喪失
「ちょっと自販機にコーヒー買いに行ってくる」
「すぐに戻れよー」
そんなやり取りをして、彗は去って行った。
退屈な夜の主退治。眠気も溜まるというものだ。
十分間、一人で主を狩った。
背中を守ってくれる人がいないから、駆け足で前方の敵を排除していく。
流石に遅すぎる。そう思って、彗のトランシーバーに連絡をした。
「こちら先守優助。水鏡彗の帰りが遅いように思うんだが」
「こちら月夜。彗ちゃん単独行動してるの?」
「自販機に行くって言ったから行かせた」
「気になるわね……」
そう言われると、胸がざらつくような感触があった。
「ちょっと、確認してきてくれる?」
「わかった」
優助は主を消滅させながら駆けて行く。
そして、自販機の前で、落ちているトランシーバーを発見した。
「こちら優助。彗のトランシーバーだけが落ちている」
知らず知らずのうちに、声は悲鳴のようなものになっていた。
「主に食われたか……?」
真昼が、呟くように言う。
「不吉なことを言わない! 周辺を確かめてみて!」
スマートフォンをライトにして、周辺を照らす。彗の、靴が落ちていた。
「彗の靴が落ちてる」
「主なら服ごとぱくりよ。これは、誘拐を考えたほうが良さそうね」
優助は早鐘のように心音が鳴るのを感じた。
「私は、いなくならないから」
そう言った、彗の淡々とした表情を思い出す。
(嘘はつくなよな、彗……)
優助は、祈る。
いつの間にか、彗に親近感を覚えている自分に優助は気がついた。
+++
彗は、車の中に押し込められて、移送されていた。
つけられた首輪のせいだろうか。スキルが上手く使えない。使おうとしても、形にならない。
「"キー"もない。どうやら召喚術師ではない。となると、年齢を鑑みても水鏡彗だろう」
車の助手席にいる男が呟くように言う。
「我々解放戦線は前回のミスト誘拐の失敗で多大な痛手を負った。これは、捕縛された味方を開放させるチャンスと言えるだろう」
「しかし、こんな小娘が本当に水鏡の後継者なのか? あまりに容易かったぞ」
「呪具があってのことだ。見くびらないほうがいいだろう」
彗は、自分の体から離してスキルを使うのが苦手だ。
炎のスキルユーザーの初歩である火球を放つこともできない。
しかし、このままでは誘拐される。
優助を裏切ることになる。
ふとした時に見せる、優助の寂しげな目を思い出す。
あの顔を、あれ以上曇らせるわけにはいかない。
イメージするのは、この前見た花火。
彗は火球を打ち上げる。高く高く空へ。
男達は、それにも気が付かずに、警戒しつつ会話を楽しんでいた。
+++
「楓さんが火球が空に打ち上がったのを確認した」
そう言って、月夜は方位磁針を見てから車を発進させる。
「ある程度近づけて。そうすれば、私のスキルで位置は感知できる」
そう言ったのは、セレナだ。
学校を真昼とスカーレットに任せ、優助達は車で誘拐犯を追っていた。
「ちょっと飛ばすわよ」
そう言って、月夜は車にパトランプをつけて、アクセルをベタ踏みした。
みるみるうちに周囲の光景が後ろへ流れていく。
赤信号も無視して、月夜は夜の道を車で駆けていく。
「優助もやってみて。優助の光でも、それは可能なはずだから」
優助は祈るように、スキルを使おうとする。そして、ふと気がついた。
「そしたら、お前も成仏するんじゃないか?」
「大丈夫だよ。私の呪いは深い階層にある。普段の優助の能力ではその階層までアクセスできない」
「それに、治癒の光と無効化の光があるでしょう? 使い分けなさい」
二人に言われて、それもそうだと優助は納得した。
どうやら、焦っていて判断力に欠けているらしい。
目を閉じて、祈る。
光が、町を覆った。
いつもよりアクセスする階層は浅く。しかし、その分広く。
「見つかった!」
優助とセレナが異口同音に行った。
「そのまま直進!」
