先守家の跡継ぎ会議
「可愛いだろー」
「可愛いね……」
彗と優助が同じベッドに寝転がってスマートフォンを眺めている。
画面には、立ち上がって歩く赤ちゃんの動画が写っている。
「こっちも可愛いよ」
彗が自分のスマートフォンを操作する。猫の写真が表示された。
「おー、野良猫かー」
「失礼な。昔家で飼ってた猫だよ」
「昔?」
「今は亡くなりました。腎臓病」
「そっかあ。彗ってどんな子供だったんだ?」
「活発で友達も多い子供だったよ」
「ダウト」
「本当だよ。今みたいになったのは、試練を受けてから」
「試練?」
「私に適合する"キー"がなかったんだよ」
優助は黙り込んだ。召喚術師の一族としては重い事実だ。
「だから私は長いこと埃を被っていた。スキルユーザーとして日の目を見るまでは」
優助は、無言で彗の頭を撫でた。
彗は表情を緩める。
「ふふ、なに?」
「いや、苦労したんだなあって。俺が先守の当主になったら、先守の倉庫からも適応する"キー"がないか探してやるよ」
「同情は嫌い」
彗は、拗ねたように言う。
「私は自分の足で立って歩けるようにって決意したんだ。あの時から」
「まあ誘拐されたけどな」
「耳が痛い」
「随分仲良いのね~」
スカーレットが、隣のベッドで寝転がって呆れたように言う。
「同僚だからな」
「相棒ではないんだ?」
「仕事だからな」
「封印された人は相棒って呼んでるのに。私、優助のそういうところ嫌いだな」
「それを言われると弱いけど……怖いんだ。また、失うことが」
「お前は俺が守る」
彗は、優助の口真似をして言う。
「そう言ったのは誰だったっけ」
「無責任なことを……」
セレナが呆れたように言う。
「優助もまだまだ若いねえ」
「んだんだ」
「スカーレットと意見が合うのは面白くないけどね」
「んだんだ、まったくだ」
彗を守ると言った。それは事実だ。しかし、守りきる覚悟があるかというと、怪しい。
あれはあの場の勢いで出た台詞だ。
責任を取れと言われたら困る。
しかし、彗はそう言わんばかりだった。
「……守るよ。自信はないけど」
「自信、ないの?」
「俺は何度も、失ってるからな。ぐるりぐるり巡って原点回帰したような感じだ。守るって」
「そっか。あてにはしないでおこう」
「努力はするよ」
「随分仲が良いのね~」
スカーレットが、再び呆れたように言う。
「兄妹みたいだろ」
「恋人みたい」
「馬鹿言え」
優助の言葉に、彗不服気な表情になった。
どうしてそうなるのだろう、と優助は思う。
そんな時のことだった。
秘密の部屋の扉を開けて、月夜が降りてきた。
「優助君、本家へ帰りなさい」
「出てけつったり戻れっつったり勝手な家だなあ……」
「事態は深刻よ」
月夜は、真顔で言う。
「哲三氏が、失踪した」
優助は絶句した。
先守の柱にして先守最強の召喚術師。
その足取りが追えないという。
まさに、青天の霹靂だった。
+++
飛行機に乗って、優助は地元に帰った。彗も一緒だ。
優助の家族を見たいと言って無理を言ってついてきたのだ。
「ここが優助の育った場所かあ」
飛行機から降りて、彗が言う。
早速写メを撮っている。
「俺の住んでるところはもっと田舎だ。バスに乗って電車に乗ってやっとつく場所」
「田舎育ちだから足腰強いんだ」
「それは修行したからだ」
淡々と会話を交わし、移動する。
優助は、心ここにあらずだった。
哲三は、いつも頼りになる存在として優助に認識されていた。それが、もういないという。
召喚術師の家というのは一寸先も見えないものだな、と思う。
数十分をかけて、家についた。秋奈が出迎えてくれた。傍には、見知らぬ男性がいる。
「優助、お帰り」
「秋奈さん、その人は?」
「護衛よ。私も護衛がつく身になったってこと」
嘆くように秋奈は言う。
「この人は?」
彗が、服を引いて聞いてくる。
「俺の叔母さんだよ。母親の妹だ。秋奈さん、お祖父ちゃんがいないって?」
「最後に、大事な話をしてくると言って人払いをして、それきり。影も形も見えないわ。優助、その子は?」
「私は、優助の相棒です」
「……まあ、俺にも護衛がついてるってわけだ。水鏡の跡継ぎだよ」
「あら、水鏡の。可愛らしいお嬢さんじゃない」
彗は、優助の背後に隠れた。
人見知りらしい。
「まあ、というわけで、臨時の代理を決めなければならないわけ」
「祖父ちゃんの仕事って、会社に詠月関係の仕事だろ? 俺、わかんないぜ」
「そこは私がフォローするわよ。将来的にはしなくてはならない仕事だわ」
「気が重いなあ……」
まずいな、と優助は思う。秋奈は、優助を臨時の代理に決めているようだ。
「秋奈叔母さんがやれば?」
「私は器じゃないわ。熱意もなければ義務感もない」
「なら、僕に任せるのが一番だと思うのだがね」
そう言って、階段を降りてきたのは、智也だった。
「私は直感的に貴方が嫌いなのよ」
秋奈はそう言って、そっぽを向いた。
「嫌われたものだな。秋奈ちゃんは昔からそうだ。苦労させられたものだよ」
智也は苦笑する。
「父さん。祖父ちゃんの痕跡は本当にないのか?」
智也はしばし優しい表情で考え込んでいたが、そのうちその顔に影が差した。
「ああ。痕跡一つない。誘拐にしては犯人からの要求もない。失踪したという表現が近いかもしれない」
