私の大好きなあいつ
優助が目が覚めたのは、事件から三日後の昼だった。
起きてもなお頭痛がする。脳みその普段使わない回路をフルに使ったような、そんな感覚がある。
「はい、水」
明日香がそう言って、コップに入った水を差し出してくれた。
それを、飲む。
水の冷たさが頭痛を若干和らげてくれた。
「これからもこんなことが一杯あるんだろうな」
優助は、ぼやくように言う。
「例えば?」
「俺は酒を飲みすぎてお前に水を飲ませてもらう。付き合いの良い俺はついつい飲みすぎてバテるんだ」
「あははは、そうだね。そういう未来もあったかもしれないね」
「含みがある言葉に思えるな」
「ないんだよ」
明日香は、淡々と言った。
「そういう未来は、ないんだよ」
明日香は、普段通りの明るい調子で、非常な宣言をした。
「どうしてだよ……お前、俺が嫌になったのか?」
「第四形態の力を持つ私は危険視されて、大地に封印されることが決まった。執行日は二日後」
「そんな馬鹿な! お前なら、力を正しいことに使えるはずだ!」
「優助、私ね」
明日香の目に、不意に怜悧な光が宿った。
「お母さんを、殺したんだ」
沈黙が部屋に漂った。
ただ、明日香が取り返しのつかない場所に行ってしまったことは、おぼろげにわかった。
「二日か……」
「殺した理由は聞かないんだね、優助」
「嫌いか?」
「いいや。汲んでくれてるってことだろう。好きだよ、そういうの」
優助は苦笑した。
「帰ろう。本家へ」
「そうだね。最後に過ごすのならば、あの地かもしれない」
そして、二人は月夜達に事情を話して、その日のうちに飛行機で発った。
到着して、なんとなく徒歩で家へと向かう。
「なんか、なにもかもが懐かしいわ。ここは私の思い出の地。私が過ごした地」
「思春期の間をずっと過ごしたんだものな」
「そうだね……」
そして、明日香は歩みを止めた。
「本家には、やっぱり行けない」
「どうしてだ?」
「私は母殺しの女よ。そんな奴が、いていい場所じゃない」
優助は黙り込んだ。
それは、明日香の作り出した負い目だ。優助の言葉でどうなるものではない。
だから、優助は戯けた調子で提案した。
「駅にでも泊まるか」
「うん、それもいいね」
駅の待合室で、二人して自販機のジュースを買う。
そして、飲んだ。
「懐かしいね、ここ」
「そうだな。ここへ来たのはミスト事件以来か」
「新聞部の子がいてさ」
「学生証偽造しててさ」
「無茶したよねえ、私達」
「そうだな」
明日香は、ジュースをもう一本買うと、駅の入口で待っていてくれている秋奈に持っていった。
秋奈は、なにも言わずに明日香を抱きしめると、ジュースを受け取った。
「楽しかったよね、この六年間」
「ああ、楽しかった」
「一人だけじゃ、無理だった。二人だから、頑張れた」
「そうだよ。お前がいない何でも屋なんて、考えられねえよ」
最後の方は、声が涙で滲んでいた。
「好きだったよ、優助」
「知ってた」
「そっか」
明日香は小さく笑うと、優助の傍にやってきて、唇にキスをした。
「さようなら、私の大好きな人」
優助は、明日香を抱きしめることができなかった。それは、冬音に対する裏切り行為だからだ。だから、頭を軽く撫でた。涙目になりながら。
そして、明日香の封印の日がやって来た。
場所は本家がある市の山奥の公園。霊脈の流れが安定しているからだそうだ。
数人の白い和服を着た術師が円を作る。その中心に、明日香はいた。
優助は考える。
ここにいる人間全てを倒して明日香を救えることができたらどれだけ良いだろう。
しかし、詠月を敵に回し、妻子を捨てるなんて選択肢、優助にとりようがない。
「ねえ、優助。非常事態になれば、私は正義の刃として封印を解かれるんだって」
明日香が、明るい口調で言う。
「案外、すぐ出てこれそうな気がするんだ」
そう言って、明日香は悪戯っぽく笑った。
円状の光が、空へと伸びていった。
それが消えた時、明日香の姿は何処にもなくなっていた。
「好きだったよ、優助」
明日香の声が、脳裏に蘇る。
「あああああ……あああああああ……!」
優助は、泣いた。
なにもできなかった自分が不甲斐なくて、ただ、泣いた。
冬音は、そんな優助の肩をそっと抱いた。
優助の嗚咽が、しばらくその場に響いていた。
「くそう……縁起でもねえ予言をしやがって……」
優助が、それを思い出すと滑稽になって、少しだけ、笑った。
そして、これからやってくる、明日香がいない毎日の空虚さに小さく震えた。
次回、第四章完結。
『スキルユーザーは優しい夢を見る』




