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スキルユーザーは優しい夢を見る  作者: 熊出
先守明日香の暴走編

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暗躍する者-nameless-

「あら、いらっしゃい明日香さん」


「お邪魔します」


 そう言って、明日香は頭を下げて未来の部屋へと歩いて行った。

 未来の部屋の扉が開き、未来が明日香に飛びついてくる。

 すっかり未来も、明日香に懐いた。

 それを、複雑な気持ちで時子は見ている。


 時子は、自分の部屋に戻った。


「記憶は取り戻してきたかしら?」


 雪のように白い肌をした少女が、妖しく微笑む。

 髪や目の色は変えているようだが、その顔立ちは日本人のそれとは違っている。


「薄っすらと……けど、夢のようだわ」


「哲三の護衛になった恋人。その記憶の大半も、貴女は失っている。失っていること事態が不自然だとは思わない?」


「確かに、その通りだわ……なんで今まで、そんなことにも気づかなかったのかしら」


 そう言って、時子はよろけながら椅子に座り込む。


「私が蘇らせてあげる。記憶の、全てを」


「その前に教えて、ネームレス。明日香は、私の子なの?」


 少女は、ネームレスは唇の端を持ち上げた。


「そうよ。貴女が作り上げた、対本家の決戦兵器。それがあの子。先守明日香という存在」


 時子は青ざめて、俯いた。

 それが真実だとしたら、自分はなんて残酷なことをしたのだろう。


「思い出させてあげる。全てを」


 そう言って、ネームレスは時子の頭に触れた。



+++



「来ないね」


 楓が言う。


「来ないですね」


 優助も返す。

 月夜は黙りこくっている。


「暇ね」


「暇ですね」


「……」


「私こういう空気凄い苦手だわ。わかる?」


「仰りたいことはわかりますが、月夜さんもトラウマと直面した後なので……」


「親ぐらい私だって死んでるっつの。まったく」


 空気を読まない人だな、と優助はいっそ感心した。

 時間は、死神との決戦の直後。優助達は、地面を治してくれる召喚術師を待って待機していた。

 真・桜華斬と死属一刀。大規模な破壊の力によって道路のアスファルトは吹き飛びクレーターが出来ていた。

 このまま車を通すわけにはいかないこと、分散したら死神に襲われる可能性があることから、三人は集まって座っている。


「それにしても必殺技があっていいわね。私のウィッチビジョンにはないわ」


「各種火器を用意できるのがもう必殺技では?」


「私の先輩の虎丸って召喚獣はプレハブ小屋ぐらいなら吹っ飛ばす威力の技を連発できたらしいわ」


「こういう時、無効化の光があって良かったと思いますよ。どんな化け物と当てられたかわかったもんじゃありません」


「そうね。貴方だけは相性関係なくどの召喚術師、どのスキルユーザーとも戦える戦士だわ。幸運に思うべきね」


「飛べるウィッチビジョンも相当なアドバンテージだと思いますけどね」


「同僚には僻まれて困ってる」


「そういうものですか」


「集団ってものは難しいもんだわ。私はこの歳になってもそれが理解できていない」


 自虐的に楓が言うのと、ヘリコプターのローター音が聞こえてくるのは同時だった。

 ヘリが道路に着地し、中から子供が二人、出てくる。


「うわ、こりゃ酷い」


「土の部分も吹っ飛んでる……戦争でもしたのかな」


 呆れたように二人は言うと、破壊された道路の修復を行い始めた。

 月夜は、大剣を杖のようにして立っている。

 その目は遠くを見て、次の目標を目にしている。

 強い人だ、と優助は思う。

 強くなければならなかったのだろう、彼女は。

 親の死から自分を守るために、強くならなければならなかったのだ。


 本当に守りたいものがあるなら掌の中央に置けと彼女は言った。

 それを失ってしまった人間は、どうなってしまうのだろう。

 どうにもなれないのだろう。

 ただ、嘆くしか出来ない。新たな大事なものに出会うまでは。

