表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキルユーザーは優しい夢を見る  作者: 熊出
先守明日香の暴走編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/99

幼き日にさようなら

 我ながらできた子供だったと思う。

 テストの点数はいつも満点近く。運動をさせれば男にも引けを取らない。

 昼休みの時間にはドッジボールの助っ人に駆り出されたものだ。


「お姉ちゃん男の友達ばっかりで男の子みたい」


 未来は呆れたようにそう言ったものだったが。

 母はいつも抱きしめて褒めてくれた。

 その温もりが愛しくて、明日香はなお奮起した。


 母の記憶は色々とある。

 例えば、子供の時は本を読んでもらったものだ。

 友だちと遊ぶことが増えて、外で遊ぶようになってからはそんなことも減ったが、その記憶は明日香の中で輝きを放っている。


「明日香はどんな大人になりたい?」


 母は、よくそんなことを聞いた。


「お母さんみたいな大人になりたい」


 そう返すのが、明日香の常だった。

 すると、母は、くすぐったげに笑ったのだった。


 先守分家には本家と同じく使用人がいる。だから、家事に関して手伝った記憶はない。

 ただ、家族の誕生日になると母は腕をふるった。

 テキパキと料理を作っていく母を見て、こうありたいと思ったものだった。


 明日香と母は仲が良かった。

 理想的な親子だったと言っても良いかもしれない。


 召喚術のトレーニングを受けるようになったのは、小学校も中学年に上がってからだ。

 これに関しては母は厳しく、何度も明日香は練習場の床に叩きつけられた。

 明日香の召喚獣フェンリルは、特殊な能力はなにも持っていなかった。

 それに内心母が落胆していることを、明日香は敏感に感じ取っていた。


 もっと強くならなければならない。

 もっと母の期待に答えなければならない。


 修業の日々は続く。

 その頃、明日香の世界の中心には母がいた。

 母があってこそ世界は存在し、母がいなくなれば世界は消えるようなものだった。


 それに終わりがやってくるのは、唐突だった。


「お母さん、この人達、誰?」


 家に男達がやってきていた。母は椅子に座り、悄然としていた。


「先守明日香。君には先守本家に行ってもらう。そこで、処遇を待つように」


 母と別れる? そんなこと、明日香には想像もつかなかった。


「嫌だよ、お母さん。私、お母さんと一緒にいる」


 明日香は泣いて母にねだった。

 母の虚ろな瞳が、明日香を捉えた。


「貴女、誰……?」


 その一言が、明日香を破壊した。

 結局、明日香はそれがきっかけで第三形態に目覚めた。

 皮肉なことに、母との別離が覚醒のきっかけとなったのだ。


 移送されている間も、頼れるのはフェンリルだけだった。

 その絆が、新たな力を明日香に与えた。

 自分なら一人でも生きていける。そう、明日香は思った。思わなければやっていられなかった。

 けど、未練は残っていたのだろう。だから、明日香は足繁く分家に通った。


 長い夢を見て、目が覚めた。

 明日香は体が拘束されていることに気がついて、戸惑った。

 見知らぬ台に体が固定されている。


 それを見下ろしている時子の呼吸は震えいている。

 首のチェーンがない。召喚術が使えない。脱出は困難だ。


「なんの冗談ですか、時子さん」


 明日香は、敵意を込めて時子を睨む。そして、祈る。優助が助けに来てくれるようにと。

 とんだ冗談だ。そんなに都合よく優助はやってこない。現実は非常なのは明日香もよく知っている。


「演技はやめにしましょう、明日香」


 時子は、淡々とした口調で言った。

 呼び方が、普段と違う。再会して以来、時子はどんな時でも、明日香をさん付けで呼んでいたのだ。


「元々、分家の人間なのでしょう?」


「……記憶が戻ったの? お母さん」


 明日香は、恐る恐る訊ねる。

 時子は、重々しく頷いた。

 明日香の胸中にあるのは、複雑な感情だった。喜ぶ子供の気持ちと、話がややこしくなったと戸惑う大人の気持ち。


「お母さん、ならこんなことはやめて。本家に恨みがあるのはわかるけれど、私は本家と分家の橋渡しになれると思う」


「橋渡し?」


 嘲笑うように、母は言った。


「そんな時期は、もうとうに過ぎたわ。奴らは私達をパーツのようにしか扱わない。未来もきっとそうなる。だから、私達は、本家を……乗っ取るしかないのよ」


「乗っ取る?」


「霊脈から生まれた子は二人。一人がいなくなれば、もう一人が跡継ぎに選ばれる」


「また、霊脈から子供を作るだけよ。本家と分家は逆転しない」


「それはどうかしら。やってみなければわからないわ」


 母の目には、狂気が浮かんでいた。

 恋人が哲三の盾になって死んだという話を思い出す。

 そう、きっと、その時から母は、どこか壊れていたのだ。


「無駄よ。私と優助は相棒だ。私は優助を傷つけない」


「それは、どうかしら……」


 そう言って、時子が取り出した指輪を見て、明日香は怖気を感じた。

 あれは、怨念の篭った呪具の類だ。


「これは分家の怨念が篭った指輪。これを使えば貴女の人格にも多少の影響は出る。少なくとも、本家と融和しようなんて考えは出てこなくなる」


「私を洗脳するっていうの? お母さん」


 明日香は、絞り出すようにそう言っていた。