「父様が失踪だなんて、万が一あるわけがない!」
秋奈が叫ぶ。
「表現だよ、表現。秋奈ちゃん、そう噛みつかないでくれ。ともかく、夕食の後に会議をしよう。先守家全体でこの危機を乗り越えなくてはならない」
そう言って、その場は解散となった。
+++
「可愛い!」
彗が珍しく目を輝かせている。
冬音が抱いている秋悟を目にしたのだ。
「優助を護衛してくれているそうね。ありがとう、彗さん」
「いえ。私は優助の相棒だから」
「相棒……?」
冬音は、怪訝そうな表情で優助を見る。
「自称だ、自称」
「仕事で組んでるのは事実でしょ」
「そうだけどな」
「私を守ってくれるとも言った」
「そ、そうだけどな」
冬音の表情が段々胡散臭気なものになってくる。
「明日香がいなくなって早々にこれか……優助みたいになっちゃ駄目よ、秋悟」
「誤解だ」
事実しか言われていないのだけどなにか決定的な誤解が生まれている気がする。
「祖父ちゃんは、本当に?」
「先守家への宣戦布告の可能性もあるって、私も仕事休ませられてるわ。厳戒態勢ってわけ」
「そっか。お前、普段は働いてる時間だものな」
「いいのかなって思う。お祖父ちゃんがいなくなって、動揺する間もなく代理決めなんて」
「必要なことだ」
「理屈ではわかるのよ。けど、感情的にね」
冬音の手を握る。
「秋悟を見ててやってくれ。お前の氷帝しか今は縋るものがない」
冬音は苦笑する。
「母さんも里美さんも召喚術師だわ。心配することはないわよ」
「まあ、そうなんだけどな……」
彗と、テラスに出た。
「時間が流れるってことは、失うってことなんだろうか」
優助は、呟くように言う。
「……得るということでもある」
彗は、迷うように、ゆっくりと答える。
「時間が流れなければ、全ては止まったまま。得ることもできない。私は時間が流れて、スキルを得た」
「そうさな」
「だからそろそろ、私も貴方の得たものリストに入れてほしいんだけれどね」
彗は、ぼやくように言う。
「……お前は物じゃないだろう」
「大人の理屈は嫌いよ」
そう言って、彗は頬杖をついた。
+++
いつもは哲三が座る当主の席に、今日は智也が座っている。
先守家の本家の一同がそれぞれの席に座っていた。
「代理に関しての会議をしたいと思う。これは、あくまでも代理だ。跡継ぎではない。そこを念頭に入れておいて欲しいと思う」
智也が、立ち上がってそう主張する。
「優助に一票」
とは、秋奈。
「いつかは優助が跡継ぎになる。今から仕事を覚えるのも悪いことではない」
「しかし、それは自由を奪うということだ。この若い青年に先守という家を抱えさせるのか?」
「そこは私がフォローするわよ。お父様のフォローだってしてた。問題はないわ」
「私は智也さんに一票……」
とは、夏樹だ。
「今の優助は感情的に過ぎる。冷静に事態を処理できる貫禄はない」
「それは資質を疑う発言だわ」
「忌憚なき意見を述べる場だろう?」
秋奈が咎めるように言い、智也がフォローする。
「私は、無効票。どちらにしても、辛い道だわ」
とは、春香だ。
「同票だな」
智也が、納得したように頷く。
「優助は、どう思う?」
智也に見つめられて、優助は考え込む。そして、自分の意見を述べた。
「俺には、守りたいものがある」
優助の言葉を、皆、聞いていた。
「それは日常の些細なものだったり、些細な知り合いだったり、些細な一ピースなんだろうと思う」
優助は、立ち上がる。
「当主になったら、そんなものを見ている暇はないよね」
智也と夏樹が頷く。
「……そうさね」
秋奈は頬杖をついて、溜息を吐く。形勢不利と見たのだろう。
「当主になれば、明日香は帰ってくる?」
「難しいでしょうね。六家の総意で封印されているわけだから」
「なら、俺は皆の日常を守りたい。そのために現場の一兵でありたい。それが、俺の判断だ」
「その考えは、将来的にはあらためなければならない」
智也は、重々しい声でそういった。
「ただ、お前は若い。今のお前がそう判断するなら、代理を任せるのは酷だろう」
智也は、テーブルに手を置いた。
「先守哲三不在の間の当主代理は、この先守智也が務める」
拍手が鳴り響いた。秋奈も投げやりに拍手をしている。
解散した時、秋奈が囁いた。
「貴方、跡継ぎの権利を簒奪されたようなものよ?」
「いいさ。俺には家なんてものは荷が重すぎる」
「……そうね。貴方の成長を待つか」
そう言って、秋奈は小さく溜息を吐いた。
+++
冬音を抱きしめる。
匂いを忘れまいとするかのように。
「仕事があるから、帰るよ。また電話しよう」
「いいわよ。お互い、日常があるわ」
子供ができて落ち着いたのか、はたまた遠距離恋愛に慣れ始めたのか。
二人は以前ほど電話をしなくなっている。
「愛してる」
「知ってる」
冬音は苦笑してそう言うと、優助の唇にキスをした。
彗がぼんやりとそれを眺めている。
「祖父ちゃんが見つかったらすぐに連絡をくれ」
「わかってるわ。秋奈さんが言ってた。私が生きてる間に当主になってくれってさ。死んだらフォローもできないからって」
「あの人も中々執念深いなあ」
「優助に期待してくれているのよ」
「それじゃあな」
秋奈の運転する車に乗って、家を後にする。
今日の秋奈は、無言だった。
先守家の当主代理は智也に決まった。
次回『妄執』