 時間が止まってしまっているかのようだと思う。


 そして、実感した。

 八神月夜という人間は、母を喪ってしまった時点から時間が止まってしまっているのだろうと。


「修復完了しましたー!」


「次は壊さないよう善処してくださいー!」


 二人の子供がそう言って、ヘリに乗り込んでいく。

 そして、ヘリは飛び立っていった。


「私も行くわ。そのコンビなら、実際護衛は必要ないでしょう」


 そう言って、楓もウィッチビジョンに乗る。


「楓さん」


 月夜が、微動だにせず言った。


「なに? 文句なら聞かないわよ」


「ありがとう」


 楓は、柔らかく苦笑した。


「いいのよ。もう無茶すんじゃないわよ」


 そう言って、楓はウィッチビジョンに乗って去って行った。

 月夜が、大剣を消す。


「帰ろうか、優助君」


 そう言って微笑んだのは、もう、いつもの月夜だった。

 泣いた跡が目にあるが、いつもの月夜だった。


「はい!」


 そう言って、優助は月夜の後についていった。


「真・桜華斬でも駄目だったかー」


 その日の早朝にそんな感想を漏らしたのは真昼だ。


「あれは行けると思ったんだけどなー」


 そう言って、手を伸ばしてスナック菓子の中身を掴み、口に持っていく。


「手応えらしいものがなかった。思えば、母さんも何回も斬りつけていたけれど、ダメージを受けた様子はなかった」


 そう言って、月夜はスナック菓子の袋を優助に向ける。

 優助はありがたく、その中から一掴みして食べた。


「存在する次元が違うかのようだな」


「けど、実体はある」


 沈黙が部屋に漂った。


「第四形態になる必要があるのかもしれない……」


 月夜が、呟いた。


「能うか?」


 真昼が疑わしげに言って、スナック菓子の袋を手で要求する。

 月夜から袋を受け取ると、真昼はその中身を口の中へと一気に流し込んだ。


「やるしかないじゃない。当面は桜華斬の強化に務めるわ」


 そう、拗ねたように月夜は言った。

 死神事件は、未だ解決の未来が見えなかった。


 その時、明日香がシャワー室から出てきた。


「あー、それ私のお菓子!」


「今度新しいの買ってきてやるから許せ」


 飄々とそう言うと、真昼はスナック菓子の袋を丸めてゴミ箱に投げた。

 袋は見事にゴミ箱の中へと入っていった。



+++



「先守分家のお泊り会に誘われてるんだけど……」


 ある日、明日香がおずおずとそう言った。


「行っていいぞ」


 真昼が淡々と言う。


「本当?」


「本当も本当。お前の後進の育成にまわせてこっちも助かってる」


「気になる発言だなあ……」


「決定権は私にあるのだけれどね」


 呆れたように月夜が言う。


「じゃあ、月夜さん、いいですか?」


「いいでしょう。先守分家なら護衛もいらないでしょうね。誰かに迎えに来てもらいなさい」


「ありがとうございます」


 明日香は表情を輝かせた。


「やっぱり実の妹は可愛いか」


 優助はからかい混じりに言う。


「誰かさんみたいに手は出さないけどね」


「ん? それってどういう意味?」


 月夜が怪訝な表情になる。


「明日香なりのジョークですよ。な、明日香」


「うん、そうだねー、優助。ジョークだよ、ジョーク」


 月夜は疑わしげな表情で二人を見ている。


「まあ、そういうわけで私は出発の準備をします」


「ええ、了解したわ。今日は育成にまわすとします」


 明日香は上機嫌で用意をして出て行った。


「なんか呑気な様子を見ていると肩の力が抜けますね」


「自分が姉だと言えないけど傍にいる。そういう在り方もあって良いんじゃないかしら」


「そうですね。明日香にとってはやっと得た休息の時間なのかもしれない」


「相棒を取られて寂しいんじゃない? 何でも屋さん」


 月夜がからかうように言う。


「俺は明日香が幸せならそれでいいですよ」


「じゃあ、今日も桜華斬の強化につきあって貰いましょうか」


 優助は力が抜けるのを感じた。