「ニキロ先!」
「あいよ!」
月夜は次々に車を追い抜いていく。
「あの赤い車!」
そして、セレナの言葉に従い、赤い車の前に急停車した。
助手席から、男が第二形態以上の速さで逃げていった。
優助は、車を無理矢理にでも発進させようとしている運転席の男の頭を槍で貫く。
呼吸が、乱れていた。
この感情は、怒りだ。
後部座席の二人は手を上げて投降の意を示した。
「"キー"を放棄しなさい」
月夜が大剣を杖のように構えて言う。
二人は、慌ててポケットからアクセサリーを投げ捨てた。
そして、彗が優助に抱きついてきた。
「ごめんね、優助! 約束守れなくって、ごめん……」
彗は涙で震えている。それを、優助は優しく抱きしめた。
「お前は、もう欠けちゃならない俺の日常だ。お前は、俺が守る。」
彗は、小さく震えた。そして、優助を抱きしめる力を強めて、大声で泣いた。
初めて、彼女が年相応の態度を取ったのを見た気がした優助だった。
+++
「こんな所に呼び出してなんの用ですか、お義父さん」
先守哲三は、娘婿である智也を呼び出していた。
「いや、の。少し話があってな」
哲三は背を向けていて、表情は見えない。普段通りの口調のようには見える。
「先日完成したばかりのスキル封じの呪具。それを、解放戦線如きが所持していた」
「情報の漏洩、ということですか」
「そうなるの」
「それで、僕を疑っていると?」
話の趣旨は掴めた。智也は安堵する。
「それなら疑うべきは水鏡でしょう。急な当主候補の変更に怒っているのはあの家だ」
「その言い分、尤もじゃ」
哲三は、頷く。
その手が、二枚の写真をテーブルの上に置いた。
指輪の写真だ。どちらも、同一の物に見える。
それを見て、智也はチェックメイトという言葉を思い浮かべた。
「これは優助の住んでいる地で起きた、洗脳された銃使いが暴走した時に使われた"キー"じゃ。当家の倉庫から紛失したものと酷似しておる」
「……よく、あれだけのアクセサリーの一個を覚えておられるものです」
「優助をあの地に修行のためにと送り出したのもお主じゃったな。確かに、優助は八神の子らに守られ、強く成長した。しかし、何故ネームレスはその足取りを追えたんじゃろう」
哲三が、振り向く。
「我が家に、裏切り者がいるとしか思えんのじゃよ」
さざなみのように静かな、悲しげな目をしていた。
「それで、私をユダだと?」
「秋奈には動機がない。春香と夏樹にそんなことを考える頭はない。里美にそんな権限はない」
哲三は、手を前に差し出した。
「お前しか、おらんのじゃよ……」
哲三は悲しげに目を細める。
「跪け」
智也は回避しなかった。哲三の磁力攻撃をそのまま身に受けた。その上半身は床とくっつき、無様に倒れた形になる。
「お前の能力は近い未来の予知と剣じゃったな。ワシには勝てん。"キー"を渡してもらおう」
「そうですね。僕の召喚獣じゃお義父さんには勝てない……召喚獣では、ね」
「なに?」
哲三が訝しげに目を見開いた。
次の瞬間、哲三は後方へと吹っ飛んでいた。
智也は何事もなかったように立ち上がり、服の埃を払う。
「お義父さん。これが僕のスキル、雷帝です。電撃の前に人間はあまりにも無力だ。優助のスキルと双璧を成す最強のスキルと言えるかもしれませんね」
「ぐ……ぐぐ……」
「眠ってください、お義父さん。なに、世代交代が少し早まっただけです」
「お前は……明日香を封印させ……なんとも……思わず……」
「お休みなさい、お義父さん。目が覚めた時には、より良い世になっていることを」
電撃が走り、哲三は意識を失った。
「さて……」
智也は呟く。
「後は厄介なのは秋奈か。しかし、僕には結果が見えている」
そして、哲三の体を背負うと、窓から外へと軽やかに移動した。
この日、先守家は大きな柱を失った。
次回『先守家の跡継ぎ会議』




