第四形態-明日香-
八神月夜はスマートフォンの着信を受けて電話に出た。
その顔が、どんどん曇っていく。
「それは、確かなのですか? ……はい……はい。用心はします」
月夜はスマートフォンをポケットに入れた。
「なんだったんです?」
「それが、妙な話でね。駆け回っている第二形態以上の術者がいるらしいんだけれど、その進路の召喚術師が次々に気絶しているんだそうで……その進路の先にあるのが、この学校」
「妖術使いみたいですね」
「これは優助君の白き聖域が役に立つかもね」
「白き聖域?」
「君のスキル名。一向に決めないから私が決めた」
「その、技名を決めたり前口上を言ったりするのって意味があるんですか?」
常々疑問に思っていたことだ。前口上を述べずに一撃を放ったほうが隙は少ない。
「結びつきが強くなって威力が上がるのよ。言葉が強ければ強いほど威力が上がる。思い込みの力もあるかもしれないわね」
そう言って、月夜は首からぶら下げているトランシーバーのボタンを押して声をかける。
「真昼。馬鹿が出た。町中を第二形態以上の速度で走ってる馬鹿がこっちに向かっている。室外で対応したいから外に出て」
すぐに返事が来た。
「わかった。教室は炎帝様に任せるか」
軽い調子で言って、真昼は通信を切った。
そして、三人でグラウンドに出る。
月夜は、杖のように大剣をついていた。
「第三形態が二人と、無効化のスキルユーザーが一人。第四形態以外なら対応できる顔ぶれね」
「第四形態、そこまで脅威ですか」
「アカシックレコードって知ってる?」
聞き慣れない言葉に、優助は首を横に振る。
「世界の全てが書き記されているとされる空想上の存在よ。第四形態はそのアカシックレコードを強制的に書き換えることができる。例えば剣なら触れたものを全て斬ったという結果をアカシックレコードに上書きできるし、炎なら誰も防げない炎で燃やしたという結果をアカシックレコードに上書きできる」
「世界の書き換え権限を持っているというわけですか」
「そういうこと。今までの詠月のデータでは第五形態以上の術者は確認されていないわ。それとは別に、聖者と呼ばれる人々もいる」
「聖者?」
「スキルユーザーがここまで多くなる前に、奇跡を起こせた人よ。選ばれた人間だけが使えたスキル……ええっと、スキルユーザーも選ばれし子供が使えるものだから難しいなあ、表現が」
「前時代のスキルユーザーというわけですか」
「そう。その中にも、世界に干渉できた強力な能力者がいたと言われているわ。大抵は、詠月によって封印されるか処分されている」
「……詠月って案外黒い?」
「まっくろくろすけだ」
「黒いわよ」
淡々と真昼と月夜が言ったので、優助は空恐ろしい気持ちになった。
「見えてきたわよ」
そう言って、月夜は大剣を構えた。
真昼の周囲には剣が何本も生え、その中の二本を真昼は握りしめる。
確かに、学校に向かって十字路を物凄い速度で前進している人影がある。
「嘘だろ……?」
真昼が、呟いた。
「明日香だ、あれ」
「明日香?」
月夜が、表情を歪める。
「なら、用心して無力化しましょう。行動から正気を失っている可能性が高い」
月夜は、淡々と言葉を続ける。
「分家で、なにかあったと見るべきね」
優助は、不安で胸が一杯になった。
明日香が傷ついていないか。明日香は正気に戻るのか。それだけが気がかりだった。
グラウンドにたどり着いて、明日香は足を止めた。
真昼が近づいていく。そして、小声で言った。
「月夜。俺が足止めするから一撃を頼む」
「了解」
月夜も、小声で返す。
「明日香、なにやってんだよ。分家に行ってたんじゃなかったのか」
軽い調子で話しかけながら、真昼は近づく。
明日香の手に、獣の爪が光った。
そして明日香は、直進上に突進して、真昼に突きを放った。
「降り注げ天剣! 目覚めろ、千鳥!」
空から剣が降り注ぐ。それは、明日香の攻撃を妨害したかと思われた。
爪は剣で作られた盾を粉々にへし折り、真昼の太腿を貫いていた。さらに、追撃の掌底で吹き飛ばす。
「な……に……?」
真昼は膝をついて、倒れる。
「真昼!」
月夜の悲鳴のような声が上がる。
「先守……優助……」
明日香は、倒れた真昼を一瞥すると、また前進を始めた。
優助は回復の光を真昼に灯す。
「……治癒ができない?」
「なんですって?」
月夜の声に緊迫感を増す。
「傷口が塞がらないんです。こんな、こんなこと……」
「わかったわ」
月夜は、大剣を振りかぶる。
「敵は、第四形態よ」
優助は絶句した。
さっき話に聞いた破壊の権化。それが目の前にいる。
「舞い散れ、花びらよ! 桜華斬!」
色とりどりの光の花びらが爆発を起こす。
明日香は前進することによってそれを回避した。
「逃げなさい、優助君! 狙いは貴方みたいだから」
「尚更逃げられませんよ! 皆を置いて……」
「無効化の光も治癒の光も効かない以上、足手まといだって言ってるのよ!」
そう言って、月夜は優助の腹を蹴った。
そして、月夜は前に駆ける。
明日香の爪の一撃を避け、大剣を軽々と振り回して攻撃へと繋いでいく。
しかし、明日香の爪が受け止めただけで月夜の大剣の刃は欠けた。
優助は、呆然と立ち尽くしている。
そして、首にぶら下げた十字架のアクセサリーを握った。
「お前の全部を俺にくれ、ガーディアン」
「紛れもなく命の危機だ。お前の精神は第三形態に至るまで研ぎ澄まされた」
優助は、ガーディアンが体に入り込んでくるのを感じた。
そして、地面を蹴る。
体が予想外に軽かった。
まるで、羽でも生えているかのようだ。
そして、槍を手に召喚し、柄で明日香の腹部を突いていた。
しかし、明日香は動じない。
痛いとも言わない。苦しいとも言わない。
けれども、その顔には、涙がとめどなく流れていた。




