決戦、再び。対死属一刀
「分家に養子に来ないかって誘われてるんだ」
明日香の発言は、優助の朝食を止めるには十分な威力を持っていた。
「どう思ってるんだ?」
「行かないよ。私にはもう、本家に恩義も借りもある」
「けど、自然な形に収まると思うけどな」
「優助は、私がいなくなっても寂しくないの?」
「そりゃ、寂しい」
明日香は、トーストを一口食べて、微笑んだ。
「じゃあ、この話はなしだ」
「そうだな」
優助も苦笑してトーストを食べ始める。
秘密の部屋への扉が開いて、真昼と月夜がやってくる。
「朝食作っときましたよ」
「ありがとう。いただくわ。それにしても、死神関連の事件が最近起きていないのが気になるところね」
「平和でいいじゃないですか」
「出てきて貰わなきゃ退治できないじゃない」
「……あれは化け物でしたよ」
優助は、躊躇いがちに言う。月夜の気持ちはわかる。けれども、あれは並大抵の敵ではなかった。
真・桜華斬を受けながらも平然としていたのだから。
「私はアレを倒さないと、前に進めないの」
淡々と言って、月夜は朝食を食べ始める。
優助はなにも言えずに、黙って食事を摂った。
昼の時間、珍しく哲三から連絡があった。
「進学の件じゃがな。後悔はしとらんな?」
「もう少し、この町に留まりたい。」
「進学すれば本州に戻れるし、冬音と秋悟の顔を見れる機会も増えるぞ」
「明日香が分家の皆と仲良くなっている。それに、死神っていう得体の知れない敵も出てきた。俺の力が求められているのはここだと思う」
そう、優助はもう卒業を迎えてしまったのだ。
進学もしていないので、今は寮長の助手ということになっている。
「死神、か。タイミングが良すぎるな……」
哲三は、考え込んでいる様子だった。
「タイミングが良い、と言うと?」
「前に出たのが数年前。それが、お前が来た途端に現れた。胡散臭いとは思わんか」
「と言っても、俺がここに来てから結構時間経ってるしなあ……」
「ふむ。癪だが、桜井のの意見も聞いてみたいところだの」
「変なことが重なってるとは思うよ。ネームレスも追っかけてきてるしね」
「いかにも。ワシらの知らないところでなにかが動いておる。そのなにかがわからんのが悩ましいところだ」
そう言って、哲三は咳をした。
「大丈夫かい、祖父ちゃん」
「ああ、いや。気にしなくていい。お前は自分の無事を第一に考えろ」
「わかった」
そう言って、電話は切れた。
ネームレス、死神、危険は身近に存在している。
けれども、自分からは動けない。
常に後手を踏んでいるのが煩わしい。
そして、今日も夜がやってきた。
月夜が大剣を杖のようについて廊下に立つ。
その凛とした仕草にも慣れ始めていた。
「それじゃあ、今日は各々退治していきましょう」
「そうね。貴方のコントロールはもう抜群だわ。一人で十分でしょう」
そう言って、二手に分かれる。
黒い人影を見かけるたびに、光の盾を押し付けて消滅させていく。簡単な仕事だ。
これはいつもより眠くならなくて済みそうだ。
そう思って、悠々と歩いていた時のことだった。
闇の中にぽっかりと開いた穴から、それは出てきた。
大きな鎌を持った、髑髏の仮面を被った死神。
慌てて、来た道を戻る。
「月夜さん、出た! 出た!」
無効化の光を放つと共に、トランシーバーに向かって叫ぶ。
「なに? こんなに大きな光を出して!」
「死神だよ、死神!」
背後を振り返ると、死神は光の圏外に留まって宙を浮いている。
すぐに、月夜が駆けつけてきた。
死神の背後には、真昼と明日香。
「優助、明日香達の方に回り込んでくれる?」
「必殺技を、撃つからですか」
月夜は、無言で頷くと、杖のようについていた大剣を引いて構えた。
優助は階段を駆け上り、二階を経由して明日香達の側に回る。
熱戦が繰り広げられていた。
月夜が鎌を防ぎ、真昼が千鳥を放つ。
天から降り注ぐ剣の数々に、死神も多少はダメージを受けたようだった。
「漆黒より我はいでし者、漆黒から漆黒へと這いよる者。漆黒へと引きずり込む者……」
死神が、周囲の攻撃を無視して鎌を引く。
鎌に青い光が宿った。
