月夜の子供帰り
夕方、違和感を覚えて目が覚めた。
見ると、自分の布団に月夜が眠っていた。
心音が高くなる。
「月夜さん、月夜さん、ベッド間違えてますよ」
月夜は目を開くと、悪戯っぽく微笑んだ。
「ねえ、優助君、座って」
「ええ、はい」
素直に座ってみせる。
月夜は、その上に座ってみせた。
「えへへー」
「えへへーじゃないですよ月夜さん。俺、一応妻子持ち」
「女の子のご褒美は素直に受け取っておくものだ」
「そうは言いますがね……」
突き放すことはできなかった。月夜は仇を討てなかったのだ。その影響が、振る舞いに出ているのだろう。
優助は、思わず後ろから月夜を抱きしめた。
「もっと力込めて」
「これ以上は、裏切りになります」
「そっか……」
沈黙が漂った。
月夜はなにを考えているのだろう。
もう、勝利することは諦めてしまったのだろうか。
「気分転換に映画行こうよ、優助君」
「いいですけどね」
「やった。車で待ってるから、着替えたら来てね」
「わかりました」
月夜は去って行く。
優助は着替え始めた。
明日香は相変わらず分家に家庭教師に行っているらしい。
この隠れ部屋も、すっかり寂しくなった。
陸上に出て、月夜の車の助手席に座る。間もなく、車は発進した。
無茶な運転をしないだろうかと心配していたが、そこは流石に月夜も分別の付いた大人だった。
「どんな映画なんです?」
「怪獣がばーっと街壊すやつ」
「月夜さんはラブロマンスが好みかと思ってましたよ」
「気分転換だからさ。見たことないのも見てみようって」
「そうですね。それもいいですね」
車は三十分でアーケードの映画館についた。
月夜が券を二枚買ってさっさと歩いて行く。
「自分の分は払いますよ」
「ポップコーンとジュース、買ってきて」
指示されるがままに、ポップコーンとジュースを買った。
映画が始まる。
月夜の顔を横目で伺う。
少なくとも、熱中しているように見えた。
ならば良かったと、優助は内心で胸を撫で下ろした。
映画が終わると、ポップコーンの残りが入った箱を掴んで車に乗る。
「いやー、楽しかったねー」
「気分転換になったならなによりです」
「私も怪獣に生まれたなら良かったなあ」
「町を壊すんですよ?」
町を守ることに誇りを持っているのが優助の知っている月夜という人間だ。
「けど、死神ぐらいばくって食えそうだからさ」
「なるほど」
納得した優助だった。
「どうしたら、奴に勝てるんだろう……」
「昨日は、勝ってましたよ」
「けど、奴は体力が有り余ってた。私は息も絶え絶えだったのに」
「仮面に秘密があるかもとわかったばかりです」
「それでも、駄目なら?」
「月夜さん、赤信号」
月夜は車のブレーキを踏んだ。
「わかってるわよ」
焦りが滲んでいる、そんな口調だった。
夜がやってきた。
学校を見回る時間だ。
「優助、一緒に行こう?」
「別々に行ったほうが効率的では?」
「退屈じゃん。喋りながら行こうぜ」
「……いいですけどね」
なんだか、今日の月夜は馴れ馴れしい。
昨日の苦戦が響いているのだろう。
「桜華斬、真・桜華斬、覇・桜華斬、真と覇を組み合わせた十字・桜華斬。これだけ試して駄目ならなにがあるかしらね」
「まず、技を使うのに慣れるべきでは? 技を使った後にバテていては凌がれたら終わりです」
「それもそうだ。じゃあ今日も明け方に特訓するか」
「いいですよ。アイディアは考えながら歩けますしね」
そう言って、優助は這い出てきた影を光の盾で押し潰した。
「なあ、逃げないかい? 優助」
思いもしない一言に、優助は思わず言葉を飲んだ。
「君はネームレスから追われている。私は死神から追われている。一緒に、逃げないかい?」
そうか、この人でも怖いのだ。死力を尽くした。それでも相手は平然としている。それは怖いというものだ。そんなことを、優助は思った。
「俺は妻子持ちですよ」
「そうだったか」
「それに、仇、討つんじゃなかったんですか?」
月夜は黙り込む。
「立派なお母さんだったんでしょう? 殺されて悔しかったんでしょう? だから第三形態にまでなった。今更、迷うんですか?」
「その通りだ……私は、逃げても仇のことを恨み続けるだろう。もう、そういう風に出来上がっている」
「なら、戦うべきです」
「そうだな」
「仇を討って、ざまあみろって言ってから、辞めるべきです」
「ああ、そうだ……仇を討ってやったら、気持ちいいだろうなあ」
「じゃあ、戦いましょう。指切りげんまん」
そう言って、優助は小指を立てて差し出した。
その指に、月夜の小指が絡みつく。
そして、二人は絡み合わせた手を上下に振った。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます、指切った」
二人の小指が離れる。
月夜は、優助に抱きついた。
「少しだけ、こうさせて……」
優助は抱き返すこともできずに、その場で硬直していた。
月夜は、少しだけ微笑んだ。
「君が童貞臭さが抜けないって言われるの、よくわかる気がするよ」
「……風評被害です」
優助はそう言ったものの、手は動かさずにそのまま立ち尽くしていた。
月夜は、良い香りがした。
+++
「新技思いついた」
「本当?」
深夜に帰ってきた明日香が、真昼の言葉に反応した。
彗は、眠たげに黙りこくっている。
「今から試すから校庭行くぞ」
その言葉に従って、三人は校庭に出た。
「天から降り注ぐ鉄槌よ、悪なる者に裁きを!」
光輝く巨大な剣が、空中に現れた。
そして、地面へ急降下する。
「鬼神の鉄槌!」
剣は地面に突き刺さり、深々とした切れ目を作って消えた。
「これは食らったらひとたまりもないなあ」
明日香は感心したように言う。
「そうだろう」
真昼は満足げに言う。
「けど避けられたら終わりだね? その点千鳥のほうが汎用性高いような」
「月夜が足止めしてくれる。俺は信じている」
「……そういうの、嫌いじゃないよ」
明日香は、微笑んだ。
自分と優助の友情を思い出したのだ。
「真昼、眠い、コーヒー」
彗が言う。
「お前なあ、そういうのは先に飲んどけよ」
「コーヒーないと寝ちゃう」
「わかったよ……」
真昼はぼやいて、財布を取り出して校内の販売機へと歩き始めた。
そのついでとばかりに、スマートフォンを取り出して電話をかける。
「あ、もしもし。またやっちゃいました。校庭に穴作っちゃったので直しといてください。あい」
詠月の仕事も大変だなあとあらためて思った明日香だった。
残りの今週の更新予定
里帰りの要請
幼き日にさようなら
第四形態-明日香-




