お前に紹介できるといいな……)


 そう、優助は祈った。

 その時のことだった。人が車以上の速度で駆けてきて、彗に首輪のようなものをつけて抱きかかえた。

 そして、そのまま去って行く。

 一瞬のことだった。


 優助も、慌てて第三形態になり、その後を追う。

 速度では劣っていない。


「こちらのスキルは槍だ! ここからでもお前を狙えるぞ!」


 優助は叫ぶ。実際には彗が危ないからできないことだ。しかし、脅しにはなる。

 男は、足を止めた。


 優助は追いついて、槍を構える。

 力が湧いてくるのを感じる。もう失うものかと、抗う力を感じる。


「解放戦線の残党か」


「……解放戦線最後の第三形態。それが俺だ」


「なら、お前を潰して今日で終わりだな」


「逆だよ。お前とこの娘の二人を人質にして、囚われた仲間を解放させる。今日が解放戦線の始まりの日だ」


「そうかい!」


「この娘の命が惜しければ投降しろ。なに、丁重に扱うさ。悪くはしない」


 そう言って、男は彗の体を持ち上げると、短剣を召喚して頭に突きつけた。

 彗はスキルが使えないようだ。また、あの呪具だ。


「そうかい。スキル無しがお望みかい」


 優助は、呟いて、手から槍を消す。そして、一歩を踏み出した。

 その時、彗が男の手に噛み付いた。

 すぐに振り払われるが、その時、彗に短剣で狙いはつけられていなかった。

 それが、隙となった。

 光が周囲を包む。


 優助のスキルが発動したのだ。

 無効化の光。全ての召喚術もスキルもこのスキルの前には意味をなさなくなる。

 銃が消え、男は困惑したような表情になる。

 彗が再び噛み付く。第三形態の効力である肉体の硬化を失った男は、そのダメージをありのままに受ける。


「いてぇ!」


 男が、彗に手を振り上げる。

 その間、優助への注意は向けられていなかった。

 優助は接近し、相手の脇腹に拳を叩きつける。

 男は唾液を吐いて、蹲った。

 その顎を蹴り、上を向いた頭を踏んで地面に叩きつける。

 そして、男は無力化された。


「明日香のいない今、純粋な体術だと俺がこの県で最強だ。無謀な挑戦だったな」


 彗が男の服を漁り、"キー"を見つけ出す。

 そして、優助に抱きついてきた。


「もう、光を解いて大丈夫」


 優助は、彗につけられた首輪を取ろうとする。


「また、助けられたね」


 彗が、悔やむように言う。


「けど、拐われなかったから結果オーライだ」


「私と、私を守るって約束と、二つを優助は守ってくれた」


「お前が噛んで奴の意識を逸らしてくれたからだ」


「もっと強くなるよ、私は。そして、必ず優助の傍にいる……」


「そうだな……」


 情けないと思っているのだろう。彗は、泣き始めた。

 その頭を、優助は撫でた。


「仕事で背中を預けるなら、お前が二番目だ」


 その一言で、彗の涙腺は決壊したようだった。

 泣き声が車道に響き渡る。


「それにしても拐われすぎだ、お前。ちょっと鍛えてやろうか」


「うん、鍛えて。私、強くなるから。絶対に優助の前からいなくならないほど強くなるから」


 優助は、彗の頭をもう一度撫でた。

 なんで気づかなかったのだろう。

 相棒と呼ぶには頼りないが、可愛らしい後輩ではないか。



+++



「経歴見たけど、結局解放戦線一人で壊滅させたようなもんじゃないの?」


 ベッドに寝転がってノートパソコンを操作しながら、月夜が言う。


「これは恨まれるぞー」


「恨まれるもなにも、既に狙われています」


 優助は淡々とした口調で返す。


「それもそっか。ピーチ姫みたいに拐われてる子がいるしね」


「誰のことです?」


 彗が不機嫌そうに言う。


「誰だろうねー」


 月夜はとぼけた調子で言う。


「私も恨まれている。他の当主候補を出し抜いてその座についたから」


 彗は、いつものぼんやりとした口調で言う。


「優助」


 彗が、優助を見て口を開く。


「なんだ?」


「守ってくれるんでしょう?」


「ああ。約束だ」


 彼女を守ると誓った。それは、優助の揺るぎない本心だ。


「なら、キスして」


 空気が凍った。その場にいた全員の視線が彗に向く。

 彗は、手の甲を優助に向けていた。


「相棒には至らなくても、仕事上のコンビだと認めるって誓いを込めて、キスして」


 優助は、苦笑した。

 仕事上のコンビとしては、彗は申し分ない。

 優助は、彗の手の甲にキスをした。

 彗は微笑んで、優助と握手した。


「これでコンビだね、優助」


「まあ元からコンビだったけどな」


「一緒に背中を守り合おう」


「……ああ、そうだな」


 どうしてだろう。彗に、明日香の面差しが重なった。

 気の迷いだと、優助は首を横に振った。


 けど、こうも思う。

 明日香には、こんな背伸びをさせ続けていたのかもしれないな、と。

 また再会できたなら、そんな話もしてみたかっった。


 新しいコンビがいる。今は彼女のことを第一に考えよう。そう判断して、優助は元相棒に心の中で詫びた。





次回『死神の判断』

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