「花びらよ、集結せよ! 全てを斬り裂き咲き誇れ!」
月夜が、大剣を引く。色とりどりの光が大剣に吸い込まれていく。
「死属一刀!」
「覇・桜華斬!」
二つの光が学校の中央でぶつかりあった。
優助は無効化の光を放ち、真昼達を庇う。
月夜が大剣を振り上げた。
「次いでいでよ! 月の光を纏いし花よ!」
大剣に光が集中していく。そして、それは放たれた。
「十字・桜華斬!」
最初の横の一撃に加えた縦の一撃。それが、死属一刀とぶつかりあった。
死属一刀は徐々に押されていく。
そして、死神は白い光の中へと飲み込まれていった。
全ての衝撃を、優助の無効化スキルは何事もなかったかのように受け止める。
凄い一撃だった。天井にも壁にも大きな傷跡が残っており、外や屋上が見える。
これで終わったか、と思った時のことだった。
黒い穴から鎌と死神の仮面と闇が落ちて、それはすぐに人の形を成した。
「今の一撃。確かに見事だった。単騎での実力は私に匹敵していると言わざるをえないだろう」
死神が、感情をなくしたような声で言う。
「しかし、お前の才にしては、まだ、足りない……」
「仇と喋る口はない!」
月夜が大剣を引き、構えた。
「花びらよ、集結せよ! 全てを斬り裂き咲き誇れ!」
光が大剣へ集まると思いきや、月夜は膝をついた。
今の一撃で体力を使い切ってしまったのだ。
「花びらよ!」
月夜は叫ぶが、立ち上がれない。
「いけない!」
真昼が駆け出した。
優助も駆け出し、無効化の光を月夜の体まで伸ばす。
その無効化の光の範囲外へと、死神は跳躍して避けた。
「お前ならもっと強くなれるはずだ。私を消滅させられるその次元まで……その時を待つとしよう」
そう言って、死神は天を仰いだ。
「夢々、修行を忘れるな。母の死を忘れるな。お前の母は私が殺したのだ」
そう言って、空中に穴が開いたと思うと、死神はその中に吸い込まれるように入り込んで消えて行った。
「花びらよ……!」
「もういい……」
真昼が、辛そうに呟く。
「花びらよ、集結せよ!」
「もういい! 奴は、行った!」
真昼が叫んで、月夜がその場に崩れ落ちた。
そして、嗚咽を漏らし始める。
優助は、月夜の傍に駆け寄った。
月夜は、優助にしがみついて、泣いた。
「殺せなかった……殺せなかったよう……二度も、二度も、チャンスがありながら……」
優助は、月夜の背を擦ることしかできない。
「不甲斐ないのは、俺だ」
真昼はそう言って呟くと、その場に背を向けた。
「明日香。しばらく二人の護衛をしてやってくれ」
「わかったよ」
明日香はなにも言わずに、泣きじゃくる月夜を見ていた。
真昼は、去って行った。
+++
「学校で必殺技を使ってはいけませんって校則作るべきだと思う」
「賛成」
二人の子供が、建物の修復作業に取り掛かっている。
寮から見物に来ている子供達もいるので、そちらの記憶を消す作業に追われている人もいる。
楓が、コーヒーの缶を月夜に突き出した。
「飲め」
「……ありがとうございます」
月夜は無言でプルタブを開け、コーヒーを飲み始めた。
そして、深々と溜息を吐く。
「二度目も倒せなかった……」
「けど、奴は貴女を狙うと宣言したんでしょ?」
「ええ」
「また、会えるわ」
楓は、慰めるように言う。
「嬉しくないですね」
そう言って、月夜は苦笑した。
「技で勝った。体も消滅させた。なにがいけなかったんだろう」
「……仮面に秘密があると思うのよね、私」
楓は、躊躇いがちにそう言った。
「あれだけダメージを恐れなかった死神が、私が仮面を射ただけで退いた。あの仮面に、なにか秘密があるんじゃないかしら」
「仮面、か……」
月夜は、項垂れた。
「次は狙ってみます」
「ええ、そうしなさい。責任は取れないけどね」
「自分の命で取りますよ」
「……クレバーになりなよ」
そう言って、楓は煙草の箱から一本を取り出すと、口に咥え、我に返ったように箱に戻した。
「いけないいけない。室外禁煙中だった」
「室内でも禁煙したほうがいいと思いますよ? 臭いつきますし」
「……中々鬱屈が貯まるものなのさ。浮世って奴は」