 桜華斬の被害拡散を防ぐために無効化の光を使う。あれはあれで体力が必要なのだ。


「まあ、長時間使用に慣れることができるからウィンウィンなんですけどね。疲れるんだよなあ」


「苦労は若いうちにしておくものよ」


 飄々と、月夜は言った。



+++



 同じベッドに寝転がって、戯れていたのが一時間前のこと。

 未来はすっかり寝息を立てている。

 明日香は、何故か眠れずに、天井を眺めていた。


「変なことになってるよ……優助……」


 思わず、呟く。

 未来にはすっかりと懐かれた。

 時子にも好意的に接してもらっている。

 本来の自分の居場所を取り戻したような感覚がある。


 自分は優助の護衛だ。その立場に不満を感じているわけではない。

 ただ、実家はやはり居心地がいいのだ。


 その時、部屋の扉が開いた。

 明日香は目をこすって、体を起こす。


「明日香さん、まだ起きてるかしら?」


 時子だった。


「なんの御用です? 未来ちゃんならもう寝ましたが」


「貴女に話があるの。お茶でも少しどうかしら」


「はい」


 拒否する理由もない。明日香は、従って時子の後についていった。

 ダイニングで、大きなテーブルを挟んで対面して座る。

 使用人らしき人が、紅茶の入ったカップとソーサーを二人分用意して去って行った。


「分家の居心地はどうかしら、明日香さん」


「とてもいいです……自分の実家かと思うぐらいに」


「時に明日香さん。貴女、お母さんは……?」


「何処かで生きているとは思います」


 明日香は、苦笑してそう言った。目の前の貴女だ、とは言えない。


「家系図を見た時、疑問に思ったの。貴女だけ、先守本家の誰とも繋がっていない。分家のような印象を受けたわ」


「悪くされてるわけじゃないですよ。お祖父ちゃんも良くしてくれますし」


「そう……明日香さん、これは提案なんだけど」


 時子はそう言って、紅茶を一口飲むと、深呼吸した。


「私の娘にならないかしら?」


 明日香は、心臓が止まるような思いだった。


「仮初の家にいるよりは、娘として接してくれる家にいるほうが貴女も幸せだと思うのだけど」


 明日香は、言葉を失っていた。頭が真っ白だった。

 必死に、言葉を探す。


「それは、とてもありがたい申し出です……」


 明日香は、苦笑した。


「けど、私には本家で過ごした時間があります。本家との繋がりは、やはり捨てられません」


 明日香の瞳から、一筋涙がこぼれ落ちた。

 これで良いのだと思う。

 これ以上状況を複雑化させるよりは、明日香は一つの駒であったほうがいい。


「そう……」


 時子は、躊躇うように口を開いた。


「けど、私のことは母のように思ってくれてかまいません。この家も、貴女の家と思ってくれてかまいません。それだけを言いたくて、今日はこの場を設けました」


「ありがとうございます」


 明日香は、頭を下げた。


「あれ……?」


 涙が、次から次へと溢れ出してきた。

 親に受け止められる安心感。しばらく忘れていたそれが、明日香を包んでいた。


「ごめんなさい、変ですよね……」


「変なことなんてないわ。泣きたいだけ泣いていい」


 そう言って、時子は明日香の傍に移動すると、頭を撫でた。

 その時、明日香は人の気配を察して第三形態になった。犬の耳が明日香の頭部に生える。それが、微かな音を拾う。

 足音が遠ざかっていく。小柄な少女のものだ。


「この家に、未来ちゃん以外の女の子はいますか……?」


「ああ、泊まりに来ている子が一人。流石本家で鍛えられているだけはあるわね。洞察力に優れているわ」


「そうですか」


 明日香は、安堵して第三形態を解除した。

 考え込む前に、時子に抱きしめられていた。

 頭が真っ白になる。

 時子は、明日香の頭を何度も、何度も撫でた。


「ありがとう……」


 その言葉の意味がわからず、明日香は戸惑うしかなかった。

 ただ、久々の母の感触は心地良く、明日香は幸せな気持ちで満たされた。

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