「やめてよ、お母さん! 優しいお母さんに戻ってよ! 私達、家族でしょう? それをそんな、駒みたいに……」


「勘違いしているようね」


 時子は、冷めた目で言った。


「その為に、貴女を作ったのよ」


 その言葉と、その視線は、あまりにも冷たく、明日香の心にヒビを入れるのは十分なものだった。


「嘘だ! お母さんは本を読んでくれた! 運動会も見に来てくれた!」


「貴女を懐かせるための手段よ」


「お母さんは私のことを好きだったはずよ!」


「自分の目的を達成してくれる代理人だからね」


 話せば話すほど、明日香の心にヒビが入っていく。

 涙すら出てこない。ただ、唖然とするばかりだ。


「ごめんね、明日香。私は母である前に、女だったみたいなの……だから、貴女にこの指輪をはめることも躊躇わない」


「ひっ」


 明日香は思わず悲鳴を上げた。

 あれをつけられたら、明日香は明日香でなくなる。他のなにかになってしまう。

 だから足掻いた。必死に暴れた。しかし、拘束されている体は動くこともままならない。


 優助は助けに来てくれない。

 縋れるものは、自分だけだ。


 手を取られ、握っていた拳を無理やり開かれる。

 その時、明日香の胸に去来したのは、怒りだった。

 自分の都合で子供を産み、自分の都合によって洗脳する身勝手な親への怒りだった。

 怒りで、明日香の頭は真っ白になった。


「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな……」


 指輪が、明日香の指の先に触れる。


「ふざけるなあああああああ!」


 チェーンに通された明日香の"キー"である指輪が飛んで来た。

 それは、明日香の胸元に落下してくる。

 その瞬間、明日香は拘束具を引きちぎっていた。


「"キー"の転送? まさか」


 戸惑うように後退る時子を尻目に、明日香はチェーンを首に通す。

 第三形態のフェンリルは万全だ。

 爪も、牙も、耳も、思い通りに動かせる。


 時子の手元に、本が現れた。

 それを、フェンリルの爪が裂いた。


「馬鹿な? その威力、第三……いや、第四形態?」


 時子は微笑んだ。


「そうか。目覚めた。先守の正当なる跡継ぎ」


 その先は言えなかった。明日香が、時子の頭を貫いていたからだ。

 呆然と立ち尽くして、明日香は思った。

 どうして、こうなった。

 どうして、自分は母を殺している。

 どうして、自分は生まれた。

 なにをして、生きればいい。


 優助の顔が、脳裏に浮かんだ。

 先守の風習がこの悲劇の引き金だというならば、自分が殺すべき対象は決まっている気がした。

 明日香はゆっくりと歩き出す。そして、外に出ると駆け始めた。


 幼き日は、遠い過去に過ぎ去った。

 今の明日香を支配しているのは、狂気だった。



+++



「第二形態の速度で走っている馬鹿がいる? 撃てるかは怪しいわよ」


 ウィッチビジョンに乗って、楓はトランシーバーにそう答えた。


「期待はしてないけどやれるだけやれってのが上の方針なんだよ」


 葵が、どこかのんびりした口調で言う。鈍足の巌鉄ではそもそも追いつけない。気楽なものである。

 ウィッチビジョンを飛行させ、楓は移動する。


 そして、目の前の光景に困惑した。

 男が空を飛んでいる。

 まるで、ガラス張りの板を踏んでいるかのように。


「坂巻楓。君は非常に厄介だ。しかし、殺すには惜しい。一先ず、眠ってもらおう……君が目覚める頃には、全てが終わった後だ」


 楓は首からぶら下げいているトランシーバーを握って、ボタンを押す。


「こちら坂巻楓。ナルシスト気味の馬鹿と遭遇したわ」


「遭遇? 上空で?」


 葵の戸惑うような声がする。それと同時に、楓は銃弾を放っていた。

 男は空を移動し、それを回避する。


「百戦錬磨の楓さんに勝てると思うなよ!」


 ガトリングガンに武装を切り替え、楓は発砲を始める。


「君は確かに強い。しかし、僕はそれよりも強い。単純な理屈だ」


 その時、衝撃に襲われて、楓は後方へと吹っ飛んだ。体が痺れている。これは、電気?

 空中で、抱きとめられる感触とともに、楓の意識は闇の中へと落ちていった。


「詠月風に言うならば、雷帝とでも言ったところかね。僕の能力は」


 それが、楓が最後に聞いた言葉だった。



+++



「さて、ギャンブルのスタートだ。チップは賭け終わった。オールオアナッシングだ」


 男はビルの屋根の上に降りて、楓を下ろした。

 そこには、ネームレス、スカーレット、死神が勢揃いしている。


「第四形態の術者はアカシックレコードにアクセスできる最上級の術者。防ぐこともできない破壊の刃にいかに対応するか」


 ネームレスが、不安げに言う。


「そこで終わるなら、そこまでの贄だったということさ。僕らは贄を求めた。もうすぐ、それは完成しようとしている……」


 男は微笑んだ。

 そして、高らかに笑い声があげる。

 長い計画だった。

 完成するにしても、失敗するにしても、男はその満足感だけで次に進めるだろう。

 ここが、世界の分岐点だ。




今週中に第四章を終わる目処が立ちました

普段のペースに立ち戻り土曜更新しようと思います。


第四形態-明日香-

優助対明日香

私の好きなあいつ

スキルユーザーは優しい夢を見る

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